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三章 ナポリタンとワンピースと文字

三章 15

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 映像は続いている。

「オッケーです」
 これは貴之の声だ。

「これで六本目、すべて終了! 疲れたぁ」
 志津恵はそう言って、隣りにいる夫にもたれた。

「お疲れさま。撮影が長引いたな。無茶するなよ」
「娘としては、親にもメッセージを残しておかないとね。特にお父さんが心配なんだよなあ。いろんな人に八つ当たりしてないといいけど。酒量が増えないかも心配。お母さんも、一気に老け込みそうで怖いよ。せっかく綺麗な、自慢のお母さんなのに」
「大丈夫だよ、おれも様子を見に行くし。ほら、さっきより熱が高くなってるんじゃないか? もう寝ろ」

 夫は志津恵の額に手を当てた。

「じゃあ、ベッドまで抱っこで運んで。ドレスを着てるし、これが本当のお姫様抱っこね」
「こんなに人がいるのに」
「いいじゃないですか、素敵です!」
 美優の声が入る。

「じゃあ……」
 夫は志津恵を抱き上げた。志津恵は幸せそうに、夫の首に腕を回した。

 映像は、そこで切れた。

「志津恵」
 母親は白いハンカチで顔をおおった。今日一日で何度も拭ったのだろう。ファンデーションのついたハンカチはかなりよれている。

 貴之はモニターを消し、部屋の明かりを戻した。

「もちろん、家族の時間は大切だと思います。重要な言葉は、直接伝えてもらいたいのが人情です。でも映像ならこうして、生きている水谷さんを半永久的に残します。何度でも繰り返し、この笑顔を見ることができます。水谷さんは家族に、そしてご両親に、それらを残したかったんじゃないでしょうか」

 貴之が語り掛けると、二人はうつむいて黙り込んだ。母親のすすり泣きが聞こえる。

「……きみ、さっきは怒鳴ったりして、悪かったね」
 しばらくして父親がぽつりと謝った。

「志津恵がビデオで言っていたように、俺はどうにも短気でな。ちょうど今日だよ。元々志津恵に面会に来る予定だった。離れているもんでな、そうそうこっちに来ることができなかったんだ。生きたあいつに会えるものだと思っていたから、その機会を奪われたと、頭に血がのぼってしまった」

 父親は背中を丸めて「すまなかった」ともう一度謝った。来た時よりも、随分と縮んで見えた。

「気にしないでください。大切な家族を失う悲しみはよく知っています。ぼくらも両親を亡くしていますから」
「まあ……、そうでしたか。お若いのに大変でしたね」
 母親は同情したように白髪交じりの眉を下げた。

「そのビデオレター、持ち帰らせていただけますか?」
「編集前ですけど、いいですか?」
「ええ。お姫様抱っこをされている志津恵の笑顔がとても素敵だもの」

 母親はまたハンカチで目元を拭う。
 余計なところをカットして音楽をつけるなどの編集をしようと思っていたが、もともと無修正ヴァージョンもセットで渡すつもりだった。

 カメラが回っていないと思っている時のほうが、志津恵は自然な動きをしていたので、貴之はあえてすぐに録画をとめなかった。そちらも親族に喜ばれるだろうと考えていたのだ。

「動画はDVDに入れていますが、もし再生方法がわからない場合は、気軽に連絡をください。ちなみに、無料です」

 貴之は冗談めかして言った。金の亡者のように言われた仕返しの皮肉ではない。この父親ならば、料金を心配するだろうと思ったまでだ。

「そうだ、さっきは代筆屋のことを散々に言っていましたよね。楽な商売だとか、詐欺師だとか。誤解が解けたなら謝ってくださいっ」
 美優は身を乗り出して、ずいっと父親に迫った。

「ミュウ、いいから。もう謝ってくれただろ」
「あれは怒鳴ったことに対してじゃないですか。いいですか、代筆屋というのはですね……」
 美優がとうとうと代筆屋について説明し始めた。貴之でさえ呆れるほど美化されている。

「どんなに素晴らしい仕事か、よくわかりました」
 キリのいいところで、母親が美優の話を遮った。

「本当にごめんなさいね。お兄さんが侮辱されて、許せなかったのね」
 慰めるように、母親が美優の頭をなでた。

「お兄さんって……」
 美優は絶句した。

 その間に二人は、「そろそろ帰りましょうか」と荷物を持ってコートを着始めている。

「違います、わたしたちは兄妹じゃありませんっ」
「あら、そうなの? お二人ともご両親を亡くされたって……」
「わたしも貴之さんも同じ事故で両親を亡くしていますが、決して兄妹では……」
「ややこしいんだよ。別にどっちでもいいだろ」

 貴之は美優の頭を鷲掴みにして、ポイッと後ろに下げた。
「えっ、全然よくないんですけど!」

 緊張感がほぐれた途端に美優が騒ぎ出したので、とにかく穏便に志津恵の両親を送り出した。
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