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陽菜乃 合宿一日目 午前
陽菜乃 合宿一日目 午前 その1
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後部座席に座る有馬陽菜乃の胸はざわめいていた。
長時間のドライブが前回のサークル合宿以来だからか。それとも、小野寺龍之介の様子がいつもと違ったからか。
龍之介はいつも以上に寡黙で、なにか強い思いを秘めているように感じた。しかし、ほかの奇術愛好会メンバーは気づかないようなので、考えすぎかもしれない。
「和樹のコイン、ワタシの手の平に来るヨ。ストライクネ!」
「キャロルのコントロールもバッチリや」
陽菜乃の気持ちを知る由もなく、隣りに座るキャロライン・コールマンと助手席の大友和樹が、マッスルパスでコインを飛ばしあって遊んでいた。
マッスルパスとは、指を使わずに手の平の筋肉だけでコインを飛ばす技法だ。指先を伸ばしたままコインを飛ばせるので、マスターするとコインマジックの幅が広がる。
たとえば上向きに手の平を開いてコインを乗せると、そのままほとんど手を動かさずにコインが上に飛ぶので、重力に逆らってコインが勝手に飛び上がったような不思議な現象になる。
ビジュアルで応用範囲が広いこの技は、普段は使わない筋肉を動かすので、習得するのに時間がかかる。
二人は必ずミスをする状態から、相当時間をかけて練習し、マスターしたのを陽菜乃は知っている。はしゃいでマッスルパスのキャッチボールをしたくなる気持ちはわからないではない。
「和樹、キャロル、車内では危ないのでやめてください」
運転しているクリストファー・マイヤースが二人を注意した。
イギリス人の父と日本人の母を持つクリスは、日本人の要素がさっぱりと見えず、絵に描いたような英国王子のような容姿をしている。金色の髪は光の粒子が舞ってキラキラと輝いているように見えるし、見惚れそうになる彫りの深い顔は彫刻像のように凛々しい。見た目は完全にイギリス人なのに言葉は誰よりも丁寧な日本語というギャップは、いまだに陽菜乃は慣れていなかった。
ちなみに、クリスの髪は染めていて、本来は栗色だそうだ。
「クリスも混ざりたかったんか? お前が一番うまいからな。陽菜乃は残念やけど、マッスルパスできへんもんな」
フードつきのノースリーブパーカーを着た和樹が振り返って、ニッと陽菜乃に白い歯を見せた。茶色がかったふわふわの髪と、丸顔で二重のはっきりした大きな瞳は、どこか小動物に似ている。
怒るので本人には言えないが、身長が低いこともあって非常に可愛らしい。男性にしては華奢なので、中学生くらいに見えなくもない。高身長揃いの男性サークルメンバーの平均身長を一気に下げる役目を担っている。
和樹は中学校に上がるまでは親の都合で近畿一帯を転々としたそうで、ちょっとおかしな関西弁を使っていた。
「混ざりたいのではなく、危ないと言ったんですよ、和樹」
クリスが和樹の手をなでたかと思うと、和樹が持っていたコインが消えた。
「あっ、オレの五百円玉! 返してぇや」
和樹はすぐに自分の手に触れたクリスの左手を掴んで開いてみるが、そこにコインはない。クリスの右手はハンドルから一度も離れなかった。
「クリス、コインをどこにやったのカ?」
キャロルが尋ねると、クリスは微笑みながら和樹の胸ポケットを長い指でさした。和樹が慌ててポケットを覗き込む。
「あった。マッスルパスで入れたんか?」
「そうです。これでおしまい」
「なんや、やっぱり混ざりたかったんやないか」
和樹がブツブツと言っている。気づかないうちに自分のポケットに入れられていたのが悔しいのかもしれない。
「数十センチ離れている和樹の小さな胸ポケットに正確に入れるなんて、さすがクリス」
陽菜乃は感嘆した。
コインを指先で弾いたって思い通りにコントロールするのは難しいのに、手の平の筋肉だけで飛ばすのだ。
奇術愛好会の同期生の中では、いやサークル全体、更に広げて複数の関東大学奇術サークルが集まる連盟メンバーで考えても、クリスと前を走る車を運転している龍之介の技巧は飛び抜けていた。特に龍之介はマジックバーでマジシャンとして働いているのだから、プロといってもいいだろう。子供の頃からマジシャンに憧れていた陽菜乃としては羨ましい限りだ。
龍之介のなめらかな手さばきは、どれだけ見ていても飽きない。生きているようにカードやコインを操る指が、魔力を持った神秘的なものに見えてくる。マジックをする手元を撮影させてもらい、繰り返し動画を見たものだ。
陽菜乃は真似て練習をしたのだが、何度やっても龍之介のような技巧を身につけられなかった。
「次はなにをしよう。みんなでできるのがいいネ。しりとりカ?」
キャロルが紅茶色の巻き髪とピアスを揺らしながら尋ねる。
キャロルはアメリカからの留学生だ。アフリカ系アメリカ人の父親とオランダ系アメリカ人の母親なので、小麦色の肌をしている。身長は百六十センチほどだが、メリハリのある抜群のプロポーションとエキゾチックな美貌を持つ。大学の構内で陽菜乃が並んで歩いていると、男性の視線がキャロルに集まるのがよくわかった。
一見近寄りがたいオーラがあるのだが、キャロルはいつも笑顔を絶やさず、言葉の語尾が独特のイントネーションになることもあって、愛嬌があって親しみやすい。
日本語は若干ぎこちないが、英語、ドイツ語、フランス語、中国語も堪能だという才媛だ。日本語はアニメを見て覚えたらしい。
長時間のドライブが前回のサークル合宿以来だからか。それとも、小野寺龍之介の様子がいつもと違ったからか。
龍之介はいつも以上に寡黙で、なにか強い思いを秘めているように感じた。しかし、ほかの奇術愛好会メンバーは気づかないようなので、考えすぎかもしれない。
「和樹のコイン、ワタシの手の平に来るヨ。ストライクネ!」
「キャロルのコントロールもバッチリや」
陽菜乃の気持ちを知る由もなく、隣りに座るキャロライン・コールマンと助手席の大友和樹が、マッスルパスでコインを飛ばしあって遊んでいた。
マッスルパスとは、指を使わずに手の平の筋肉だけでコインを飛ばす技法だ。指先を伸ばしたままコインを飛ばせるので、マスターするとコインマジックの幅が広がる。
たとえば上向きに手の平を開いてコインを乗せると、そのままほとんど手を動かさずにコインが上に飛ぶので、重力に逆らってコインが勝手に飛び上がったような不思議な現象になる。
ビジュアルで応用範囲が広いこの技は、普段は使わない筋肉を動かすので、習得するのに時間がかかる。
二人は必ずミスをする状態から、相当時間をかけて練習し、マスターしたのを陽菜乃は知っている。はしゃいでマッスルパスのキャッチボールをしたくなる気持ちはわからないではない。
「和樹、キャロル、車内では危ないのでやめてください」
運転しているクリストファー・マイヤースが二人を注意した。
イギリス人の父と日本人の母を持つクリスは、日本人の要素がさっぱりと見えず、絵に描いたような英国王子のような容姿をしている。金色の髪は光の粒子が舞ってキラキラと輝いているように見えるし、見惚れそうになる彫りの深い顔は彫刻像のように凛々しい。見た目は完全にイギリス人なのに言葉は誰よりも丁寧な日本語というギャップは、いまだに陽菜乃は慣れていなかった。
ちなみに、クリスの髪は染めていて、本来は栗色だそうだ。
「クリスも混ざりたかったんか? お前が一番うまいからな。陽菜乃は残念やけど、マッスルパスできへんもんな」
フードつきのノースリーブパーカーを着た和樹が振り返って、ニッと陽菜乃に白い歯を見せた。茶色がかったふわふわの髪と、丸顔で二重のはっきりした大きな瞳は、どこか小動物に似ている。
怒るので本人には言えないが、身長が低いこともあって非常に可愛らしい。男性にしては華奢なので、中学生くらいに見えなくもない。高身長揃いの男性サークルメンバーの平均身長を一気に下げる役目を担っている。
和樹は中学校に上がるまでは親の都合で近畿一帯を転々としたそうで、ちょっとおかしな関西弁を使っていた。
「混ざりたいのではなく、危ないと言ったんですよ、和樹」
クリスが和樹の手をなでたかと思うと、和樹が持っていたコインが消えた。
「あっ、オレの五百円玉! 返してぇや」
和樹はすぐに自分の手に触れたクリスの左手を掴んで開いてみるが、そこにコインはない。クリスの右手はハンドルから一度も離れなかった。
「クリス、コインをどこにやったのカ?」
キャロルが尋ねると、クリスは微笑みながら和樹の胸ポケットを長い指でさした。和樹が慌ててポケットを覗き込む。
「あった。マッスルパスで入れたんか?」
「そうです。これでおしまい」
「なんや、やっぱり混ざりたかったんやないか」
和樹がブツブツと言っている。気づかないうちに自分のポケットに入れられていたのが悔しいのかもしれない。
「数十センチ離れている和樹の小さな胸ポケットに正確に入れるなんて、さすがクリス」
陽菜乃は感嘆した。
コインを指先で弾いたって思い通りにコントロールするのは難しいのに、手の平の筋肉だけで飛ばすのだ。
奇術愛好会の同期生の中では、いやサークル全体、更に広げて複数の関東大学奇術サークルが集まる連盟メンバーで考えても、クリスと前を走る車を運転している龍之介の技巧は飛び抜けていた。特に龍之介はマジックバーでマジシャンとして働いているのだから、プロといってもいいだろう。子供の頃からマジシャンに憧れていた陽菜乃としては羨ましい限りだ。
龍之介のなめらかな手さばきは、どれだけ見ていても飽きない。生きているようにカードやコインを操る指が、魔力を持った神秘的なものに見えてくる。マジックをする手元を撮影させてもらい、繰り返し動画を見たものだ。
陽菜乃は真似て練習をしたのだが、何度やっても龍之介のような技巧を身につけられなかった。
「次はなにをしよう。みんなでできるのがいいネ。しりとりカ?」
キャロルが紅茶色の巻き髪とピアスを揺らしながら尋ねる。
キャロルはアメリカからの留学生だ。アフリカ系アメリカ人の父親とオランダ系アメリカ人の母親なので、小麦色の肌をしている。身長は百六十センチほどだが、メリハリのある抜群のプロポーションとエキゾチックな美貌を持つ。大学の構内で陽菜乃が並んで歩いていると、男性の視線がキャロルに集まるのがよくわかった。
一見近寄りがたいオーラがあるのだが、キャロルはいつも笑顔を絶やさず、言葉の語尾が独特のイントネーションになることもあって、愛嬌があって親しみやすい。
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