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陽菜乃 合宿一日目 午前
陽菜乃 合宿一日目 午前 その2
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「トランプならいくらでもあるんだけどね。それだと運転するクリスが参加できないからな」
陽菜乃が言うと、「おかまいなく」とクリスが応えた。
「それより、なんか食わへん?」
和樹がナップサックを漁ると、ビニールが擦れる音が聞こえる。
「和樹、昼ご飯が入らなくなりますよ」
「おかんみたいなこと言うなや。クリス、口開け」
和樹は小袋に分けられているピンポン玉ほどのチョコケーキを取り出した。袋を破って、クリスの口元に持っていく。
「運転をしていても片手は空きます」
「いいから」
クリスは大人しく和樹の指先のケーキをくわえた。口が大きいので一口だ。
「これで共犯やで」
和樹はニッと笑って、後部座席の陽菜乃とキャロルにもお菓子を配る。チョコレートばかりだ。
「和樹が甘いもの好きなことは知ってるけど、夏にチョコレートを買って来るなんて勇気があるわね」
メインは車移動になるとはいえ溶けることを考えなかったのかと、陽菜乃はある意味感心した。
「溶けても味は同じやろ」
そういうものでもないだろう。
「仲いいネ。クリスと和樹は幼なじみカ?」
「そうや」
キャロルの問いに和樹がうなずいた。
陽菜乃はクリスと和樹の出会いを、二人から聞いたことがある。
クリスは小学五年生の頃に、イギリスから兵庫県の小学校に転入してきた。クリスの家庭では日本語も使っていたので言葉の壁はなかったが、外見は完全にイギリス人なのでクラスで浮いていた。
このご時世だ、アジア圏も含めて外国人の生徒は珍しくはなかっただろうが、クリスの容姿が整いすぎていたことも要因だろう、クラスメイトたちは腫れ物に触るような扱いをした。
異国に来てクラスに溶け込もうと努力していたクリスは、ことあるごとに「外人だから」という言葉を受けて耐えられなくなり、
「わたしは日本人です!」
と、泣きながら主張した。
クリスは日本国籍を持つ日本人なのだ。
同じクラスメイトだった和樹は、その言葉に胸を打たれた。
それまで和樹はクリスのことを「女子に騒がれる気取ったヤツ」くらいの認識だったのだという。
何度も引っ越しを繰り返していた和樹は、転校の苦労を知っている。和樹はそれ以降、積極的にクリスの傍にいるようになった。
当時はクリスよりも和樹の方が背が高かった。しかもクリスは女の子に見えないまでも可愛らしい容姿だったので、和樹は兄貴分としてクリスを守った。
その関係は、クリスに身長を追い抜かれて約三十センチもの差となった今でも変わらない。
和樹はどこか兄貴分然としているが、客観的に見ていると、クリスに丸め込まれることも多かった。その姿は、よくできた女房に手の平で転がされる亭主のように見えなくもない。
こうしてクリスと和樹は同じ中高一貫校に入学し、いまも同じ大学に通っている。
「幼なじみといえば、陽菜乃と桜子もやな」
和樹に話しかけられて、陽菜乃はドキリとする。
陽菜乃は長い濡れ羽色の髪の美しい幼なじみを思い浮かべた。同じ学区で、幼稚園から大学まで共に進学した。
陽菜乃は形のいい顔のパーツがバランスよく配置され、アーモンド形のはっきりとした瞳が印象的な美人だ。しかし百七十センチという身長は女性としては高く、骨格もしっかりとしていて、雪野桜子とは対照的だった。
赤みのあるライトブラウンの髪をショートボブにしているのは、桜子の長い黒髪を意識してのことだ。中学生の頃からずっと短くしている。スカートをはかないのも桜子と被らないためだった。
並んで歩くとどうしても比較されてしまうので、苦労することが多かった。美しすぎる幼なじみを持つのも困りものなのだ。
「今ごろ桜子はなにしとるんやろ」
「ねえ和樹、クリスが羨ましいと思わない?」
話を変えるように陽菜乃は尋ねた。
気になっていたのだ。陽菜乃と桜子は正反対で、正統派美人の桜子が羨ましかった。身長や童顔を気にしている和樹は、いつも一緒にいる正反対のクリスをどう思っているのだろうか。
聞かれた和樹はげんなりとした表情をする。
「羨ましいに決まっとるやろ。十センチでええから、身長わけてほしいわ」
「そうですか?」
クリスが微笑して隣りの和樹を流し見る。
「その顏ムカツク! 絶対クリスより先に彼女作ったる」
和樹はアーモンドチョコレートを数粒まとめて頬張った。まるで頬袋にどんぐりを溜めこんだリスのようになる。
和樹も思うところがあるようで、陽菜乃は少し溜飲が下がった気になった。
「……っ」
更に余計なことを考えそうになり、陽菜乃は頭を振った。
「ああ、そうや。新作マジック見たってや」
和樹はナップサックから手の平ほどの箱を取り出した。
陽菜乃が言うと、「おかまいなく」とクリスが応えた。
「それより、なんか食わへん?」
和樹がナップサックを漁ると、ビニールが擦れる音が聞こえる。
「和樹、昼ご飯が入らなくなりますよ」
「おかんみたいなこと言うなや。クリス、口開け」
和樹は小袋に分けられているピンポン玉ほどのチョコケーキを取り出した。袋を破って、クリスの口元に持っていく。
「運転をしていても片手は空きます」
「いいから」
クリスは大人しく和樹の指先のケーキをくわえた。口が大きいので一口だ。
「これで共犯やで」
和樹はニッと笑って、後部座席の陽菜乃とキャロルにもお菓子を配る。チョコレートばかりだ。
「和樹が甘いもの好きなことは知ってるけど、夏にチョコレートを買って来るなんて勇気があるわね」
メインは車移動になるとはいえ溶けることを考えなかったのかと、陽菜乃はある意味感心した。
「溶けても味は同じやろ」
そういうものでもないだろう。
「仲いいネ。クリスと和樹は幼なじみカ?」
「そうや」
キャロルの問いに和樹がうなずいた。
陽菜乃はクリスと和樹の出会いを、二人から聞いたことがある。
クリスは小学五年生の頃に、イギリスから兵庫県の小学校に転入してきた。クリスの家庭では日本語も使っていたので言葉の壁はなかったが、外見は完全にイギリス人なのでクラスで浮いていた。
このご時世だ、アジア圏も含めて外国人の生徒は珍しくはなかっただろうが、クリスの容姿が整いすぎていたことも要因だろう、クラスメイトたちは腫れ物に触るような扱いをした。
異国に来てクラスに溶け込もうと努力していたクリスは、ことあるごとに「外人だから」という言葉を受けて耐えられなくなり、
「わたしは日本人です!」
と、泣きながら主張した。
クリスは日本国籍を持つ日本人なのだ。
同じクラスメイトだった和樹は、その言葉に胸を打たれた。
それまで和樹はクリスのことを「女子に騒がれる気取ったヤツ」くらいの認識だったのだという。
何度も引っ越しを繰り返していた和樹は、転校の苦労を知っている。和樹はそれ以降、積極的にクリスの傍にいるようになった。
当時はクリスよりも和樹の方が背が高かった。しかもクリスは女の子に見えないまでも可愛らしい容姿だったので、和樹は兄貴分としてクリスを守った。
その関係は、クリスに身長を追い抜かれて約三十センチもの差となった今でも変わらない。
和樹はどこか兄貴分然としているが、客観的に見ていると、クリスに丸め込まれることも多かった。その姿は、よくできた女房に手の平で転がされる亭主のように見えなくもない。
こうしてクリスと和樹は同じ中高一貫校に入学し、いまも同じ大学に通っている。
「幼なじみといえば、陽菜乃と桜子もやな」
和樹に話しかけられて、陽菜乃はドキリとする。
陽菜乃は長い濡れ羽色の髪の美しい幼なじみを思い浮かべた。同じ学区で、幼稚園から大学まで共に進学した。
陽菜乃は形のいい顔のパーツがバランスよく配置され、アーモンド形のはっきりとした瞳が印象的な美人だ。しかし百七十センチという身長は女性としては高く、骨格もしっかりとしていて、雪野桜子とは対照的だった。
赤みのあるライトブラウンの髪をショートボブにしているのは、桜子の長い黒髪を意識してのことだ。中学生の頃からずっと短くしている。スカートをはかないのも桜子と被らないためだった。
並んで歩くとどうしても比較されてしまうので、苦労することが多かった。美しすぎる幼なじみを持つのも困りものなのだ。
「今ごろ桜子はなにしとるんやろ」
「ねえ和樹、クリスが羨ましいと思わない?」
話を変えるように陽菜乃は尋ねた。
気になっていたのだ。陽菜乃と桜子は正反対で、正統派美人の桜子が羨ましかった。身長や童顔を気にしている和樹は、いつも一緒にいる正反対のクリスをどう思っているのだろうか。
聞かれた和樹はげんなりとした表情をする。
「羨ましいに決まっとるやろ。十センチでええから、身長わけてほしいわ」
「そうですか?」
クリスが微笑して隣りの和樹を流し見る。
「その顏ムカツク! 絶対クリスより先に彼女作ったる」
和樹はアーモンドチョコレートを数粒まとめて頬張った。まるで頬袋にどんぐりを溜めこんだリスのようになる。
和樹も思うところがあるようで、陽菜乃は少し溜飲が下がった気になった。
「……っ」
更に余計なことを考えそうになり、陽菜乃は頭を振った。
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