Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

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陽菜乃 合宿一日目 午前

陽菜乃 合宿一日目 午前 その3

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「それは、煙草カ?」
 キャロルは身を乗り出して和樹の手元を覗き込んだ。ただし、シートベルトがあるのであまり前に出られない。生真面目なクリスの言いつけで、前席の二人はもちろん、後部座席の陽菜乃とキャロルもシートベルトを締めていた。
「車内で煙草は迷惑になりますよ、和樹」
「電子煙草を使うマジックや、ニコチンがない水蒸気やで。みんなええよな?」
 陽菜乃とキャロルはうなずいた。二人がいいのならというように、クリスもそれ以上とめなかった。
「一瞬やからな」
 和樹は電子煙草をくわえて吸い込む。口を大きく開くと、中央に穴の開いたドーナツ型の白い煙が吐き出された。
 上手いものだと陽菜乃が思った瞬間、その輪っかに和樹は手を伸ばしてつまんだ。すると煙の代わりに、指先には白く太いヘアゴムが出現した。
「アメージング! 和樹、イイネ!」
 キャロルが手を叩く。
 煙を掴む動作をして隠し持っていたヘアゴムを出現させるという、現象としては単純なものだ。しかし、まさか煙がヘアゴムになると思わないので、インパクトは充分にあるマジックといえる。
「綺麗な煙の輪ですね」
 クリスも褒める。
「せやろ。手の動きは簡単やけど、輪っかはめっちゃ練習したねん。舌を伸ばして輪の中央の空洞を作るんや」
 メンバーに舌の動きを再現して見せた。上唇にも下唇にもつけず、口の中央で伸ばした舌で、煙を押しだすような動きをする。なんだかいやらしく見えなくもない動きなのだが、童顔の和樹がすると、それをまったく感じない。
 和樹はもう一度電子煙草を吸って、四つ続けて白い輪を吐き出して見せた。上手いものだ。
「煙草って男らしくてかっこええやろ。煙草のルーティンを作ろ思うとる」
 ルーティンとは、マジック界ではマジックの組み合わせ構成のことを指す。
「電子煙草だからといって、あまり吸いすぎないでくださいね。身体にいいものではありませんよ」
「おかんか」
 心配をするクリスを和樹は茶化した。
「宿泊先に着いてからでええと思うたかもしれへんけど、実はこのマジック、結構前に龍之介が練習しとんのを見て真似たんや。せやから龍之介のおらん今、披露したっちゅうわけやな」
 和樹は電子煙草をしまいながらネタ元を明かした。お酒を扱うマジックバーで働いていれば、煙草を使ったマジックを求められる場面も多いだろう。龍之介が煙草のレパートリーを持っているのは納得だ。
「そういえば、目的地まであとどれくらいなんやろう。……あれクリス、カーナビ使ってへんの? 初めて行く場所やのに、行き先がわかれへんやん」
 カーナビゲーションを覗いた和樹が尋ねた。
「龍之介の車について行けばいいだけですからね」
「まあ、せやな」
 そう言いながら、和樹は甘そうな炭酸飲料を取り出した。
それを見た陽菜乃は胸やけが起きそうになった。そんなに甘いものばかり食べて、よく太らないものだ。陽菜乃は摂取カロリーや糖質・脂質をチェックしながら食事をして、体形維持に苦労しているというのに。
 気分直しに窓の外を見た。残念ながら高い防音壁に阻まれて景色が見えない。
 空も壁と同じ鉛色の雲が垂れ込めていた。
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