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龍之介 合宿一日目 昼
龍之介 合宿一日目 昼 その3
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「龍之介、奈月の荷物を任せていいか」
「いいけど」
龍之介は返事をする前に蒼一に奈月の荷物を押しつけられた。蒼一は吊り橋のたもとまで行って、奈月に声をかける。
「奈月、手すりにしっかり掴まってろよ」
「言われなくても掴まってるよ!」
奈月の返事を聞くと、蒼一は橋のロープを両手で握って、こともあろうか、吊り橋を揺らしだした。とめる暇もなかった。
奈月は悲鳴を上げて橋にすがりつき、その場でしゃがんだ。吊り橋が大きく左右に揺れるたびに鈍くきしんだ。
「アホ! 蒼一やりすぎや!」
「いけませんヨ!」
和樹とキャロルが蒼一の腕を押さえる。
橋の揺れがおさまった。しかし奈月はうずくまったまま動かない。腰が抜けてしまったのかもしれない。
蒼一は自分の荷物を持って橋を渡り、中央付近にいる奈月の傍で屈んだ。二人はなにか会話をしているが、龍之介には聞こえない。
するとふいに蒼一が奈月を米俵のように肩に担ぎ、すたすたと橋を歩き出した。
「降ろして! あんたの身長分さらに高いのよ、このバカ!」
奈月の半泣きの悲鳴が聞こえてきた。
「……あかん。さすがに奈月に同情するわ」
和樹が額を押さえる。
「蒼一はなにがしたいんだろうな」
龍之介が眉をひそめると、陽菜乃は肩をすくめた。
「いじめたいんでしょ。小学生的な意味で」
「さっき、車の中で奈月に相手にされていなかったしな」
橋の向こうでは、蒼一がクリスに説教を受けている様子がうかがえた。おそらく蒼一には響かず、聞き流していることだろう。
残りのメンバーは高所恐怖症ではないので、たんたんと橋を渡った。むしろ、これほど古く長い吊り橋は珍しくので、みんなそれぞれ吊り橋の揺れや深山霊谷の景色を楽しんでいるようだ。
橋を渡ってしばらく歩くと、茂った木の隙間からやっと貸別荘が見えてくる。渓谷沿いの木々が深く、また屋敷までの道がSの字になっているため、橋を渡った地点からはまだ建物が見えていなかったのだ。
現れたのは、木造二階建ての白い洋館だ。元々は華族の屋敷だったようで、古びてはいるが豪奢だった。
玄関ポーチには円柱が用いられていて、フレンチ・ルネッサンス様式のようだ。両開きの大きなドアの上には、ステンドグラスがあしらわれている。
「荷物を置いてから、散歩がてらに周囲を散策してみましょうか」
クリスの提案で、玄関先に荷物を置いて全員で屋敷の周辺を歩くことにした。
周囲は緑が生い茂っていて、手入れはあまりされていない。中庭のような空間にはテーブルや椅子が置いてあるが、完全に腐れ落ちていて雑草で埋まっていた。
屋敷を挟んで吊り橋の反対側は、百メートルはあろうかという絶壁で塞がれていた。プロのロッククライマーでない限り、この崖を登るのは不可能だろう。
「谷と崖に挟まれてるネ」
「陸の孤島やな。雷でも落ちて吊り橋が切れたら、ここから出られへんやん」
キャロルが楽しそうの言うのを、和樹は苦々しく返した。
「吊り橋はしっかりしていましたから、嵐が来ても大丈夫だと思いますよ。むしろ心配なのは落石ですね」
クリスが注意点をあげる。
「天気予報では今週雨が降らないようだから大丈夫だと思うけど、そう言われるとちょっと怖いね」
「天気予報は絶対じゃないネ」
桜子とキャロルも壁を見上げながら言った。奈月もキャロルの腕に両腕をからませて二人にならった。
「それにしても、ほんまに電波入らんなあ。ゲームのログインボーナスは諦めや。イベント中やなくて助かった」
「ずっとスマートフォンを見ていると思ったら、電波のチェックだったんですね」
クリスは和樹を見ながら苦笑する。
「この別荘を借りる手続きをした時、担当の人が、来年には基地局ができて電波が入るようになるはずだって言ってたよ」
「もう一年早う設置しとってくれてたら」
陽菜乃の情報に、和樹は悔しそうにスマートフォンをナップサックにしまった。
周辺を一通り見てから、龍之介たちは屋敷に戻った。
クリスが重厚感のある玄関のドアを開けると、中央の大きな階段が目に飛び込んできた。
「うわあ……」
誰ともなく声があがった。
「いいけど」
龍之介は返事をする前に蒼一に奈月の荷物を押しつけられた。蒼一は吊り橋のたもとまで行って、奈月に声をかける。
「奈月、手すりにしっかり掴まってろよ」
「言われなくても掴まってるよ!」
奈月の返事を聞くと、蒼一は橋のロープを両手で握って、こともあろうか、吊り橋を揺らしだした。とめる暇もなかった。
奈月は悲鳴を上げて橋にすがりつき、その場でしゃがんだ。吊り橋が大きく左右に揺れるたびに鈍くきしんだ。
「アホ! 蒼一やりすぎや!」
「いけませんヨ!」
和樹とキャロルが蒼一の腕を押さえる。
橋の揺れがおさまった。しかし奈月はうずくまったまま動かない。腰が抜けてしまったのかもしれない。
蒼一は自分の荷物を持って橋を渡り、中央付近にいる奈月の傍で屈んだ。二人はなにか会話をしているが、龍之介には聞こえない。
するとふいに蒼一が奈月を米俵のように肩に担ぎ、すたすたと橋を歩き出した。
「降ろして! あんたの身長分さらに高いのよ、このバカ!」
奈月の半泣きの悲鳴が聞こえてきた。
「……あかん。さすがに奈月に同情するわ」
和樹が額を押さえる。
「蒼一はなにがしたいんだろうな」
龍之介が眉をひそめると、陽菜乃は肩をすくめた。
「いじめたいんでしょ。小学生的な意味で」
「さっき、車の中で奈月に相手にされていなかったしな」
橋の向こうでは、蒼一がクリスに説教を受けている様子がうかがえた。おそらく蒼一には響かず、聞き流していることだろう。
残りのメンバーは高所恐怖症ではないので、たんたんと橋を渡った。むしろ、これほど古く長い吊り橋は珍しくので、みんなそれぞれ吊り橋の揺れや深山霊谷の景色を楽しんでいるようだ。
橋を渡ってしばらく歩くと、茂った木の隙間からやっと貸別荘が見えてくる。渓谷沿いの木々が深く、また屋敷までの道がSの字になっているため、橋を渡った地点からはまだ建物が見えていなかったのだ。
現れたのは、木造二階建ての白い洋館だ。元々は華族の屋敷だったようで、古びてはいるが豪奢だった。
玄関ポーチには円柱が用いられていて、フレンチ・ルネッサンス様式のようだ。両開きの大きなドアの上には、ステンドグラスがあしらわれている。
「荷物を置いてから、散歩がてらに周囲を散策してみましょうか」
クリスの提案で、玄関先に荷物を置いて全員で屋敷の周辺を歩くことにした。
周囲は緑が生い茂っていて、手入れはあまりされていない。中庭のような空間にはテーブルや椅子が置いてあるが、完全に腐れ落ちていて雑草で埋まっていた。
屋敷を挟んで吊り橋の反対側は、百メートルはあろうかという絶壁で塞がれていた。プロのロッククライマーでない限り、この崖を登るのは不可能だろう。
「谷と崖に挟まれてるネ」
「陸の孤島やな。雷でも落ちて吊り橋が切れたら、ここから出られへんやん」
キャロルが楽しそうの言うのを、和樹は苦々しく返した。
「吊り橋はしっかりしていましたから、嵐が来ても大丈夫だと思いますよ。むしろ心配なのは落石ですね」
クリスが注意点をあげる。
「天気予報では今週雨が降らないようだから大丈夫だと思うけど、そう言われるとちょっと怖いね」
「天気予報は絶対じゃないネ」
桜子とキャロルも壁を見上げながら言った。奈月もキャロルの腕に両腕をからませて二人にならった。
「それにしても、ほんまに電波入らんなあ。ゲームのログインボーナスは諦めや。イベント中やなくて助かった」
「ずっとスマートフォンを見ていると思ったら、電波のチェックだったんですね」
クリスは和樹を見ながら苦笑する。
「この別荘を借りる手続きをした時、担当の人が、来年には基地局ができて電波が入るようになるはずだって言ってたよ」
「もう一年早う設置しとってくれてたら」
陽菜乃の情報に、和樹は悔しそうにスマートフォンをナップサックにしまった。
周辺を一通り見てから、龍之介たちは屋敷に戻った。
クリスが重厚感のある玄関のドアを開けると、中央の大きな階段が目に飛び込んできた。
「うわあ……」
誰ともなく声があがった。
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