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龍之介 合宿一日目 昼
龍之介 合宿一日目 昼 その7
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「脳や心がいかに騙されやすいか、という例題だ。配った紙を見てほしい」
縦に八つの数字が並んでいる。
「簡単な暗算だ。一つ目は千だな。一度に足さないでくれ。下の数字を全て指で隠しておいて、指を一段ずつ下げながら、順番に足していくんだ。千の下の数字は四十だから、和樹、合計は?」
「そんなん、一〇四〇に決まってるやろ」
バカにするなと言わんばかりに和樹が答える。
「そうだな。その調子で、指を一段ずつ下げて暗算してほしい。小さくていいから声に出した方が、よりいい」
1000
40
1000
30
1000
20
1000
10
サークルメンバーは素直に数字を指で隠し、暗算していく。メンバーのつぶやきが聞こえなくなったところで、龍之介はまた和樹を指名した。
「合計は、いくつになった?」
「五千や。なあ?」
和樹は隣りのクリスを促すが、クリスは言葉に詰まる。
「なんやクリス、まだ計算終わらんのか」
「あたしも五千だよ」
奈月も身を乗り出して和樹に同意した。
「バカめ、四千百だ」
蒼一はすかさずそう言いながら、隣りに座る奈月の額を指先で弾いた。
「いたっ。触らないでよもう、……あれ?」
奈月はもう一度計算し直しているようだ。
「蒼一が正解だ。四千百、四一〇〇が正しい」
答え合わせをしてみると、和樹、奈月、陽菜乃以外は正解していた。さすがにマジックを日常的にしているメンバーは騙されにくいか。龍之介が今まで試した中では、七十%以上が引っかかっていた。
龍之介は話をすすめる。
「全体を見て冷静に計算すればできることを、錯覚させる。俺たちはこういう心理的な隙をついて観客を驚かせるんだ。動体視力で追いつかないほどの早業はそれほど必要がない。こういう思い込みや錯覚を使えば、堂々と演じても相手は気づかない」
龍之介はもう少し薀蓄を語ることにした。
「推理小説界には、『ヴァン・ダインの二十則』や『ノックスの十戒』のように、推理小説を書く上でのルールがある。それと同じように、奇術界にも『サーストンの三原則』というものがある」
アメリカの代表的なマジシャン、ハワード・サーストンの名を冠している三原則だ。しかし、本人がこの原則を説いたのかは定かではないとされている。内容は以下のようなものだ。
・マジックを演じる前に、現象を説明してはならない。
・同じマジックを二度繰り返して見せてはならない。
・種明かしをしてはならない。
どれも観客を楽しませるルールで、意外性を失わせるな、ということになる。
ただし、龍之介は「種明かしをしてはならない」に関しては一部反対で、初歩的なマジックはどんどん伝えるべきだと思っている。
解説書は多く出版されているが、文章とイラストや写真ではわかりにくい。DVDも販売されているものの、値段の割には得るものが少ないものも多かった。
基礎ができなければ、応用した高度なマジックを習得できるはずがない。基本を覚える前にマジックに挫折してしまう人も多いのではないか。間口を広げて、もっとマジック界が盛り上がってほしいと思っている。
龍之介が初めてマジックを間近で見たのは、四歳の時だった。夕食の時に、ふいに父親が「マジックを見せてやる」と言いだした。
父親は龍之介に割り箸を渡した。種も仕掛けもないことを確認させるためだ。父親は龍之介から返された割り箸を握って力を込めると、なんと割りばしの先から滴がポタポタとしたたり落ちた。
龍之介は驚いて、何度も父親にそのマジックが見たいとせがんだ。
縦に八つの数字が並んでいる。
「簡単な暗算だ。一つ目は千だな。一度に足さないでくれ。下の数字を全て指で隠しておいて、指を一段ずつ下げながら、順番に足していくんだ。千の下の数字は四十だから、和樹、合計は?」
「そんなん、一〇四〇に決まってるやろ」
バカにするなと言わんばかりに和樹が答える。
「そうだな。その調子で、指を一段ずつ下げて暗算してほしい。小さくていいから声に出した方が、よりいい」
1000
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1000
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サークルメンバーは素直に数字を指で隠し、暗算していく。メンバーのつぶやきが聞こえなくなったところで、龍之介はまた和樹を指名した。
「合計は、いくつになった?」
「五千や。なあ?」
和樹は隣りのクリスを促すが、クリスは言葉に詰まる。
「なんやクリス、まだ計算終わらんのか」
「あたしも五千だよ」
奈月も身を乗り出して和樹に同意した。
「バカめ、四千百だ」
蒼一はすかさずそう言いながら、隣りに座る奈月の額を指先で弾いた。
「いたっ。触らないでよもう、……あれ?」
奈月はもう一度計算し直しているようだ。
「蒼一が正解だ。四千百、四一〇〇が正しい」
答え合わせをしてみると、和樹、奈月、陽菜乃以外は正解していた。さすがにマジックを日常的にしているメンバーは騙されにくいか。龍之介が今まで試した中では、七十%以上が引っかかっていた。
龍之介は話をすすめる。
「全体を見て冷静に計算すればできることを、錯覚させる。俺たちはこういう心理的な隙をついて観客を驚かせるんだ。動体視力で追いつかないほどの早業はそれほど必要がない。こういう思い込みや錯覚を使えば、堂々と演じても相手は気づかない」
龍之介はもう少し薀蓄を語ることにした。
「推理小説界には、『ヴァン・ダインの二十則』や『ノックスの十戒』のように、推理小説を書く上でのルールがある。それと同じように、奇術界にも『サーストンの三原則』というものがある」
アメリカの代表的なマジシャン、ハワード・サーストンの名を冠している三原則だ。しかし、本人がこの原則を説いたのかは定かではないとされている。内容は以下のようなものだ。
・マジックを演じる前に、現象を説明してはならない。
・同じマジックを二度繰り返して見せてはならない。
・種明かしをしてはならない。
どれも観客を楽しませるルールで、意外性を失わせるな、ということになる。
ただし、龍之介は「種明かしをしてはならない」に関しては一部反対で、初歩的なマジックはどんどん伝えるべきだと思っている。
解説書は多く出版されているが、文章とイラストや写真ではわかりにくい。DVDも販売されているものの、値段の割には得るものが少ないものも多かった。
基礎ができなければ、応用した高度なマジックを習得できるはずがない。基本を覚える前にマジックに挫折してしまう人も多いのではないか。間口を広げて、もっとマジック界が盛り上がってほしいと思っている。
龍之介が初めてマジックを間近で見たのは、四歳の時だった。夕食の時に、ふいに父親が「マジックを見せてやる」と言いだした。
父親は龍之介に割り箸を渡した。種も仕掛けもないことを確認させるためだ。父親は龍之介から返された割り箸を握って力を込めると、なんと割りばしの先から滴がポタポタとしたたり落ちた。
龍之介は驚いて、何度も父親にそのマジックが見たいとせがんだ。
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