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龍之介 合宿一日目 昼
龍之介 合宿一日目 昼 その8
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今思えば、割り箸を龍之介に見せている間に父親はテーブルに置いていたビール瓶の汗で手を濡らし、返された割り箸を握ったに違いない。まさにさきほど龍之介が話した、初歩的なミスディレクションだ。父親はマジックが特別好きでも得意でもなかったので、宴会芸で覚えて、息子に見せたくなっただけかもしれない。
しかしそこから龍之介はマジックの虜になった。
未就学の頃から子供向けのマジックの本を読み、小学校に進学してからも通学中や授業中まで常にカードやコインを手にして操る練習をした。
そして小遣いを貯めてはマジックショップに行き、道具を購入するようになった。働けるようになってからはアルバイト代をつぎ込んだので、総額にすると百万円近くになるのではないか。
マジックの腕でいえばこの中の誰が一番だと数値化できるものではないが、キャリアでいうのであれば龍之介は自分が一番だと自負している。
「講義を終わります。ご清聴ありがとうございました」
拍手がわく。
こうして龍之介は講義を一通りすませて、ノルマの七分マジックショーも終えた。あえてレクチャー用に基礎的な技法のみのルーティンを作ったので、メンバーから方法がわからないと言われたものに関しては手順を丁寧に説明した。
出番が終わった龍之介は横一列に並んだ席についた。マジック自体はやり慣れたことで緊張はないが、それでも初めに終わらせると観客側に回れるので気が楽だ。
隣りに座るキャロルが笑顔で話しかけてくる。
「さすが龍之介ネ。ほれぼれしたヨ」
「ありがとう」
龍之介と入れ替わりに立ち上がったのはクリスだ。アルミのアタッシュケースを持っている。
クリスは背が高く容姿も端麗なので、舞台に立つだけで華がある。しかも今は黒い燕尾服にシルクハットという正装で、クリスによく似合っていた。高さのある襟には、ホワイト・タイもついている。
クリスはアタッシュケースから取り出したスピーカーを客席側に向けて置き、ミステリアスな音楽をかけた。
マジックの音楽というと、日本ではポール・モーリアの『オリーブの首飾り』が有名だ。一九七〇年代に大ヒットした曲なので、マジックに興味がなくても一度は耳にしたことがあるだろう。この曲は、女性マジシャンの松旭斎すみえが日本で初めてマジックショーのテーマソングにしたといわれている。
しかし海外ではマジックショーの定番ミュージックは特になく、イメージが定着しすぎてしまった日本でも、いまや『オリーブの首飾り』が使用されることは少ない。
他に日本で有名なマジシャンのテーマ曲というと、『レッグズ』ではないだろうか。おそらく日本人の多くはこの曲を聞いて、アート・オブ・ノイズというイギリスのグループ名ではなく、Mr.マリックを思い浮かべるに違いない。それくらい、テーマ曲は大事なものだ。
なにをかけるにしろ、マジックに音楽はつきものだ。ムードを盛り上げる効果もあるし、カードやコインで細工する際の小さな音を掻き消す役割もある。もちろん、音楽に合わせてライティングを変化させる演出をすることも、ダンスを取り入れてエンターテインメント性を高めることもできる。
「よろしくお願いします」
クリスは優雅に一礼した。龍之介たちは拍手を送る。
しかしそこから龍之介はマジックの虜になった。
未就学の頃から子供向けのマジックの本を読み、小学校に進学してからも通学中や授業中まで常にカードやコインを手にして操る練習をした。
そして小遣いを貯めてはマジックショップに行き、道具を購入するようになった。働けるようになってからはアルバイト代をつぎ込んだので、総額にすると百万円近くになるのではないか。
マジックの腕でいえばこの中の誰が一番だと数値化できるものではないが、キャリアでいうのであれば龍之介は自分が一番だと自負している。
「講義を終わります。ご清聴ありがとうございました」
拍手がわく。
こうして龍之介は講義を一通りすませて、ノルマの七分マジックショーも終えた。あえてレクチャー用に基礎的な技法のみのルーティンを作ったので、メンバーから方法がわからないと言われたものに関しては手順を丁寧に説明した。
出番が終わった龍之介は横一列に並んだ席についた。マジック自体はやり慣れたことで緊張はないが、それでも初めに終わらせると観客側に回れるので気が楽だ。
隣りに座るキャロルが笑顔で話しかけてくる。
「さすが龍之介ネ。ほれぼれしたヨ」
「ありがとう」
龍之介と入れ替わりに立ち上がったのはクリスだ。アルミのアタッシュケースを持っている。
クリスは背が高く容姿も端麗なので、舞台に立つだけで華がある。しかも今は黒い燕尾服にシルクハットという正装で、クリスによく似合っていた。高さのある襟には、ホワイト・タイもついている。
クリスはアタッシュケースから取り出したスピーカーを客席側に向けて置き、ミステリアスな音楽をかけた。
マジックの音楽というと、日本ではポール・モーリアの『オリーブの首飾り』が有名だ。一九七〇年代に大ヒットした曲なので、マジックに興味がなくても一度は耳にしたことがあるだろう。この曲は、女性マジシャンの松旭斎すみえが日本で初めてマジックショーのテーマソングにしたといわれている。
しかし海外ではマジックショーの定番ミュージックは特になく、イメージが定着しすぎてしまった日本でも、いまや『オリーブの首飾り』が使用されることは少ない。
他に日本で有名なマジシャンのテーマ曲というと、『レッグズ』ではないだろうか。おそらく日本人の多くはこの曲を聞いて、アート・オブ・ノイズというイギリスのグループ名ではなく、Mr.マリックを思い浮かべるに違いない。それくらい、テーマ曲は大事なものだ。
なにをかけるにしろ、マジックに音楽はつきものだ。ムードを盛り上げる効果もあるし、カードやコインで細工する際の小さな音を掻き消す役割もある。もちろん、音楽に合わせてライティングを変化させる演出をすることも、ダンスを取り入れてエンターテインメント性を高めることもできる。
「よろしくお願いします」
クリスは優雅に一礼した。龍之介たちは拍手を送る。
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