白銀の超越者 ~彼女が伝説になるまで~

カホ

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~東への旅~

奴隷の兄妹

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「ユール様、もうすぐ到着しますよ」

  馬車の中で眠っていたユールは、テオの声で目を覚ました。

  窓から外を見ると、すぐそこにアントヴァリナウトの城壁が見えた。

  入り口で通行証を見せ、街に入った一行は、宿を取らずに商業ギルドに向かった。お店の話をテオにも話したら、賛成してくれたから物件を買おうとギルドに行くのだ。

 「いらっしゃいませ」

  にこやかな受付嬢に要件を伝えると、すぐに候補物件を14つほど提案してくれた。

  その中から3つに絞り、受付嬢が案内人を呼びに行っている間に店舗登録をする。

  店舗名はヴァルグリンド。意味は冒険者の箱庭。営業日は平日と週末の初日。営業時間は朝8時から夕方5時まで。販売商品は回復薬全般と少量のマジックアイテム。今後追加予定。従業員は2名ほどの予定。

  店舗登録を終え、開店税を払い、案内人に3つの物件を見せてもらう。

   …………。
   ………。
   ……。

 「これにします」
 「光金貨5枚です」

  3つ目の物件に決め、代金を払う。全体的に明るくて近寄りやすい雰囲気の建物で、L字型で庭もついている。二階建てと三階建ての部分があるが、二階建ての方が住居らしい。

  物件も決まったところで日も暮れた。ユールたちは住居の方に移動し、食事をとって休むことにした。明日にはやることがたくさんあります。




 「ノルン、マリン・ポーションの鑑定書は?」
 「それならもう並べましたよ」

  次の日、ユールたちの姿は店の方にあった。物件の中には商品を置く棚やレジも準備してくれていて、あとは商品を並べて飾り付けをするだけだった。

 「ユール様、こっちは全部並べられましたよ」
 「ありがと、テオ。じゃあ次はこっちのをお願い」

  店舗部分は三階分あるが、今のところまだ一階と二階しか使用予定がない。売るものは回復薬と公爵家から持って来た旅道具たちだ。

 「ユール様、飾り付けはこれで大丈夫ですか?」
 「ユール様、こっちも並べ終わりましたよ」

  午前中に作業をし、順調に終わったようだ。

 「二人ともありがとう」
 「店員はどうするんですか?」
 「それね…………奴隷を買おうと思うの」
 「………そんな嫌そうな顔で言われても……」

  ユールたちはこれからも旅を続けないといけないからこの店のことは三人以外の人間に任せるしかない。しかし一般人を雇うのでは信用性が低い。だから裏切ることのない奴隷を買うのが一番なのだ。

 「とりあえず、奴隷市場に行ってみてからにしません?」

  テオの提案で、ユールたちは奴隷市場へ行くことになった。奴隷市場とは、奴隷商人が多く集っている路地通りのこと。

 「ここが一番安いね……」

  市場を一通り見て、その中のある奴隷商人のところにやってくるユール。全体を見通して、ここが一番安かったからだ。

 「奴隷が欲しいのか?」
 「はい」
 「じゃあこっちだ」

  男についてテントに入ると、そこにはたくさんの檻があり、その全てに人間が入れられている。

  多くは大人や老人だった。みんな濁った瞳でこっちを見ている。うーん、やらしい考えを持ってる目だ、ありゃ。こういう人たちに店は任せられないね。

  目に叶う相手がいなくて困っていると、テントの隅に二人の少年少女を見つけた。少年の方はテオと同じぐらいで、少女の方は自分と同世代っぽい。他の人と比べてずっと弱っているが、その瞳には強い光がある。テント内では唯一の反抗的な眼差しだった。

  ただの反抗ではなく、その目の奥には何かの明確な意思があった。その瞳は、始めて会ったときのノルンのそれとよく似ていた。お前には絶対に屈しない、やれるもんならやってみろ、と物語っている。

  面白い、と思った。




  テントの隅の檻に入れられていた少年は、妹を気にかけつつ、テントに入ってきた銀髪の少女を見つめた。

  少女が入ってきた瞬間、テント内のよどんだ空気が一瞬で晴れた気がした。

  テントの中のわずかな明かりだけでも、少女の美しさを引き出されていた。床まで流れる純銀の髪、陶器のように透き通る白い肌、左目は隠れていたが右目は不思議な色合いの水色、何から何まで人形のように美しく、同時に冷たい印象の少女だった。着ているドレスは質素だが庶民よりは立派で、その佇まいは貴族のように凛としていて、見ているだけで引き込まれそうになる。

  周りを見ると、みんな欲望に満ちた目で少女を見ている。男は汚らわしい視線、女は媚を売るような視線を向けている。奴隷とて人間だ、欲はある。これだけ美しい少女がくれば買って欲しいと思う。

  ふと少女と目が合う。そのまま視線だけをかわす。少年にその欲がないと言ったら嘘になる。だが少年は見た目で人を判断しない。奴隷が飼い主を選ぶことはできないが、見極めることはできる。少年の少女に対する第一印象は冷たい、だった。この少女に買われたら、ひどい扱いをされそうな気がした。妹を守るためにはこの少女に嫌われるべきだと思った。嫌われるように少女を睨みつける。

  今までの人間だったらこれだけで自分たちを見切っていた。しかし少女が口角を少しだけ持ち上げた。笑ったのだと気づくのに少し時間がかかった。

 「この二人でお願いします」
 「いいのか?言っておくが、一番使えないぜ?」
 「それは自己責任でしょ?」
 「まあ、いい。それじゃあ白金貨1枚だよ」

  少女は躊躇なく、自分と妹を一緒に買った。銀髪の少女が男に代金を払い、少年と妹を連れて店を出る。

  店の外にはさらに二人の少年少女がいた。二人とも少女より年上で、自分たちよりも年上のようだ。銀髪の少女には遠くかなわないが、横に並んでも違和感がないほどに整った顔をしている。少年はさらさらした黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳、少女の方は濃い金髪をポニーテールにして灰色の瞳をしている。

 「ユール様、終わりました?」
 「うん」
 「じゃあそこかで食事しません?いい時間ですよ」
 「いいね。あなたたちもおいで」

  唐突にこっちに話が振られた。何がしたいのかわからないが、奴隷として買われた以上、従うしかない。

 「はい」

  警戒心も込めて返事したが、ユールと呼ばれた少女も付き人の少年少女も気にした様子はない。調子が狂った気がした。

  奴隷市場を離れ、大通りに出る。適当なレストランに向かって進んでいる途中、妹が転んだ。少年が助け起こすと、前を歩いていた三人が振り返った。

 「申し訳ありません!」

  妹がすぐさま謝る。少年もさりげなく妹の前に立つ。罰なら妹の代わりに自分が受けようと思ったのだ。

 「どいて」

  しかしユールは二人の前にくると、こう言った。引かない少年を見てため息をつき、ユールが黒髪の少年に合図すると、彼は片手で少年をひょいと引き離した。その華奢な見た目からは想像もできない力だった。

 「離してください!」
 「いいから見てな」

  少年は思わず反抗してしまう。しまった、と思ったが、黒髪の少年はただ面白げに少年にそう告げた。

  妹に視線を向けると、ユールがすでに妹の前にたどり着いていた。妹は必死に頭を下げている。膝に擦り傷もできていて、見ていて痛々しい。

 「本当に申し訳………」
 「傷、見せて」

  さらに謝ろうとする妹の言葉を遮り、ユールは言う。

 「え……?」
 「手当てするから」

  言われている妹本人だけでなく、聞いていた少年も驚いた。さっきからユールの行動が奴隷の常識と違いすぎてる。

  思えば出会ったときから彼女は普通とちょっと違っていた。普通の人であれば自分に対して従順な奴隷を買う。反抗的な目を向けられたら、人はまずそんな奴隷を買わないだろう。なのにユールは即決で自分たちを買った。

  少年たちが買われるのは二度目だ。前の主人は、反抗的な態度を取ればすぐに殴ってきた。どんなに小さなヘマでも許されなかった。

  今まではそれがこの世界での常識なんだと思っていた。でもユールという少女はそれに全く当てはまらない。反抗的な態度をとっても怒ることなく、転んだ妹を咎めるのでもなく逆に傷の手当てをしている。奴隷が道具として扱われるこの社会で、ユールは彼らを人として扱っていた。少年の中でユールへの評価が変わった。

  妹の怪我を回復薬で治したユールは、そのまま近くにあったレストランに入っていく。少年も後ろをついていく。

  レストランに入ったユールたちは、六人席を選んで座る。前の主人とは外出などしたことのない兄妹が戸惑っていると、金髪の少女に引っ張られてユールの向かい側に座らされた。

 「改めて、私はユール。よろしく」
 「ノルンって言うんだ!ユール様のメイドなの!」
 「俺はテオ。ユール様付きの料理人だ」

  二人が座ると、ユールが改めて自己紹介した。金髪の少女と黒髪の少年も続く。

 「名前はある?」
 「……いいえ、ありません」
 「あなたたちは兄妹?君がお兄さん?」
 「はい……」
 「じゃあ兄がグラム、妹がグズルーンね」
 「「ぇ…………?」」

  なんの前触れもなく唐突に告げられた言葉に、少年と妹は揃って間抜けな声を出した。

  え……?それは……僕たちの名前…?

 「私はあなたたちを買う形で連れてきたけど、奴隷として扱うつもりはない」

  二人の動揺を察しているのかないのか、ユールが続ける。

 「私は、二人には奴隷としてではなく、普通の人として仕えてほしい」

  グラムと言う名をもらった少年は、目の前で自分たちを見つめている銀髪の少女を見る。

  どこか人と違う不思議な雰囲気を持ち、人の世の常識に染まらず、自分だけの世界を持つ少女。奴隷として生きてきた兄妹を、一人の人間として見てくれた人たち。

 「あなたたちには、お店の店員を任せたい」

  この人たちについて行こう。自分たちが買われた、という事実に変わりはないけど、始めて自分たちを奴隷ではなく一人の人間として見てくれたこの少女の役に立ちたいと思った。

 「いいかしら?」
 「「はい」」

  少年とその妹は、ユールにもらった名前を胸に、彼女に望まれた通り、人としてユールに仕える決意をした。
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