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諦めたもの

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「なぁ、明石。お前本当にデカいよな。」

オレは明石タイチ25歳。
現在、中途採用された会社の、同い年の先輩にくっついて外回りをしている。

「でも先輩、オレ、中2まででしたよ?」

《コレ》と言うのは、よく電車ごっこで先頭がやる、両手を両腰にシャキーンと装着するあのポーズだ。
オレは中2まで背の順であのポーズをしていた。
つまり、背の順で1番前だったのだ。

「は? お前っ、仲間だったのかよ! じゃあ、何でそんなに伸びだんだ?」

先輩は現時点でもオレより背が低い。
受付の1番人気のサカエちゃんとトントンくらいのミニマリストだ。

まぁ、そこがカワイイとも言えるけれど。

「あぁ、特に何もしてないス。ただいろいろ諦めただけで。」
「ハァ? 《諦めた》だと?」

確かにオレは、中2の時にいろいろなことを諦めた。

「女子にモテようと思うのを諦めて、入った部活を辞めてみたり、その関連の筋トレも辞めました。あと、《水の代わりに牛乳》も辞めました。帰宅部になったんで、夕練朝練なくなって睡眠時間が増えましたね。」

──女子にモテようと頑張るのを諦めた。女子にモテたいと取り繕うのを諦めた。本当は男子が好きなんだという最大の秘密が出ないように隠すことを諦めた。

「は? 俺、今でも全部やってる…トホホ。」
「残念っしたぁ! あ、先輩。もう乗換駅っスよ!!」
「ヤベェ!」
「あ、先輩、鞄忘れてるっス!」

網棚に乗った先輩の鞄をヒョイと下ろしてホームで先輩に渡そうとした時、指と指が触れた。

「あ!」

配属されてのこの1週間ずっと好きだった先輩との、素肌同士での接触に驚いたオレは、思わず鞄を落としてしまう。

ガシャーン…シュルシュルシュル…

鞄から聞こえる何か割れたような音にまた驚き、理性を取り戻す。

「先輩、すみません。オレ…」
「あぁ、大丈夫だよ。ナンも壊れてねぇ。コレが落ちた音。」

先輩は鞄から飛び出したガラケーを拾い上げてオレに見せる。

「大事なヤツとの思い出なんだよ。ワリぃ。心配させたな。」

困ったように笑う先輩に、何か大切な記憶の存在を感じる。
直感で、相手は昔の恋人だと思った。


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