Nova A │ 拾った恋の育て方

むぎしま

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【本編】

02 ZIPPO

 本郷ルカは救いだと、レイが言っていた。
 どうしようもない人生を歩んでいた自分たちを、掬いあげ、輝かせてくれたのだと。
(──俺は、そうは思わない)
 本郷ルカと出会わなくても、自分の人生、自分で輝かすことが出来た。たとえ周囲から崇められることはなくても、自分が納得できる人生を歩んだはずだ。
 自分の人生は自分で決めて、自分で行動して、自分で掴み取る。
(みんな、あいつを過大評価し過ぎだ)
 本郷ルカの存在など、大したことがないのだと、誰かに証明したくなった。
 だから、浩誠に近づいたのかもしれない。
 ……いや、理由なんて後付けだ。誰も彼もがあいつを持ち上げ依存している、そんな光景が気に入らなかった。ただ、それだけだ。

 空港の喫煙所へと駆け込む。
 出発前に一服を、と煙草を口に咥え、ゴソゴソ尻ポケットを探る。しかし、目的のものは見つからない。
「ルイ、火貸せ」
「いいけど。ZIPPOないの?」
 百円ライターをこちらに差し出しながら、ルイが首を傾げた。
「どこやったっけ……」
「無くしちゃったの? 探しに行く?」
「あー……いや、いい。これを機に禁煙でもするか」
 長年使っているZIPPOがどこか行った。少し惜しい気もするが仕方ない。今日から禁煙するか、なんて考えながら、マサはタバコに火をつけた。
 頭上のスピーカーから搭乗案内が流れる。自分たちの便名が呼ばれ、レイが時計を見た。空中を眺めるルイに、時計を気にするレイ。煙草の葉を燃やす、ジリジリとした音だけがマサの耳に届いた。
「なんでルカは、俺たちを捨てたんだろう」
 静かだった空間に、ルイのジメッとした声が響き、マサは眉間に皺を寄せた。
「当たり前だろーが。要らねェよ、テメェの独りよがりな愛なんて」 
「やめてよ、そんな言い方」
 レイがすぐさまルイを庇う。しかし、その声も細く震えていた。傷ついてますと言わんばかりの二人の態度に、マサはそれ以上、突っ込む気にもならなかった。
(空気重。……はぁ、めんどくせェ)

 アメリカに戻ってから、数日後。
 日常に戻っていたマサの元へ、突然の着信が入った。相手は浩誠だった。なんの用だと首を傾げながら取ると、失くしたと思っていたZIPPOは、浩誠の家にあったらしい。
『忘れてあったけど、捨てていいか』
『あー、あれか。禁煙しようと思ってたから忘れてたわ』
 とはいえ、今日は既に、朝の一服を済ませていたのだが。
『……なんだよ、要らねぇのか』
『ちゃんと取っとけよ』
 なんて適当に言葉を返し、電話を切る。その右手には、無自覚に取り出していた煙草が握られていた。禁煙なんてする気もなかったが、口にした以上、「できませんでした」もかっこ悪い気がする。
 ため息をひとつついてから、取り出した煙草を箱にしまった。
(……禁煙、チャレンジしてみるか)


 ──それからまた数日後。
 ああそうだ、禁煙なんて出来るはずも無かった。空港の売店で買った箱には、もう半分も残っていない。
 一本抜き取り、口に咥える。ルイから貰った百円ライターで火をつけ、何も考えずに煙を吸い込んだ。
(……つまんねぇ)
 胸の奥に溜まる、どうしようもない感覚。
 最近はずっとこんな調子だ。湿っぽい話ばかりで、誰も彼もが過去に縋っている。聞いているだけで気が滅入った。
 吐き出した煙をぼんやり眺めながら、無意識にポケットへ手を伸ばす。スマホを取り出したのは、完全に反射だった。
 ぼんやりと指を動かして、通話ボタンに触れかけた時、ようやく自分の行動に気が付いた。画面に表示された、浩誠の文字。慌てて画面を閉じ、舌打ちする。
 何故だ? 早く返せ、と言いたいのか?
 いや、別にあんなZIPPO、思い入れがあるわけでもない。失くしたなら失くしたで構わない。新しいのを買いに行く方が、よっぽどワクワクする。
 そのはずなのに。指先は画面から離れない。
(……くだらねぇ)
 そう吐き捨てて、もう一度煙を吸い込む。それでも胸の奥の退屈は、少しも紛れなかった。
 今夜は早く寝るか。そう思って、灰皿に煙草を押しつけようとした、その時だった。着信音が鳴る。画面に表示された名前を見て、灰皿へ向かっていた指の動きが止まった。
(……浩誠から?)
 胸の奥に、理由の分からない緊張が走る。眠気は一瞬で消えていた。
「……なんだよ」
 受話器に声を落とした瞬間、タバコの灰が机に落ちた。
「あのさ……ZIPPO、俺、傷付けちゃったかも。悪い」
「……は?」
「裏の、なんか文字入ってるとこ、表面に傷があって……」
 妙に神妙な声。五年以上の付き合いの中で、聞いたことのない響きだった。その真面目さが可笑しくて、つい、喉の奥で笑いがこぼれた。
「あー、それ、昔岩場で落とした時のだな」
「んだよ。……謝り損かよ」
「んなことでわざわざ連絡したのか?」
「悪いかよ」
「律儀だと思ってよ」
 そこまで言えば、用件は終わりだ。強いていえばZIPPOを返す返さないの話があるが、それさえもどうでもいい。
 ふたりの間に〝他愛のない話〟なんて、交わされたことなどないのだ。だから、本来ならここで、「じゃあな」で終わるはずだった。
 けれど、マサも浩誠もその言葉を口にしなかった。
 消し損ねた火の先を見つめながら、マサは受話器から耳を離せなかった。
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