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【本編】
03 危ない街
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アメリカ、ニューヨーク。
緑が広がるだだっ広い公園の中を、楽しそうに遊ぶ子どもたちを見ながら、ゆっくりと歩いていく。
渡米したばかりの頃は、よくここで踊っていた。西日に照らされながら、Ignis Novaの五人で過ごすその時間は、嫌いじゃなかった。
(……今じゃ、五人で踊るなんざ、仕事だけだもんな)
遊具のすぐ脇。使い古された注射器が、まるでおもちゃの忘れ物みたいに転がっていた。この街では、無垢な笑い声と破滅の道具が背中合わせだ。
「Hey,Masa!」
「……あ?」
声の方向へ振り返ると、見知らぬ男が立っていた。ファンの一人かとも思ったが、差し出されたブツを見るに、そうではないようだ。
「I got something good for you(いいもんやるよ)」
差し出されたキャンディの包みは、一度開けられて雑にひねり直されている。さっきまでのマサだったら、受け取るだけ受け取っていたかもしれない。しかしあの注射器を見た後だと、そんな気にもならなかった。
「No thanks. I'm already high enough today(いや、いい。今日はもう最高の気分なんでな)」
キャンディに触れることなく突き返す。男も、それ以上は何も言ってこなかった。
マサはふと考えた。
浩誠がもしアメリカに引っ越してきたら、暮らしていけるのだろうか、と。タッパはあるが、纏っている空気がどうにも軟弱で、押せば簡単に押し切られそうな危うさがある。
──まぁでも、自分がそばにいれば大丈夫だろ、なんて。
(……なんで俺、あいつのこと考えてんだ)
分からない。けれど、無性に、あの抜けた声が聞きたくなった。
「……って、ことがあってよ」
今日あった出来事を思い返しながら、スマホを耳に当てる。部屋の中は薄暗く、窓の外から遠くのサイレンだけが微かに届いた。
「浩誠、お前、間違ってもクスリに手ェ出すなよ?」
『出さねぇよ、バカ。何わざわざ電話掛けて来てんだ』
「つい心配になったんだよ」
『余計なお世話だ、アメリカ行かねぇし』
からかうように言うと、案の定、受話器の向こうから苛立ちを隠さない声が返ってくる。その反応が可笑しくて、マサは笑い声を上げた。
『ていうかさ、アメリカ危ないんじゃねぇの?』
「そりゃ、日本よりはな」
何でもない調子で相槌を打ちながら、無意識にライターを弄る。
『あんま無茶すんなよ。……お前、目立つんだから』
縁をなぞっていた指が、止まった。浩誠から掛けられた言葉を、マサは一瞬、理解できなかった。
「何、俺の心配してくれてんのか?」
『そりゃ、だって──』
何か言いかけて、結局、その言葉は飲み込んだようだ。息を整える間が、電話越しに伝わる。
続きの言葉を待とうとしたが、マサは耐えきれず、笑い声を上げた。
「お互い心配し合って、まるで恋人同士みたいだな?」
『ハァ!?』
驚く浩誠の声とともに、何かが倒れる鈍い音。その直後、何の予告もないまま、通話が切断された。
(しまった。からかいすぎた)
スマホの黒い画面に、ぼんやりと自分の顔が映る。そこに写った表情が、思った以上に楽しそうな事実に気づき、マサは小さく舌打ちをした。
指先で電源ボタンをいじりながら、つまらねぇ、とため息を落とす。
それでもスマホは、しばらくテーブルに置けなかった。
◾︎
──朝、七時半に起床。
カーテンを開けると、容赦ない日差しが顔を刺す。眠気をごまかすみたいに、起き抜けにストレッチ。
朝食代わりにプロテインを飲んで、スマホの確認。Ignis Novaのグループチャットでは、また凛が騒いでいた。
それから昼までは新曲のフォーメーション調整。そして、終われば食事の時間だ。
公園でダンスこそしないものの、仕事では相変わらず、Ignis Novaは五人揃ったまま。今も、大柄な男たちの集団が、一つの机を囲んで食事をしていた。
「日本のラーメン食いたい」
「帰ったらな」
「あー、俺らも日本行きたかったなぁ。なぁ、玲王?」
「俺は別にいい」
日本を発って四年。本郷ルカと離れてからも、同じだけの月日が流れた。それでもIgnis Novaのメンバーたちは、今も変わらずマサの傍にいる。
凛と玲王はいい。彼らは今の生活を淡々と受け入れている。だが、ルイとレイは違った。二人は今も、本郷ルカという幻影に未練を抱き続けている。
その執着があまりに滑稽で、先日、二人を連れてわざわざ日本へ向かったほどだ。
結果は空振り。本郷ルカが戻ることはなかった。
──いなくても、世界は回っているのに。それでも未練を引き摺るルイとレイが、マサには理解できなかった。
昼からは個人トレーニング。事務所のジムで体を追い込む。夕方からは少しだけ撮影が入り、磨き上げた身体とダンスをカメラの前で見せつけた。
自宅に戻ると、軽く自炊して腹を満たす。炭水化物は控えめ、アルコールは口にしない。代わりに、食後の一服だけはやめられなかった。
禁煙しようと何度も考えたのに、指は勝手に煙草を探す。そして、ライターを手にする度、ふと思い出した。
(……浩誠……)
吐き出した白い煙が天井に溶けていくのを、理由もなく、ぼんやり眺めながら。
最初はメンバーと同じ寮で暮らしていたが、今では完全に個人の住まいだ。昔は寝る前に集まって話したりもしていたのに、今は一人。
少し寂しいのかもしれない──そう思いかけた気持ちに、わざと気づかないふりをした。
シャワーを浴びたあと、ふとスマホを見る。通話履歴に残る浩誠の名前に、胸の奥がわずかに疼いた。
「もう、用事は無いはずなんだけどな……」
何かあっただろうか。ZIPPOくらいしか思い当たらない。タバコ辞められねぇからすぐ返せ? そんなこと言っても、どう返すんだ。
……いや、そもそも、なんで掛ける用を探してるんだ。
画面を伏せても、胸の奥に残った違和感は消えなかった。
「……寝るか」
緑が広がるだだっ広い公園の中を、楽しそうに遊ぶ子どもたちを見ながら、ゆっくりと歩いていく。
渡米したばかりの頃は、よくここで踊っていた。西日に照らされながら、Ignis Novaの五人で過ごすその時間は、嫌いじゃなかった。
(……今じゃ、五人で踊るなんざ、仕事だけだもんな)
遊具のすぐ脇。使い古された注射器が、まるでおもちゃの忘れ物みたいに転がっていた。この街では、無垢な笑い声と破滅の道具が背中合わせだ。
「Hey,Masa!」
「……あ?」
声の方向へ振り返ると、見知らぬ男が立っていた。ファンの一人かとも思ったが、差し出されたブツを見るに、そうではないようだ。
「I got something good for you(いいもんやるよ)」
差し出されたキャンディの包みは、一度開けられて雑にひねり直されている。さっきまでのマサだったら、受け取るだけ受け取っていたかもしれない。しかしあの注射器を見た後だと、そんな気にもならなかった。
「No thanks. I'm already high enough today(いや、いい。今日はもう最高の気分なんでな)」
キャンディに触れることなく突き返す。男も、それ以上は何も言ってこなかった。
マサはふと考えた。
浩誠がもしアメリカに引っ越してきたら、暮らしていけるのだろうか、と。タッパはあるが、纏っている空気がどうにも軟弱で、押せば簡単に押し切られそうな危うさがある。
──まぁでも、自分がそばにいれば大丈夫だろ、なんて。
(……なんで俺、あいつのこと考えてんだ)
分からない。けれど、無性に、あの抜けた声が聞きたくなった。
「……って、ことがあってよ」
今日あった出来事を思い返しながら、スマホを耳に当てる。部屋の中は薄暗く、窓の外から遠くのサイレンだけが微かに届いた。
「浩誠、お前、間違ってもクスリに手ェ出すなよ?」
『出さねぇよ、バカ。何わざわざ電話掛けて来てんだ』
「つい心配になったんだよ」
『余計なお世話だ、アメリカ行かねぇし』
からかうように言うと、案の定、受話器の向こうから苛立ちを隠さない声が返ってくる。その反応が可笑しくて、マサは笑い声を上げた。
『ていうかさ、アメリカ危ないんじゃねぇの?』
「そりゃ、日本よりはな」
何でもない調子で相槌を打ちながら、無意識にライターを弄る。
『あんま無茶すんなよ。……お前、目立つんだから』
縁をなぞっていた指が、止まった。浩誠から掛けられた言葉を、マサは一瞬、理解できなかった。
「何、俺の心配してくれてんのか?」
『そりゃ、だって──』
何か言いかけて、結局、その言葉は飲み込んだようだ。息を整える間が、電話越しに伝わる。
続きの言葉を待とうとしたが、マサは耐えきれず、笑い声を上げた。
「お互い心配し合って、まるで恋人同士みたいだな?」
『ハァ!?』
驚く浩誠の声とともに、何かが倒れる鈍い音。その直後、何の予告もないまま、通話が切断された。
(しまった。からかいすぎた)
スマホの黒い画面に、ぼんやりと自分の顔が映る。そこに写った表情が、思った以上に楽しそうな事実に気づき、マサは小さく舌打ちをした。
指先で電源ボタンをいじりながら、つまらねぇ、とため息を落とす。
それでもスマホは、しばらくテーブルに置けなかった。
◾︎
──朝、七時半に起床。
カーテンを開けると、容赦ない日差しが顔を刺す。眠気をごまかすみたいに、起き抜けにストレッチ。
朝食代わりにプロテインを飲んで、スマホの確認。Ignis Novaのグループチャットでは、また凛が騒いでいた。
それから昼までは新曲のフォーメーション調整。そして、終われば食事の時間だ。
公園でダンスこそしないものの、仕事では相変わらず、Ignis Novaは五人揃ったまま。今も、大柄な男たちの集団が、一つの机を囲んで食事をしていた。
「日本のラーメン食いたい」
「帰ったらな」
「あー、俺らも日本行きたかったなぁ。なぁ、玲王?」
「俺は別にいい」
日本を発って四年。本郷ルカと離れてからも、同じだけの月日が流れた。それでもIgnis Novaのメンバーたちは、今も変わらずマサの傍にいる。
凛と玲王はいい。彼らは今の生活を淡々と受け入れている。だが、ルイとレイは違った。二人は今も、本郷ルカという幻影に未練を抱き続けている。
その執着があまりに滑稽で、先日、二人を連れてわざわざ日本へ向かったほどだ。
結果は空振り。本郷ルカが戻ることはなかった。
──いなくても、世界は回っているのに。それでも未練を引き摺るルイとレイが、マサには理解できなかった。
昼からは個人トレーニング。事務所のジムで体を追い込む。夕方からは少しだけ撮影が入り、磨き上げた身体とダンスをカメラの前で見せつけた。
自宅に戻ると、軽く自炊して腹を満たす。炭水化物は控えめ、アルコールは口にしない。代わりに、食後の一服だけはやめられなかった。
禁煙しようと何度も考えたのに、指は勝手に煙草を探す。そして、ライターを手にする度、ふと思い出した。
(……浩誠……)
吐き出した白い煙が天井に溶けていくのを、理由もなく、ぼんやり眺めながら。
最初はメンバーと同じ寮で暮らしていたが、今では完全に個人の住まいだ。昔は寝る前に集まって話したりもしていたのに、今は一人。
少し寂しいのかもしれない──そう思いかけた気持ちに、わざと気づかないふりをした。
シャワーを浴びたあと、ふとスマホを見る。通話履歴に残る浩誠の名前に、胸の奥がわずかに疼いた。
「もう、用事は無いはずなんだけどな……」
何かあっただろうか。ZIPPOくらいしか思い当たらない。タバコ辞められねぇからすぐ返せ? そんなこと言っても、どう返すんだ。
……いや、そもそも、なんで掛ける用を探してるんだ。
画面を伏せても、胸の奥に残った違和感は消えなかった。
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