Nova A │ 拾った恋の育て方

むぎしま

文字の大きさ
6 / 19
【本編】

04 アメリカへ(浩誠視点)

しおりを挟む
 マサが浩誠の部屋にZIPPOを忘れてから、一ヶ月半ほどが経った頃──。

 三井に呼び出され、浩誠は会議室へ向かう。すでに雪乃は着いていて、机に肘をつきながらスマホを覗いていた。
 遅れて入ってきた三井が席につき、少し間を置いてから口を開く。
「あの……相談がありまして」
 その言い方で、大体の内容は察しがついた。急な仕事の変更か、誰かの代役か、その手の話だろう。
 浩誠は何も言わず、続きを待った。
「雪乃の番組で、アメリカロケの話が出ています。ただ、その日は僕が研修で立ち会えなくて……浩誠、同行をお願いできませんか」
「アメリカ? 俺、行きたい!」
 雪乃が即座に声を上げる。海外の響きだけで気分が上がるタイプだ。期待に満ちた視線が向けられ、浩誠は一度だけ眉を寄せた。
「いつだ?」
「来月の頭です。三泊五日になると思います」
「何日から」
「予定では、二日から」
 日付を頭の中でなぞる。空いている。問題はない。
「分かった。行く」
 ──会議室の空気が変わった。どうやら、想定外の回答だったらしい。三井が目を瞬かせ、雪乃が驚いたようにこちらを見た。
「……本当に、いいんですか?」
「スケジュール空いてんだろ」
 撤回する理由はなかった。
 三井がそれを確認すると、何も言わずにパソコンへ向き直る。キーボードを叩く音が、やけに大きく聞こえた。
 横で雪乃が椅子を回し、声を落とす。
「浩誠、海外ロケ嫌がってたのに。珍しいね」
「うるせぇ」
「まぁ、当日はよろしく」
 浩誠は答えず、立ち上がった。
 ポケットの中で、ZIPPOが指に当たる。金属音が、かすかに鳴った。

 ◾︎

 それから出発の日まで、特に何も起こらなかった。マサから一度だけ電話はあったが、取れていないし、折り返してもない。
 保安検査のトレイに、マサのZIPPOを置いた。タバコも吸わないのにこれを持っている自分を、検査員が変に思わないだろうか。浩誠は無駄に緊張してしまったが、なんの問題もなく、搭乗ゲートへと辿り着いた。

 機内に収まった瞬間から、雪乃は窓に張りついていた。
「うわ、雲の上だ」
「……無邪気だなぁ、お前」
「なんだよ、たまには良いだろ」
 十何時間のフライト。映画を一本観て、もう一本途中でやめて、うとうとして、また目を覚ます。時計を見るたび時間感覚が狂っていく。それなのに、雪乃はいつ見ても元気だった。
「着いたらステーキ食べたい」
「胃も時差ボケすんだぞ」

 18:00に出て、同日の17:00に着く。身体は丸一日移動したのに、日付だけが巻き戻されている。空港を出た瞬間の湿った熱気と、聞き慣れない英語が頭の奥に響いた。
 そのままロケ車に乗り込み、すぐ撮影が始まる。笑う、驚く、コメントを求められる。テンションを作っては下げ、また作る。それが夜まで続いた。
 ようやくホテルへ向かう頃には、時計は23時を回っていた。街の照明が滲んで見える。隣に座る雪乃もさすがに黙り込み、半分眠っていた。
 浩誠はスマホを取り出した。指が勝手に、あの男の名前を探す。画面を見つめたまま、少しだけためらい──発信ボタンを押した。
 そいつは、ワンコールで電話に出た。
『……よう。昼飯はもう食ったか?』
 開口一番、それだった。時差を考慮された発言に、相手がまだ日本にいると信じて疑わない声。浩誠は思わず口元が緩む。
『お前さ』
『あ?』
『どこ住んでるんだよ』
『は? どこって──』
『今、ニューヨークにいる。ZIPPO……返しに来た』
 少しの沈黙。電話の向こうで、空気が固まるのが分かった。

 結局、マサがホテルまで来てくれる事になった。電話を切ると、いつの間にか起きていた雪乃が、こちらをじっと見つめていた。
「だぁれ?」
「……マサ。あいつ、俺の部屋に忘れモンして行きやがったから。……返しに来た」
 雪乃は暫く意味を理解できないようで、フリーズしていた。少しして、口を開く。
「だから、アメリカ、来たかったんだね」
「……? あぁ、そうだ」
「良かったね」
 ニコニコと笑う雪乃を見て、なんでそんなにご機嫌なんだと、浩誠は首を傾げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...