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【本編】
04 アメリカへ(浩誠視点)
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マサが浩誠の部屋にZIPPOを忘れてから、一ヶ月半ほどが経った頃──。
三井に呼び出され、浩誠は会議室へ向かう。すでに雪乃は着いていて、机に肘をつきながらスマホを覗いていた。
遅れて入ってきた三井が席につき、少し間を置いてから口を開く。
「あの……相談がありまして」
その言い方で、大体の内容は察しがついた。急な仕事の変更か、誰かの代役か、その手の話だろう。
浩誠は何も言わず、続きを待った。
「雪乃の番組で、アメリカロケの話が出ています。ただ、その日は僕が研修で立ち会えなくて……浩誠、同行をお願いできませんか」
「アメリカ? 俺、行きたい!」
雪乃が即座に声を上げる。海外の響きだけで気分が上がるタイプだ。期待に満ちた視線が向けられ、浩誠は一度だけ眉を寄せた。
「いつだ?」
「来月の頭です。三泊五日になると思います」
「何日から」
「予定では、二日から」
日付を頭の中でなぞる。空いている。問題はない。
「分かった。行く」
──会議室の空気が変わった。どうやら、想定外の回答だったらしい。三井が目を瞬かせ、雪乃が驚いたようにこちらを見た。
「……本当に、いいんですか?」
「スケジュール空いてんだろ」
撤回する理由はなかった。
三井がそれを確認すると、何も言わずにパソコンへ向き直る。キーボードを叩く音が、やけに大きく聞こえた。
横で雪乃が椅子を回し、声を落とす。
「浩誠、海外ロケ嫌がってたのに。珍しいね」
「うるせぇ」
「まぁ、当日はよろしく」
浩誠は答えず、立ち上がった。
ポケットの中で、ZIPPOが指に当たる。金属音が、かすかに鳴った。
◾︎
それから出発の日まで、特に何も起こらなかった。マサから一度だけ電話はあったが、取れていないし、折り返してもない。
保安検査のトレイに、マサのZIPPOを置いた。タバコも吸わないのにこれを持っている自分を、検査員が変に思わないだろうか。浩誠は無駄に緊張してしまったが、なんの問題もなく、搭乗ゲートへと辿り着いた。
機内に収まった瞬間から、雪乃は窓に張りついていた。
「うわ、雲の上だ」
「……無邪気だなぁ、お前」
「なんだよ、たまには良いだろ」
十何時間のフライト。映画を一本観て、もう一本途中でやめて、うとうとして、また目を覚ます。時計を見るたび時間感覚が狂っていく。それなのに、雪乃はいつ見ても元気だった。
「着いたらステーキ食べたい」
「胃も時差ボケすんだぞ」
18:00に出て、同日の17:00に着く。身体は丸一日移動したのに、日付だけが巻き戻されている。空港を出た瞬間の湿った熱気と、聞き慣れない英語が頭の奥に響いた。
そのままロケ車に乗り込み、すぐ撮影が始まる。笑う、驚く、コメントを求められる。テンションを作っては下げ、また作る。それが夜まで続いた。
ようやくホテルへ向かう頃には、時計は23時を回っていた。街の照明が滲んで見える。隣に座る雪乃もさすがに黙り込み、半分眠っていた。
浩誠はスマホを取り出した。指が勝手に、あの男の名前を探す。画面を見つめたまま、少しだけためらい──発信ボタンを押した。
そいつは、ワンコールで電話に出た。
『……よう。昼飯はもう食ったか?』
開口一番、それだった。時差を考慮された発言に、相手がまだ日本にいると信じて疑わない声。浩誠は思わず口元が緩む。
『お前さ』
『あ?』
『どこ住んでるんだよ』
『は? どこって──』
『今、ニューヨークにいる。ZIPPO……返しに来た』
少しの沈黙。電話の向こうで、空気が固まるのが分かった。
結局、マサがホテルまで来てくれる事になった。電話を切ると、いつの間にか起きていた雪乃が、こちらをじっと見つめていた。
「だぁれ?」
「……マサ。あいつ、俺の部屋に忘れモンして行きやがったから。……返しに来た」
雪乃は暫く意味を理解できないようで、フリーズしていた。少しして、口を開く。
「だから、アメリカ、来たかったんだね」
「……? あぁ、そうだ」
「良かったね」
ニコニコと笑う雪乃を見て、なんでそんなにご機嫌なんだと、浩誠は首を傾げた。
三井に呼び出され、浩誠は会議室へ向かう。すでに雪乃は着いていて、机に肘をつきながらスマホを覗いていた。
遅れて入ってきた三井が席につき、少し間を置いてから口を開く。
「あの……相談がありまして」
その言い方で、大体の内容は察しがついた。急な仕事の変更か、誰かの代役か、その手の話だろう。
浩誠は何も言わず、続きを待った。
「雪乃の番組で、アメリカロケの話が出ています。ただ、その日は僕が研修で立ち会えなくて……浩誠、同行をお願いできませんか」
「アメリカ? 俺、行きたい!」
雪乃が即座に声を上げる。海外の響きだけで気分が上がるタイプだ。期待に満ちた視線が向けられ、浩誠は一度だけ眉を寄せた。
「いつだ?」
「来月の頭です。三泊五日になると思います」
「何日から」
「予定では、二日から」
日付を頭の中でなぞる。空いている。問題はない。
「分かった。行く」
──会議室の空気が変わった。どうやら、想定外の回答だったらしい。三井が目を瞬かせ、雪乃が驚いたようにこちらを見た。
「……本当に、いいんですか?」
「スケジュール空いてんだろ」
撤回する理由はなかった。
三井がそれを確認すると、何も言わずにパソコンへ向き直る。キーボードを叩く音が、やけに大きく聞こえた。
横で雪乃が椅子を回し、声を落とす。
「浩誠、海外ロケ嫌がってたのに。珍しいね」
「うるせぇ」
「まぁ、当日はよろしく」
浩誠は答えず、立ち上がった。
ポケットの中で、ZIPPOが指に当たる。金属音が、かすかに鳴った。
◾︎
それから出発の日まで、特に何も起こらなかった。マサから一度だけ電話はあったが、取れていないし、折り返してもない。
保安検査のトレイに、マサのZIPPOを置いた。タバコも吸わないのにこれを持っている自分を、検査員が変に思わないだろうか。浩誠は無駄に緊張してしまったが、なんの問題もなく、搭乗ゲートへと辿り着いた。
機内に収まった瞬間から、雪乃は窓に張りついていた。
「うわ、雲の上だ」
「……無邪気だなぁ、お前」
「なんだよ、たまには良いだろ」
十何時間のフライト。映画を一本観て、もう一本途中でやめて、うとうとして、また目を覚ます。時計を見るたび時間感覚が狂っていく。それなのに、雪乃はいつ見ても元気だった。
「着いたらステーキ食べたい」
「胃も時差ボケすんだぞ」
18:00に出て、同日の17:00に着く。身体は丸一日移動したのに、日付だけが巻き戻されている。空港を出た瞬間の湿った熱気と、聞き慣れない英語が頭の奥に響いた。
そのままロケ車に乗り込み、すぐ撮影が始まる。笑う、驚く、コメントを求められる。テンションを作っては下げ、また作る。それが夜まで続いた。
ようやくホテルへ向かう頃には、時計は23時を回っていた。街の照明が滲んで見える。隣に座る雪乃もさすがに黙り込み、半分眠っていた。
浩誠はスマホを取り出した。指が勝手に、あの男の名前を探す。画面を見つめたまま、少しだけためらい──発信ボタンを押した。
そいつは、ワンコールで電話に出た。
『……よう。昼飯はもう食ったか?』
開口一番、それだった。時差を考慮された発言に、相手がまだ日本にいると信じて疑わない声。浩誠は思わず口元が緩む。
『お前さ』
『あ?』
『どこ住んでるんだよ』
『は? どこって──』
『今、ニューヨークにいる。ZIPPO……返しに来た』
少しの沈黙。電話の向こうで、空気が固まるのが分かった。
結局、マサがホテルまで来てくれる事になった。電話を切ると、いつの間にか起きていた雪乃が、こちらをじっと見つめていた。
「だぁれ?」
「……マサ。あいつ、俺の部屋に忘れモンして行きやがったから。……返しに来た」
雪乃は暫く意味を理解できないようで、フリーズしていた。少しして、口を開く。
「だから、アメリカ、来たかったんだね」
「……? あぁ、そうだ」
「良かったね」
ニコニコと笑う雪乃を見て、なんでそんなにご機嫌なんだと、浩誠は首を傾げた。
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