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【本編】
05 再会(浩誠視点)
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ホテルに着き、ロビーに足を踏み入れる。そこには、既にソファでくつろいでいるマサの姿があった。
「マサくん! 久しぶり」
「よう、雪乃。相変わらずチビだな」
「マサくんは大きいね」
雪乃も小さい方ではないのだが、マサと並ぶとどうしても見上げる形になる。浩誠はその横で、鞄の中を探り、指先で金属の感触を確かめた。
「部屋、入れろよ。久々に話そうぜ」
その一言に、握っていたZIPPOがカチリと鳴りそうになる。渡すつもりで取り出しかけた手が、そこで止まった。
この時間の外は寒い。そんな中、わざわざ来てくれた人間をロビーで帰らせるのは、なんとなく悪い気がする。
そう思い、浩誠はZIPPOを静かに鞄へ戻した。
「雪乃も来るか?」
「俺は疲れたから、自分の部屋で休むよ」
ちょうどそのとき、チェックインを終えたスタッフが鍵を持って近づいてきた。マサの顔を見て、目を丸くし、それからすぐに仕事の表情へ戻る。
「ご無沙汰してます、マサさん」
「おう」
「浩誠さん、雪乃さん。明日は朝五時にロビー集合ですので、遅れないようお願いします」
「早ぇなぁ。浩誠、起きれねェだろ」
「黙ってろ、マサ。……分かりました。ありがとうございます」
「では、お疲れ様です。マサくん、またね」
雪乃がひらひらと手を振る。その背中がエレベーターの向こうに消えるのを確認してから、浩誠はマサと並んで、自分の部屋へと向かった。
部屋に入ったところで、ベルボーイからキャリーケースを受け取る。財布を探してモタついていると、マサが先にポケットから紙幣を取り出し、すっと手渡した。
「Keep the change(釣りはいらねぇ)」
「Thank you, have a great stay(ありがとうございます。どうぞ良い滞在を)」
バタン、とドアが閉まる。
その音と一緒に、マサが急に遠くの人間になった気がして、浩誠は一瞬、言葉を失った。
「……悪い。チップとか、慣れてなくて」
財布を取り出そうとした手を、軽く制される。
「いいって。わざわざアメリカまで会いに来てくれた礼だ」
「アホか。仕事だ。お前はついで」
吐き捨てるように言いながら、少しの逡巡ののち財布をしまい、部屋の奥へと歩いた。
キャリーケースを部屋の中央に置いた。車輪が止まる小さな音がやけに大きく響く。マサは何も言わず、その光景を眺めていた。
沈黙が落ちる。エアコンの低い駆動音だけが続いた。
「……狭ぇな」
「そうか? 十分だろ」
言い返しながら、浩誠は自分の声が少しだけ上ずっているのに気づいた。
浩誠がソファに腰掛けると、マサがそれに続いた。ソファの背に片腕をかけ、深く腰を下ろす。
(近い……)
ふたりの距離は、拳一つ分ほどしかないのではないかというほどで、少し動いただけで触れてしまいそうだった。
様子を伺うように視線を向けた拍子に、目が合った。逃げ場のない距離で絡んだ視線に、心臓が一拍、遅れて跳ねる。
「明日も早いんだろ。先、シャワー浴びてこいよ」
「は?」
「俺は明日休みだからな。……泊まっていってやろうか? 寝かしつけてやるぜ」
低く、色っぽさが滲む声。笑い混じりに言うその様子に、冗談だと分かっているはずなのに、頭がうまく回らない。
相手を直視できなくて、視線が少しだけ逸れた。
「……じゃあ、シャワー浴びてくる」
「お、おう」
無心で手と足を動かす。
バスルームのドアに手をかけた、そのときだった。
『泊まっていってやろうか? 寝かしつけてやるぜ』
(──ッ!)
先程の声が、耳の奥に蘇る。振り払おうとしても、余計に鮮明になるだけだった。
『お互い心配し合って、まるで恋人同士みたいだな?』
続けて、電話越しに、からかうように笑った声まで甦ってきた。
(……泊まっていく気、なのか)
そう思った瞬間、思考が一気に崩れた。期待してる自分に気づいて、慌てて意識を戻そうとする。
でも。
冗談じゃなかったら?
いつもの軽口じゃなくて、もし、本気だったら?
同じ部屋で、同じベッドで。
視線が絡んで、逃げ場がなくなって、二人の距離が近付いて。ふと、触れ合った指先が──。
馬鹿みたいな想像に、頭が一気に白くなった。身体の奥底がじわりと熱を持ち、心臓の音だけがやけに大きく響く。
(何考えてんだ、バカ。落ち着け)
逃げ込むみたいにドアを押し開け、浴室の灯りに身を預けた。
シャワーを浴びれば、少しは落ち着くと思っていた。けれど、熱い湯を頭から浴びても、洗い流されるどころか、浮かぶのはマサのことばかりだった。
(……クソ、あのバカッ!!)
本郷ルカを振って以来、まともに恋愛してこなかった浩誠は、今、とてつもなく高揚していた。相手はマサだ。なのに、興奮が止まらないのである。
(なんで、あいつのことが可愛く見えるんだ……)
胸の奥が、バカみたいに跳ねた。四年ぶりに恋をしたみたいな、照れくさい感覚だった。
マサの姿が脳裏に浮かぶ。
意地悪そうに笑って、こちらを小馬鹿にするような顔。
それがふっと、無防備な笑顔に変わって、少しだけ、頬を赤らめる。薄ら開いた唇から、物欲しそうな吐息がこぼれた。
大きく開いた胸元からは、大きい胸筋が覗いて……手を伸ばしたら、馬鹿にしながらも、寄り添ってきて──。
(何考えてんだ、俺っ……!)
慌てて深呼吸をする。
冷静になれ、現実を見ろ、相手はあのマサだぞ。そう自分に言い聞かせて、視線を落とした。
(……最悪だ)
落とした先に、はっきりと答えがあった。
そこには、すっかり元気になった息子が居た。
シャワーを止める。
鏡の前に立つと、情けない顔をした自分と目が合った。
ルカを振った理由。それは、〝男らしくなったから〟だった。
付き合い始めた頃は、まだ可愛らしくて、どこか女の子みたいにも見えた。けれど成長するにつれて、はっきりと〝男〟になっていくルカと、周囲の視線に、耐えられなくなった。
だから、手放した。そのはずだったはずなのに。
(マサなんて、ルカよりデケェじゃねぇか)
だったら俺は、なぜルカを捨てた?
自分でも笑えるほど、矛盾していた。
「マサくん! 久しぶり」
「よう、雪乃。相変わらずチビだな」
「マサくんは大きいね」
雪乃も小さい方ではないのだが、マサと並ぶとどうしても見上げる形になる。浩誠はその横で、鞄の中を探り、指先で金属の感触を確かめた。
「部屋、入れろよ。久々に話そうぜ」
その一言に、握っていたZIPPOがカチリと鳴りそうになる。渡すつもりで取り出しかけた手が、そこで止まった。
この時間の外は寒い。そんな中、わざわざ来てくれた人間をロビーで帰らせるのは、なんとなく悪い気がする。
そう思い、浩誠はZIPPOを静かに鞄へ戻した。
「雪乃も来るか?」
「俺は疲れたから、自分の部屋で休むよ」
ちょうどそのとき、チェックインを終えたスタッフが鍵を持って近づいてきた。マサの顔を見て、目を丸くし、それからすぐに仕事の表情へ戻る。
「ご無沙汰してます、マサさん」
「おう」
「浩誠さん、雪乃さん。明日は朝五時にロビー集合ですので、遅れないようお願いします」
「早ぇなぁ。浩誠、起きれねェだろ」
「黙ってろ、マサ。……分かりました。ありがとうございます」
「では、お疲れ様です。マサくん、またね」
雪乃がひらひらと手を振る。その背中がエレベーターの向こうに消えるのを確認してから、浩誠はマサと並んで、自分の部屋へと向かった。
部屋に入ったところで、ベルボーイからキャリーケースを受け取る。財布を探してモタついていると、マサが先にポケットから紙幣を取り出し、すっと手渡した。
「Keep the change(釣りはいらねぇ)」
「Thank you, have a great stay(ありがとうございます。どうぞ良い滞在を)」
バタン、とドアが閉まる。
その音と一緒に、マサが急に遠くの人間になった気がして、浩誠は一瞬、言葉を失った。
「……悪い。チップとか、慣れてなくて」
財布を取り出そうとした手を、軽く制される。
「いいって。わざわざアメリカまで会いに来てくれた礼だ」
「アホか。仕事だ。お前はついで」
吐き捨てるように言いながら、少しの逡巡ののち財布をしまい、部屋の奥へと歩いた。
キャリーケースを部屋の中央に置いた。車輪が止まる小さな音がやけに大きく響く。マサは何も言わず、その光景を眺めていた。
沈黙が落ちる。エアコンの低い駆動音だけが続いた。
「……狭ぇな」
「そうか? 十分だろ」
言い返しながら、浩誠は自分の声が少しだけ上ずっているのに気づいた。
浩誠がソファに腰掛けると、マサがそれに続いた。ソファの背に片腕をかけ、深く腰を下ろす。
(近い……)
ふたりの距離は、拳一つ分ほどしかないのではないかというほどで、少し動いただけで触れてしまいそうだった。
様子を伺うように視線を向けた拍子に、目が合った。逃げ場のない距離で絡んだ視線に、心臓が一拍、遅れて跳ねる。
「明日も早いんだろ。先、シャワー浴びてこいよ」
「は?」
「俺は明日休みだからな。……泊まっていってやろうか? 寝かしつけてやるぜ」
低く、色っぽさが滲む声。笑い混じりに言うその様子に、冗談だと分かっているはずなのに、頭がうまく回らない。
相手を直視できなくて、視線が少しだけ逸れた。
「……じゃあ、シャワー浴びてくる」
「お、おう」
無心で手と足を動かす。
バスルームのドアに手をかけた、そのときだった。
『泊まっていってやろうか? 寝かしつけてやるぜ』
(──ッ!)
先程の声が、耳の奥に蘇る。振り払おうとしても、余計に鮮明になるだけだった。
『お互い心配し合って、まるで恋人同士みたいだな?』
続けて、電話越しに、からかうように笑った声まで甦ってきた。
(……泊まっていく気、なのか)
そう思った瞬間、思考が一気に崩れた。期待してる自分に気づいて、慌てて意識を戻そうとする。
でも。
冗談じゃなかったら?
いつもの軽口じゃなくて、もし、本気だったら?
同じ部屋で、同じベッドで。
視線が絡んで、逃げ場がなくなって、二人の距離が近付いて。ふと、触れ合った指先が──。
馬鹿みたいな想像に、頭が一気に白くなった。身体の奥底がじわりと熱を持ち、心臓の音だけがやけに大きく響く。
(何考えてんだ、バカ。落ち着け)
逃げ込むみたいにドアを押し開け、浴室の灯りに身を預けた。
シャワーを浴びれば、少しは落ち着くと思っていた。けれど、熱い湯を頭から浴びても、洗い流されるどころか、浮かぶのはマサのことばかりだった。
(……クソ、あのバカッ!!)
本郷ルカを振って以来、まともに恋愛してこなかった浩誠は、今、とてつもなく高揚していた。相手はマサだ。なのに、興奮が止まらないのである。
(なんで、あいつのことが可愛く見えるんだ……)
胸の奥が、バカみたいに跳ねた。四年ぶりに恋をしたみたいな、照れくさい感覚だった。
マサの姿が脳裏に浮かぶ。
意地悪そうに笑って、こちらを小馬鹿にするような顔。
それがふっと、無防備な笑顔に変わって、少しだけ、頬を赤らめる。薄ら開いた唇から、物欲しそうな吐息がこぼれた。
大きく開いた胸元からは、大きい胸筋が覗いて……手を伸ばしたら、馬鹿にしながらも、寄り添ってきて──。
(何考えてんだ、俺っ……!)
慌てて深呼吸をする。
冷静になれ、現実を見ろ、相手はあのマサだぞ。そう自分に言い聞かせて、視線を落とした。
(……最悪だ)
落とした先に、はっきりと答えがあった。
そこには、すっかり元気になった息子が居た。
シャワーを止める。
鏡の前に立つと、情けない顔をした自分と目が合った。
ルカを振った理由。それは、〝男らしくなったから〟だった。
付き合い始めた頃は、まだ可愛らしくて、どこか女の子みたいにも見えた。けれど成長するにつれて、はっきりと〝男〟になっていくルカと、周囲の視線に、耐えられなくなった。
だから、手放した。そのはずだったはずなのに。
(マサなんて、ルカよりデケェじゃねぇか)
だったら俺は、なぜルカを捨てた?
自分でも笑えるほど、矛盾していた。
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