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【本編】
12 恋に負けた男
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雪乃と別れ、前回と同じように浩誠の部屋に入る。
途端、張り詰めていた身体の力が抜け、縋るように壁に手をついた。
本郷ルカの前では、平気なつもりだった。
この男の存在など、たいしたことではない。浩誠にとっては、もう過去の男なのだ。……そう、思い込もうとしていただけだったのだと、遅れて理解する。
浩誠が、かつて心から愛した男。その事実が、胸の奥を鈍く軋ませた。
(なんだよ、この気持ちは)
第一、自分は浩誠の恋人でもなんでもない。身体を重ねたわけでもない。元仕事仲間なだけだ。
ああそうだ。
自分は、浩誠にとって、その程度の存在でしかないのだ。
──本郷ルカと違って。
イライラする。浮かれていた自分にも腹が立つ。
何が欲しいのか、どうしたいのかさえ、頭の中でごちゃついていた。
最初は、童貞くさい失恋男を、軽くからかうだけのつもりだった。それなのに、いつの間にか、逃げ道のない位置に追い込まれている。
(何やってんだ、俺は)
壁についた手を下ろし、部屋の中への進んでいく。すると、窓際近くに置かれた写真立てが目に入った。
ここからでは、写真までは見えない。それでも、何が入っているのかは分かっていた。
浩誠が高校生の頃に撮った、本郷ルカとのツーショットだ。
(……捨てちまえって、言っただろ)
指が、無意識に胸ポケットへ伸びる。取り出したZIPPOの重みが、ひどく現実的だった。
一歩ずつ、写真立てへと足を進める。
(……最低だな、俺)
分かっている。燃やすなんて、あまりにも身勝手で、子供じみていて、救いようがない。
それでも、視界から消してしまいたかった。浩誠の過去の恋を、焼き払ってしまえたら──あいつの中から消し去ってしまえたら。そんな、醜くて弱い願いが、胸の奥から滲み出てきた。
棚の前で足を止め、ひとつ、息を吐く。意を決して、写真立てを手に取った。
(……ッ!)
そこに写っていたのは、本郷ルカではなかった。
代わりにあったのは、自分と浩誠の顔だった。ロケ中に、ふざけ半分で、勢いで撮ったあのツーショット。笑っている自分と、面食らったような、少し照れた浩誠の顔。
慣れない距離の近さが、誤魔化しようもなく映り込んでいる一枚。
次の瞬間、胸の奥に、熱いものが一気に込み上げた。
(……あいつ……)
こんなこと、頼んでない。それどころか、写真は消すと言っていたのに。
嬉しさが胸を満たした。同時に、その嬉しさを抱いてしまう自分が、先程まで取ろうとしていた行動が、情けなくて仕方なかった。
(なんだよ……俺、何やってんだ)
燃やそうとしていたのは、浩誠の過去じゃない。
自分の不安を。自分の弱さを。どうしようもない、自分勝手な嫉妬を、燃やしてしまいたかっただけだった。
ZIPPOを握る手に、力が入らなくなる。立っていられなくて、隣にあったベッドに、力なく転がり込んだ。柔らかいマットレスの感触が、やけに懐かしい。
何も考えたくなくて、目を瞑る。そしてすぐに、眠りに落ちていった。
目が覚めた時、優しく髪を撫でられる感触がした。
「ん……?」
「何勝手に寝てんだ、バカ」
浩誠の声だった。
はっと飛び起きると、ベッドの縁に腰掛ける浩誠が居た。
「また勝手に忍び込みやがって」
責めるような口調なのに、声はどこか柔らかい。
それだけで、胸の奥に張りついていた不安が、少しだけ緩んだ。
「ZIPPO落ちてたぞ。また忘れてくつもりか?」
浩誠の手の中にあるのは、マサのZIPPOだった。
──あの日、これをこの部屋に忘れたことが、浩誠との関係を、決定的に変えてしまったのだ。
あの時、尻ポケットから零れたそれを見て見ぬふりをしたマサは、それが故意だったことさえ、思い出さないようにしていた。
これが今返されてしまったら、この物語は、もう終わってしまうのだろうか。
「……なぁ。もう、こんな、曖昧な関係、やめようぜ」
「へ?」
「……俺が、お前の恋人になってやるよ」
自分の口から出た言葉に、マサ自身が一番驚いた。
勢いだった。衝動だった。けれど、それ以上に、これ以上曖昧な立場でいるのが、怖かった。
「お前、何言って……ッ!? いや、その」
浩誠が言葉を詰まらせる。視線が泳ぎ、困惑と戸惑いがはっきりと浮かんでいた。
「本郷ルカのことなんて、二度と思い返せねぇくらい……、刺激的な毎日をくれてやる」
口ではそう言いながら、拒まれるかもしれないという恐怖が、遅れて襲ってくる。視線を落とし、マサは俯いた。
自分でも、情けないと思った。強気で、余裕ぶって、何でも笑って流してきたはずなのに。今はただ、不安で仕方がなかった。
そんなマサの異変に、浩誠はすぐ気が付いた。
何も言わず、そっと腕を伸ばす。壊れ物に触れるみたいに、ゆっくりとマサを抱きしめた。
「うん。大切にする。……俺と付き合って下さい」
しばらくして、静かな空気の中、着信音が響き渡る。レイからの電話だ。
「もう、帰らなきゃな」
元々、とんぼ返りの予定だった。付き合ったばかりで名残惜しいが、また暫くお別れだ。
「寂しくさせてすまねェな」
「それはこっちの台詞だ。……だから、泣くなよ」
浩誠の言葉は、からかうようでいて、どこか優しい。
その一言に、マサは、笑うしかなかった。
途端、張り詰めていた身体の力が抜け、縋るように壁に手をついた。
本郷ルカの前では、平気なつもりだった。
この男の存在など、たいしたことではない。浩誠にとっては、もう過去の男なのだ。……そう、思い込もうとしていただけだったのだと、遅れて理解する。
浩誠が、かつて心から愛した男。その事実が、胸の奥を鈍く軋ませた。
(なんだよ、この気持ちは)
第一、自分は浩誠の恋人でもなんでもない。身体を重ねたわけでもない。元仕事仲間なだけだ。
ああそうだ。
自分は、浩誠にとって、その程度の存在でしかないのだ。
──本郷ルカと違って。
イライラする。浮かれていた自分にも腹が立つ。
何が欲しいのか、どうしたいのかさえ、頭の中でごちゃついていた。
最初は、童貞くさい失恋男を、軽くからかうだけのつもりだった。それなのに、いつの間にか、逃げ道のない位置に追い込まれている。
(何やってんだ、俺は)
壁についた手を下ろし、部屋の中への進んでいく。すると、窓際近くに置かれた写真立てが目に入った。
ここからでは、写真までは見えない。それでも、何が入っているのかは分かっていた。
浩誠が高校生の頃に撮った、本郷ルカとのツーショットだ。
(……捨てちまえって、言っただろ)
指が、無意識に胸ポケットへ伸びる。取り出したZIPPOの重みが、ひどく現実的だった。
一歩ずつ、写真立てへと足を進める。
(……最低だな、俺)
分かっている。燃やすなんて、あまりにも身勝手で、子供じみていて、救いようがない。
それでも、視界から消してしまいたかった。浩誠の過去の恋を、焼き払ってしまえたら──あいつの中から消し去ってしまえたら。そんな、醜くて弱い願いが、胸の奥から滲み出てきた。
棚の前で足を止め、ひとつ、息を吐く。意を決して、写真立てを手に取った。
(……ッ!)
そこに写っていたのは、本郷ルカではなかった。
代わりにあったのは、自分と浩誠の顔だった。ロケ中に、ふざけ半分で、勢いで撮ったあのツーショット。笑っている自分と、面食らったような、少し照れた浩誠の顔。
慣れない距離の近さが、誤魔化しようもなく映り込んでいる一枚。
次の瞬間、胸の奥に、熱いものが一気に込み上げた。
(……あいつ……)
こんなこと、頼んでない。それどころか、写真は消すと言っていたのに。
嬉しさが胸を満たした。同時に、その嬉しさを抱いてしまう自分が、先程まで取ろうとしていた行動が、情けなくて仕方なかった。
(なんだよ……俺、何やってんだ)
燃やそうとしていたのは、浩誠の過去じゃない。
自分の不安を。自分の弱さを。どうしようもない、自分勝手な嫉妬を、燃やしてしまいたかっただけだった。
ZIPPOを握る手に、力が入らなくなる。立っていられなくて、隣にあったベッドに、力なく転がり込んだ。柔らかいマットレスの感触が、やけに懐かしい。
何も考えたくなくて、目を瞑る。そしてすぐに、眠りに落ちていった。
目が覚めた時、優しく髪を撫でられる感触がした。
「ん……?」
「何勝手に寝てんだ、バカ」
浩誠の声だった。
はっと飛び起きると、ベッドの縁に腰掛ける浩誠が居た。
「また勝手に忍び込みやがって」
責めるような口調なのに、声はどこか柔らかい。
それだけで、胸の奥に張りついていた不安が、少しだけ緩んだ。
「ZIPPO落ちてたぞ。また忘れてくつもりか?」
浩誠の手の中にあるのは、マサのZIPPOだった。
──あの日、これをこの部屋に忘れたことが、浩誠との関係を、決定的に変えてしまったのだ。
あの時、尻ポケットから零れたそれを見て見ぬふりをしたマサは、それが故意だったことさえ、思い出さないようにしていた。
これが今返されてしまったら、この物語は、もう終わってしまうのだろうか。
「……なぁ。もう、こんな、曖昧な関係、やめようぜ」
「へ?」
「……俺が、お前の恋人になってやるよ」
自分の口から出た言葉に、マサ自身が一番驚いた。
勢いだった。衝動だった。けれど、それ以上に、これ以上曖昧な立場でいるのが、怖かった。
「お前、何言って……ッ!? いや、その」
浩誠が言葉を詰まらせる。視線が泳ぎ、困惑と戸惑いがはっきりと浮かんでいた。
「本郷ルカのことなんて、二度と思い返せねぇくらい……、刺激的な毎日をくれてやる」
口ではそう言いながら、拒まれるかもしれないという恐怖が、遅れて襲ってくる。視線を落とし、マサは俯いた。
自分でも、情けないと思った。強気で、余裕ぶって、何でも笑って流してきたはずなのに。今はただ、不安で仕方がなかった。
そんなマサの異変に、浩誠はすぐ気が付いた。
何も言わず、そっと腕を伸ばす。壊れ物に触れるみたいに、ゆっくりとマサを抱きしめた。
「うん。大切にする。……俺と付き合って下さい」
しばらくして、静かな空気の中、着信音が響き渡る。レイからの電話だ。
「もう、帰らなきゃな」
元々、とんぼ返りの予定だった。付き合ったばかりで名残惜しいが、また暫くお別れだ。
「寂しくさせてすまねェな」
「それはこっちの台詞だ。……だから、泣くなよ」
浩誠の言葉は、からかうようでいて、どこか優しい。
その一言に、マサは、笑うしかなかった。
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