Nova A │ 拾った恋の育て方

むぎしま

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【本編】

13 元恋人

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 二人はまた、遠い空の下で暮らす日々へと引き戻された。けれど今の時代、離れた恋人たちが愛を育む術はいくらでもある。

 浩誠が眠りにつく時間、マサはちょうど朝のルーティンを始める頃だった。だからほぼ毎日、眠たげな浩誠と「おやすみ」を交わすことができた。
 時にはビデオ通話を繋ぎ、マサがストレッチをする様子を眺めながら、浩誠がそのまま寝落ちしてしまうこともあった。
 画面越しに聞こえる、規則正しい寝息。それを確かめてから通話を切るのが、いつの間にか、マサの日課になっていた。
 一方で、マサが眠る時間、日本はまだ昼過ぎだ。その日の仕事次第では、浩誠が電話に出られないことも少なくない。
 ──そう、今も。

 呼び出し音のあと、無機質な留守番電話の案内が流れる。マサは何も言葉を残さないまま、通話を切った。
 ベッドに横になり、天井を見上げる。
 本当なら、今頃は浩誠の声が聞けていたはずだった。それなのに、耳元はひどく静かだ。

 恋は人を弱くする。
 そんな言葉を、初めて実感した。

 とはいえ、仕事なら仕方ない。寂しいから声が聞きたいだなんて、自分らしくない。
(どうせ、明日の朝には電話が来ンだ)
 そう自分に言い聞かせて、マサは目を閉じた。


『撮影が長引いて、日付変わるかも』
 朝起きると、そんなメッセージが入っていた。それから待てども待てども連絡は来ず、仕事の時間になってしまった。

 仕事がひと段落しても、浩誠からの連絡は無かった。
 日本の時刻は、朝。
 きっと疲れて寝ているのだろうと思ったが、なんだかそわそわして、こちらから連絡を入れようかと迷っていた時だった。
 ディスプレイに、着信を告げる表示。未登録の電話番号だったが、その数字の羅列には見覚えがあった。

「……誰だ?」
『本郷です。……マサ?』
 浩誠の声が今一番聞きたいものだとして、現実のこれは、一番聞きたくない声だ。なるほど、番号に見覚えがあるわけだ、と自嘲する。
「なんだ?」
『浩誠が、撮影中怪我して』
「ああ?」
 忌々しいことに、聞きたくない声から、聞きたくない言葉が飛び出た。
『いや、大事は無いんだ。すぐ退院もできる。けど、あいつのことだから無茶するんじゃないかって心配で、……マサからも、無理はするなって言っておいてほしくて』
「断る」
『なんだよ、冷たいな……』
 大事がないなら良かった。退院できるくらいだから、よっぽど大丈夫だろう。
 そうなると、マサは納得いかない。何故この男が、自分に連絡してきたか、が。
「なんで俺に連絡入れた?」
『この間のこともあったし……そういうことなんだろ? 浩誠とお前がって、意外すぎてびっくりしたけど……』
(……クソ)
 言葉にできなかった。でも確かに、悔しい、という感情を抱いた。ルカに関係を勘づかれたからじゃない。
 ルカにこういった気遣いを受けること。こういう連絡を受けること。そして、自分が今、遠い国にいて、浩誠の傍に居られないこと。
 多分、それら全てが、悔しかった。
『浩誠のこと、よろしく頼む』
 ルカのその言葉に、何も返せなかった。
 通話はいつの間にか、終了していた。


「って、お前の元恋人から電話があってな」
『……今の恋人はお前だろ。怪我は大したことない、心配すんな』
 浩誠と電話できたのは、ルカと通話した数時間後だった。朝起きてからも検査やら手続きやらで、マサに連絡を入れる隙もなかったという。
「あ、っそ」
『なんだよ、嫉妬してんのか?』
「さぁな」
 煙草を咥えたマサは、ZIPPOの火をぼんやりと眺める。
「ま、心配はしてねェよ。ルカも付いててくれてるみたいだしなァ?」
 頭で考えるよりも、口が先に動いてしまう。八つ当たりみたいな真似だと分かっていても、止められなかった。
『……ルカは事務所の責任者として最低限の手続きをしに来ただけだ。すく帰った。今は、三井が手伝ってくれてる』
「考えてみりゃ、今でも二人はひとつ屋根の下で暮らしてるんだもんな」
 他のメンバーも一緒とはいえ、飛行機で十何時間の距離とはあまりにも違いすぎる。いざという時に、自分では傍に居てやれない。
『……マサ』
「でも、ルカにはもう恋人が居る。お前の恋心は叶わない」
 結局、煙草に火をつけることなく、ZIPPOを机に置いた。頭を抱えて顔を伏せた。
 こんな気持ちになるのは初めてだった。
『マサをルカの代わりだなんて思ったことねぇよ』
 迷いの無い浩誠の言葉に、マサは安堵する。しかしそれさえも、自分の弱さを思い知らされているようで、癪だった。
 頭を掻きながら、浩誠の言葉の続きを待つ。
『……むしろ……』
「……あ?」
『マサも、俺のこと、ルカの代わりにしてないか心配だった』
 頭を掻いていた手が、途中で止まった。
 予想もしなかった言葉に、思考が追いつかない。
「……どうして、そうなンだよ」
『だって、ルカに別れを切り出されてすぐだったろ』
「別れってなんだよ。ルイやレイならともかく、俺はルカに恋心なんざ抱かねェよ」
『新しいおもちゃ代わりなんじゃないか、って』
 その一言で、今度こそ何も返せなくなる。否定するほどの材料も、肯定する理由も、どちらも持ち合わせていなかった。
『俺は……やっと、大切なモンを見つけたと思った。だから大事にしたいとも。……それだけだ』
 その声から、言葉から、浩誠の優しさが手に取るようにわかるのに。今一歩、自分の心は凍ったままだった。
「……過去のことは忘れられそうか?」
『言っただろ。所詮未練しかなかったんだ。未練は、愛とも恋とも違う』
 その声は、電話越しでも分かるほど、迷いがなかった。
『マサ。……早く会いたい』
 どこまでも真っ直ぐな浩誠の言葉に、胸の奥に引っかかっていたものが、すっと溶けていく。理由を探す前に、身体の力が先に抜けた。
「会いたいなら、会いにくりゃいいだろ」
 マサはそう言って、口の端を上げた。



 聞いてみると、撮影中にセットが壊れ、共演者の女性を庇った浩誠が怪我をしたらしい。腕の打撲とヒビ。利き腕と反対だと聞いて、ほんの少しだけ胸を撫で下ろす。それでも、不便なのは間違いない。
(……仕方ねェ。行ってやるか)
 そう考えながら、マサは手元にある飛行機のチケットを見下ろした。
 ──その購入日は、随分前。
 アメリカは、クリスマス休暇に入る頃。最初から、会いに行くつもりでいたことを、今さら否定する気にもなれなかった。
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