Nova A │ 拾った恋の育て方

むぎしま

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【本編】

14 看病(浩誠視点)

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「何でお前がいるんだ」
 退院して部屋に戻ると、そこにはマサがいた。
 ソファの背もたれに片手を掛け、まるで最初からここに住んでたかのような顔で座っている。
 一瞬、状況を飲み込めずに立ち止まった浩誠を、付き添いの三井が訝しげに見た。だが、部屋の中の様子を確認してすぐに理解したのか、何も言わず、浩誠を置いて引き返していった。
 逃げ場はないと悟り、浩誠も部屋に足を踏み入れた。
「短期間で何回帰国するんだ、お前……」
 カレンダーに目をやる。前に来たのは、確か十二月の頭だったはずだ。まだ月も変わっていない。
「なんだ? 会いたくなかったのか?」
「うっ……そりゃ、会えて嬉しいけど」
 マサのわざとらしく寂しそうな顔に、浩誠は無条件で白旗を上げてしまう。完全におちょくられていると分かっているのに、どうしても抗えなかった。
 事実、マサは浩誠の反応を、ケラケラと笑い飛ばしていた。
(……ん?)
 視界の端で何かが光った気がした。部屋の中へ歩みを進めると、入口から死角になっていた所に、大きな常緑樹の緑が現れる。その輪郭を縁取るように、キラキラとした電飾が巻き付いていた。
「……おい、なんだこれ」
 僅かに眉間に皺を寄せながら言う。そこにあったのは、立派なクリスマスツリーだった。
「あ? クリスマスツリー、知らねェのか?」
「違う! なんで俺の部屋にツリーがあんだよ」
「買ってきた。暇だから組み立ててた」
 マサよりも大きな、立派なクリスマスツリー。勝手に物増やすなよ、と文句を言いたくなったが、直前で口ごもる。
 ──恋人と過ごすクリスマス、なんて。
 そんな言葉が頭に浮かんだだけで、文句は喉の奥に引っ込んでしまった。
「そっか。クリスマスか……」
「んだよ、急に気色悪い声出しやがって」
 マサは胸ポケットから煙草を引き抜き、何の気もなく口に咥える。
「ここ禁煙だぞ」
「あ?」
 マサは舌打ちしかけて、煙草を引っ込めた。
「……仕方ねぇ、病人の前だしな」
 意外と大人しく従うマサの横顔を見て、緩みそうになる口元を、慌てて手のひらで隠した。
「マサは良いのかよ、仕事」
 言いながらマサの隣に座ると、視線が合い、顔同士の距離が近くなる。何となく、視線を外すきっかけを失って、そのまま見つめた。
「クリスマス時期なんて、向こうじゃみんな休みだ」
「あー、なるほど」
 右手が、自然とマサの髪に触れる。頭のてっぺんから耳まで、指を滑らせた。
「んだよ」
「……いいだろ、別に。恋人なんだし」
 良いとも悪いとも言わず、マサは黙り込んでしまった。
 浩誠は手を離すタイミングを見失い、耳元のピアスへと触れる。
(……クリスマスプレゼント、ピアスでいいかな)
 なんて考えていると、マサが閃いたというように、目を輝やかせた。
「なぁ」
「その顔、また悪いこと考えてるだろ」
「手、それじゃ何もできないよな?」
 マサの視線が、浩誠の左腕に落ちる。肘から手首まで、白い包帯で固められた腕。
「……別に、利き手は平気だし」
「ふーん。じゃ、口で、して欲しくねェ?」
 見せつけるように現れた舌に、指先のジェスチャー。その動きだけで、頭が追いつく前に身体が反応してしまった。やばい、と自覚した時にはもう遅い。マサの視線は、己の下半身に注がれていた。
(……元気すぎるだろ、俺……ッ!)
「今晩が楽しみだな?」
「……クソ、怪我治ったら覚えてろよ」
「早く童貞卒業できるといいな?」
「童貞じゃねぇ!」
 からかわれているだけなのに、今晩のことを期待してしまっている自分が、悔しくて仕方なかった。


 たいしたことないと言い張ってはいるが、片手しか使えないのは確かだった。身の回りの世話は三井にやってもらう予定だったが、三井も空気を読んで引っ込んでしまった。
「……飯、なんか頼むか?」
 デリバリーしかないか、と考えながらマサに声を掛ける。
「あ? リビングにキッチンあったろ。なんか作るぜ」
「え、いいのか?」
「おう。そのために来たんだ、任せろ」
 そう言って笑ってみせるマサを見て、浩誠は一抹の不安を覚えた。
(こいつ、料理なんてできんのか?)
 だが、その心配は、マサの作った料理を口にした瞬間、すっかり杞憂だったことを思い知る。
「美味ぇ」
 炊きたての米に、肉じゃがと味噌汁。味付けは浩誠好みの薄味。
「今日から一週間はこっち居るから、メシ作ってやるよ」
「マサ……」
 思わず、胸の奥がじんと温かくなった。
「あと、着替えとお風呂の手伝いもしてやらねェとな」
「い、要らねぇよ、一人でできる!」
「できねェだろ」
 キッパリ言い切られ、浩誠は口ごもった。

 なんとか服は脱げたし、シーネの防水対策も済ませた。浴室に入り、シャワーのお湯を出して髪を濡らす。
 だが、シャンプーに手を伸ばしたところで、ようやく思い知る。
 ──これ、できなくはないが、相当キツい。
 片手だけで泡立てるにも限界がある。思うように指が動かず、苛立ちが先に立った。
 そんな時だった。浴室の扉が開き、声が聞こえてきたのは。
「そんまま頭下げてろ。洗ってやる」
「……助かる……」
 マサの洗髪は、驚くほど上手だった。指の動きは丁寧で、力加減も絶妙で、思わずうっとりしてしまうくらいに。
 そして、身体を洗う時は背中だけを流し、前は浩誠に任せた。その間、不安定な左側を、何も言わずに支える。
 いつもみたいな、余計な冗談も言わない。その振る舞いが、いつものマサとかけ離れていて、思いがけず胸に響いた。
 浩誠の身体の泡を全て流し終えると、マサは浩誠を浴室から追い出した。
「先出てろ。俺もシャワー浴びたら髪乾かしてやるから」
 その時ようやく、マサも裸だったということに気がついた。

(男の裸が何だって言うんだ、マサの裸くらい前に見たことあんだろ、別に直視したことはねぇけど……いやじっくり見たいってわけじゃなくて、脱いでんなら教えてくれればいいだろって話で……)
 脳内で言い訳ばかりが溢れてきて、浩誠は首を横に思い切り振った。
(いや、……知らなくて良かった、また馬鹿みたいに股間おっ勃てて、からかわれたかもしんないし……)
 思わず、大きなため息が漏れる。
(変態かよ、俺は……)

 マサがシャワーから出てきても、浩誠の緊張は解けない。一応出すだけ出してきたドライヤーは、隣に置かれたままだった。
 マサが隣に置かれたドライヤーを手に伸ばす。指先が自分の近くをかすめた瞬間、思わず肩が跳ねた。
「なんだ、気分でも悪ぃのか?」
「い、いや……」
 マサは、自分より先に、浩誠の髪を乾かし始めた。そうなると、髪が乾くまで、浩誠はじっとしているしかない。
 触れられているのは頭だけなのに、意識はどうしても、余計なところへ向かってしまう。指先で髪を撫でるように動かすマサを感じながら、何度も呼吸を整えようとするが、頭の中は混乱したままだった。
 暫くしてドライヤーの音が止み、部屋に静けさが落ちた。その一瞬の間が、やけに長く感じられた。
「先、ベッド入ってろよ」
「……ッ!!」
 耳元で低く囁かれた声にゾクリと身体が震え、理性が一瞬吹き飛びそうになる。耳の後ろでかすかに舌が動いた感触がして、心臓が跳ねた。
(喰われる……!)
 そう頭の片隅で警告が鳴るのに、身体は勝手に熱を帯び、その先の展開を期待していた。
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