17 / 19
【本編】
14 看病(浩誠視点)
しおりを挟む「何でお前がいるんだ」
退院して部屋に戻ると、そこにはマサがいた。
ソファの背もたれに片手を掛け、まるで最初からここに住んでたかのような顔で座っている。
一瞬、状況を飲み込めずに立ち止まった浩誠を、付き添いの三井が訝しげに見た。だが、部屋の中の様子を確認してすぐに理解したのか、何も言わず、浩誠を置いて引き返していった。
逃げ場はないと悟り、浩誠も部屋に足を踏み入れた。
「短期間で何回帰国するんだ、お前……」
カレンダーに目をやる。前に来たのは、確か十二月の頭だったはずだ。まだ月も変わっていない。
「なんだ? 会いたくなかったのか?」
「うっ……そりゃ、会えて嬉しいけど」
マサのわざとらしく寂しそうな顔に、浩誠は無条件で白旗を上げてしまう。完全におちょくられていると分かっているのに、どうしても抗えなかった。
事実、マサは浩誠の反応を、ケラケラと笑い飛ばしていた。
(……ん?)
視界の端で何かが光った気がした。部屋の中へ歩みを進めると、入口から死角になっていた所に、大きな常緑樹の緑が現れる。その輪郭を縁取るように、キラキラとした電飾が巻き付いていた。
「……おい、なんだこれ」
僅かに眉間に皺を寄せながら言う。そこにあったのは、立派なクリスマスツリーだった。
「あ? クリスマスツリー、知らねェのか?」
「違う! なんで俺の部屋にツリーがあんだよ」
「買ってきた。暇だから組み立ててた」
マサよりも大きな、立派なクリスマスツリー。勝手に物増やすなよ、と文句を言いたくなったが、直前で口ごもる。
──恋人と過ごすクリスマス、なんて。
そんな言葉が頭に浮かんだだけで、文句は喉の奥に引っ込んでしまった。
「そっか。クリスマスか……」
「んだよ、急に気色悪い声出しやがって」
マサは胸ポケットから煙草を引き抜き、何の気もなく口に咥える。
「ここ禁煙だぞ」
「あ?」
マサは舌打ちしかけて、煙草を引っ込めた。
「……仕方ねぇ、病人の前だしな」
意外と大人しく従うマサの横顔を見て、緩みそうになる口元を、慌てて手のひらで隠した。
「マサは良いのかよ、仕事」
言いながらマサの隣に座ると、視線が合い、顔同士の距離が近くなる。何となく、視線を外すきっかけを失って、そのまま見つめた。
「クリスマス時期なんて、向こうじゃみんな休みだ」
「あー、なるほど」
右手が、自然とマサの髪に触れる。頭のてっぺんから耳まで、指を滑らせた。
「んだよ」
「……いいだろ、別に。恋人なんだし」
良いとも悪いとも言わず、マサは黙り込んでしまった。
浩誠は手を離すタイミングを見失い、耳元のピアスへと触れる。
(……クリスマスプレゼント、ピアスでいいかな)
なんて考えていると、マサが閃いたというように、目を輝やかせた。
「なぁ」
「その顔、また悪いこと考えてるだろ」
「手、それじゃ何もできないよな?」
マサの視線が、浩誠の左腕に落ちる。肘から手首まで、白い包帯で固められた腕。
「……別に、利き手は平気だし」
「ふーん。じゃ、口で、して欲しくねェ?」
見せつけるように現れた舌に、指先のジェスチャー。その動きだけで、頭が追いつく前に身体が反応してしまった。やばい、と自覚した時にはもう遅い。マサの視線は、己の下半身に注がれていた。
(……元気すぎるだろ、俺……ッ!)
「今晩が楽しみだな?」
「……クソ、怪我治ったら覚えてろよ」
「早く童貞卒業できるといいな?」
「童貞じゃねぇ!」
からかわれているだけなのに、今晩のことを期待してしまっている自分が、悔しくて仕方なかった。
たいしたことないと言い張ってはいるが、片手しか使えないのは確かだった。身の回りの世話は三井にやってもらう予定だったが、三井も空気を読んで引っ込んでしまった。
「……飯、なんか頼むか?」
デリバリーしかないか、と考えながらマサに声を掛ける。
「あ? リビングにキッチンあったろ。なんか作るぜ」
「え、いいのか?」
「おう。そのために来たんだ、任せろ」
そう言って笑ってみせるマサを見て、浩誠は一抹の不安を覚えた。
(こいつ、料理なんてできんのか?)
だが、その心配は、マサの作った料理を口にした瞬間、すっかり杞憂だったことを思い知る。
「美味ぇ」
炊きたての米に、肉じゃがと味噌汁。味付けは浩誠好みの薄味。
「今日から一週間はこっち居るから、メシ作ってやるよ」
「マサ……」
思わず、胸の奥がじんと温かくなった。
「あと、着替えとお風呂の手伝いもしてやらねェとな」
「い、要らねぇよ、一人でできる!」
「できねェだろ」
キッパリ言い切られ、浩誠は口ごもった。
なんとか服は脱げたし、シーネの防水対策も済ませた。浴室に入り、シャワーのお湯を出して髪を濡らす。
だが、シャンプーに手を伸ばしたところで、ようやく思い知る。
──これ、できなくはないが、相当キツい。
片手だけで泡立てるにも限界がある。思うように指が動かず、苛立ちが先に立った。
そんな時だった。浴室の扉が開き、声が聞こえてきたのは。
「そんまま頭下げてろ。洗ってやる」
「……助かる……」
マサの洗髪は、驚くほど上手だった。指の動きは丁寧で、力加減も絶妙で、思わずうっとりしてしまうくらいに。
そして、身体を洗う時は背中だけを流し、前は浩誠に任せた。その間、不安定な左側を、何も言わずに支える。
いつもみたいな、余計な冗談も言わない。その振る舞いが、いつものマサとかけ離れていて、思いがけず胸に響いた。
浩誠の身体の泡を全て流し終えると、マサは浩誠を浴室から追い出した。
「先出てろ。俺もシャワー浴びたら髪乾かしてやるから」
その時ようやく、マサも裸だったということに気がついた。
(男の裸が何だって言うんだ、マサの裸くらい前に見たことあんだろ、別に直視したことはねぇけど……いやじっくり見たいってわけじゃなくて、脱いでんなら教えてくれればいいだろって話で……)
脳内で言い訳ばかりが溢れてきて、浩誠は首を横に思い切り振った。
(いや、……知らなくて良かった、また馬鹿みたいに股間おっ勃てて、からかわれたかもしんないし……)
思わず、大きなため息が漏れる。
(変態かよ、俺は……)
マサがシャワーから出てきても、浩誠の緊張は解けない。一応出すだけ出してきたドライヤーは、隣に置かれたままだった。
マサが隣に置かれたドライヤーを手に伸ばす。指先が自分の近くをかすめた瞬間、思わず肩が跳ねた。
「なんだ、気分でも悪ぃのか?」
「い、いや……」
マサは、自分より先に、浩誠の髪を乾かし始めた。そうなると、髪が乾くまで、浩誠はじっとしているしかない。
触れられているのは頭だけなのに、意識はどうしても、余計なところへ向かってしまう。指先で髪を撫でるように動かすマサを感じながら、何度も呼吸を整えようとするが、頭の中は混乱したままだった。
暫くしてドライヤーの音が止み、部屋に静けさが落ちた。その一瞬の間が、やけに長く感じられた。
「先、ベッド入ってろよ」
「……ッ!!」
耳元で低く囁かれた声にゾクリと身体が震え、理性が一瞬吹き飛びそうになる。耳の後ろでかすかに舌が動いた感触がして、心臓が跳ねた。
(喰われる……!)
そう頭の片隅で警告が鳴るのに、身体は勝手に熱を帯び、その先の展開を期待していた。
10
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる