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初恋のかけらを探して-Side:Alexis- ①
しおりを挟む姉である第一王女には悪いと思ったが、お茶会の参加は急遽見送らせてもらうことにした。幸い彼女は王妃と違ってアレクシスに好意的だし、新たな花嫁選びにも協力的なので、上手く場をまとめてくれるだろう。
側近のランドルフに伝言を頼むと、アレクシスは自分の執務室へ戻った。むろん集まってもらった五人の令嬢たちにも申し訳ないと思っていたが、今のアレクシスはそれどころではない。
「シルヴァーノ伯爵家の……ティアナ嬢……」
数日前にランドルフから受け取った報告書を改めて確認し、はぁ、と大きな息をつく。そこに綴られている『ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢』の情報を再読し、やはり自分の勘は当たっていたのだ、と確信する。
――ずっと探していた女性をようやく見つけた。会いたくてたまらなかった相手と再び巡り会えた。アレクシスはこの半年間、彼女との再会をずっと待ち望み続けてきた。
半年ほど前、アレクシスは『月の仮面舞踏会』という秘密の夜会に参加した。最初にその存在を知ったときは『なんていがわしい舞踏会だ』と呆れたものだが、結局自分もその破廉恥な夜会に頼らざるを得ない事情ができてしまった。
ことの発端は十年ほど前にアレクシスの婚約者となった、隣国モルスカーナの第三王女、アイラ姫にある。
アイラは結婚が決まったときから婚約を解消するまでの十年間、ただの一度もアレクシスに心を開いてくれなかった。アレクシスが王妃の子ではなく不義の子だと知って不快感を抱いたことも、理由の一つではあると思う。だがそれ以上に、彼女には幼い頃から想い合っていた幼なじみがいたため、彼との絆を引き裂くこの結婚を受け入れられなかったらしい。
アイラは十年間、あの手この手でアレクシスを非難し、『こんな人との結婚は嫌だ』『あなたのことは好きになれない』と嘆き続けた。アレクシスも内心『俺だって嫌ですよ』と思っていたが、相手は友好国の王女のため冷たくあしらうわけにもいかず、どうにか良い方向へ考えてもらおう、と手を尽くしてきた。
しかしアイラが成人し、結婚の話を正式に進めよう、という段階になって、彼女がとんでもないわがままを口にし始めた。それが『あなたが男らしくないから結婚に踏み切れない』『早く女性というものを経験して、男性として魅力的になってほしい』『一度でも他の女性と夜を過ごしてきたら結婚してあげる』との発言――アレクシスが童貞を捨ててきたら結婚してあげる、という信じられない提案だった。
罠だと思った。その提案に乗って別の女性と『はじめて』を経験すれば、今度は『浮気した男なんて絶対に嫌だ』と喚き散らすことはわかりきっていた。
ならばアイラのわがままは適当に聞き流し、水面下で結婚の話を着実に進めて、さっさと婚姻まで漕ぎつけてしまおう、それが両国の友好のためだ、と考えていた。
しかし『あなたが男らしくなるまでは会わない』と面会を拒否されてから三か月も経過すると、アレクシスも彼女のわがままにうんざりしてきた。
たしかに、強引に結婚を進めることはできる。ただそのやり方でどうにかアイラと結婚できたとしても、後々良好な関係を築けるとは到底思えない。
この先もずっと、自分を拒否して他の相手を想い続ける女性を傍に置き、『ああしなければ離婚する』『こうしなければ国に帰る』というわがままを受け止め、彼女のご機嫌を取るためにこちらが折れなければならないのか――そう考えるとアレクシスの頭と胃は痛む一方だった。
だからアレクシスはこの結婚を『潰す』ために、あえてアイラの提案を受け入れることにした。こちらからアイラを拒否すれば角が立つので 、まずは彼女の望み通りに別の女性と初体験を済ませ、アイラの方から『浮気するような男とは結婚しない』と言わせてこの婚約を解消し、最終的に『俺は二度と結婚しません』と宣言してしまえば、もうこんな面倒事には巻き込まれないだろう、と踏んだのだ。
(だいたい、国王と王妃が悪いんだろ)
そもそもなぜアレクシスがアイラと結婚する話になったかというと、義母である王妃が不義の子であるアレクシスを疎んでいたこと、彼女が友好国であるモルスカーナを嫌っていたことに原因がある。
王妃は隣国モルスカーナが大嫌いだった。国際交流の場では表面上親しげに接しているが、実際は自分が産んだ三人の王子と二人の王女をモルスカーナの王族とは絶対に結婚させたくない、と考えていた。
彼女が隣国を毛嫌いし始めたのはアレクシスの存在を知るよりも前らしく、最初にファルトニアの王子とモルスカーナの王女を結婚させよう、との話が持ち上がったときは、手のつけようがないほどの大暴れで拒絶したらしい。
しかしちょうどその頃、ファルトニア王室に大事件が起こった。国王に隠し子がいることが発覚したのである。
不義の事実があるうえ、その相手との間に子どもまで存在するという状況に、王妃は許し難い怒りを覚えたことだろう。だが相手の女性がすでに亡くなってしまったこと、外見からアレクシスが間違いなく王の子だとわかったことで、考え方を変える道を選んだ。
王妃は自分の子ではなく、その隠し子とモルスカーナの王女を結婚させることを条件に、アレクシスの受け入れを承諾した。世間では『アレクシスが尊い国王陛下によく似ていたため、王妃も温かく迎え入れた』と美談のように語られているが、実際はそんなことはない。アレクシスは『王妃に利用されること』ための王室へ迎え入れられただけなのだ。
思えば国王は最初からおかしなことだらけだった。
アレクシスは九歳になるまで、ファルトニアのとある街で母と二人で暮らしていた。一応父もいるのだが、出稼ぎに出ている彼は年に数回しか家に帰ってこない。しかもその年に数回も、夜中にこっそりと帰ってきて、翌早朝にはすぐに家を出ていくという慌ただしさだ。
それに出稼ぎに出ている割には身なりが立派で、帰宅するときはいつも王都で流行っているという菓子やおもちゃを買ってくる。母は父の話をしたがらず、父が帰ってくることにも若干困惑している気配があった。
だがそうは言っても、母は父を尊敬して愛しているようだったし、父も母に優しい表情を向けて愛情深く接していた。だからアレクシスは子ども心に『この二人には、こういう愛の形が合っているんだ』と解釈していた。
それがまさか、母の持病が突然悪化し、星が流れるような早さで亡くなった途端、予定外に帰ってきた父から『私はこの国の王で、お前は王子なんだ』と聞かされるとは。『お前の身の安全のために、これからはファルトニア王宮で過ごしてほしい』と言われるとは。
訳がわからぬまま連れてこられた王宮での生活は、それ以上に訳がわからないことの連続だった。
アレクシスが知らない『国王』としての父の姿。底冷えするように冷たい目で自分を蔑む王妃。突然できた兄・姉・弟・妹と、彼らがアレクシスに向ける友好と嫌悪の感情。一般庶民としての生き方しか知らないアレクシスにはあまりにも恐れ多すぎる、王族と貴族ばかりの世界。王宮での暮らし。
目まぐるしく変わる日々の中で、アレクシスは自分の居場所を見つけようととにかく必死だった。母も友人も慣れ親しんだ家もない世界で地に足をつけて歩き出すため、死に物狂いで『王子として必要な教養』を吸収していった。
そんな窮屈な日常に身を置き続けてきたアレクシスだからこそ、『浮気が許せない』王妃と『浮気をしないと許さない』アイラの板挟み状態に限界を感じていた。この二人の間にいる以上、自身の願いを叶えることはできないだろう、と諦めかけていた。
自身の願い――それは『たった一人の相手』を愛し抜くこと。生涯ただ一人、心に決めた相手を大切に慈しむこと。
本当は母は、父を心から愛していた。実際には父と母は結婚していなかったが、それでも母は生涯父だけを慕い続けており、アレクシスもそのひたむきな想いを美しいと思った。だから自分も『たった一人の相手』に唯一の愛を捧げたいと思っていたし、それが愛の真価だと信じていた。
しかし現実のアレクシスは二人の女性のわがままに翻弄されるばかり。誠実とはほど遠い一方的な都合を押しつけられ、アレクシスの願いはいとも容易く踏みつけられていく。
ならばもう、自身の信条など手放してしまった方が楽ではないか、と考えるようになった。王妃とアイラの望みを叶えつつ、この窮屈な状況から脱却するためには、『アイラの要望に従った結果、婚姻の話は白紙にすることになった』という流れに持っていくのが最適ではないか、そのためには『母のように一つの愛を貫きたい』という願望は捨てた方がいいではないか、と思い始めた。
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