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初恋のかけらを探して-Side:Alexis- ②
王妃は自分の子とモルスカーナの王族を結婚させたくない一心で、アレクシスを王室へ迎え入れることに承諾したのだ。ならばアレクシスとアイラの婚姻が白紙となれば、さぞ悔しがることだろう。おそらく『不義の子の迎え入れ損だ』と地団駄を踏むはずだ。
だが彼女は、十年以上もアレクシスを冷たくあしらい続けたのだ。彼女が絶望に崩れ落ちる姿を目にすれば、アレクシスの気持ちも少しは晴れる気がした。
もちろん破談の責任は負おうと考えていた。膨大な量の公務を押しつけられても、王室からの除籍を言い渡されても、すべて受け入れる。仮に戦地に赴け、と言われても潔く従う覚悟をしていた。
――しかしアレクシスは出会ってしまった。
誰でもいい、早く終わればなんでもいい、と投げやりに考えていたはずのに、たった一夜で『本気の恋』を知ってしまった。
ダンスホールに入って最初に目についた女性が『はじめて』だったということに、最初は素直に驚いた。顔は仮面で覆われていたが『経験がなくて』と照れて俯く姿が可愛らしく、胸の奥が揺さぶられた。
ダンスを踊るときも、手を引いて廊下を歩く間も、ベッドへ押し倒して口づけてからも、期待と緊張で指先が震える。言葉を交わすたびに、目が合うたびに、指先が触れ合うたびに、彼女のことをもっと知りたい、と気ばかりが逸る。
互いにはじめて同士なら目も当てられないほどの大失敗をするかもしれない、と身構えていたが、相性がよかったのか思ったほどの苦労はない。もちろん破瓜に伴い彼女が出血してしまったことと、アイラの従者であるルドミナを同席させざるを得なかったことは、本当に申し訳なく思った。だが抱き合っているうちに痛みと羞恥が薄れていったのか、次第に彼女も行為に溺れて、快感に浸る表情を見せるようになる。
彼女と触れ合う時間のすべてが愛おしかった。肌に口づけながら、敏感な反応を味わいながら、ゆるく腰を振りながら、この女性を抱く時間が永遠に続けばいいのに、と考えた。このまま一つに溶け合ってしまえたらいいのに、と感じ始めていた。
行為の終わりの後、叔父から禁じられていたにも関わらず、つい彼女がここへやってきた理由を訊ねてしまった。怒られるかと思ったが、彼女は不快感を見せることはなく、代わりに悲しそうな声で自身の事情をぽつぽつと話してくれた。
細い肩を震わせながら『結婚しなくても済むように乙女を捨てにきた』と話す彼女を見ていると、胸が強く締めつけられた。自分の環境も中々ひどいと思っていたが、このままでは暴力を振るう婚家へ戻り、好きでもない男性にその身を捧げることになる、という彼女の境遇は、あまりにも過酷であった。
きっとアレクシスに抱かれることも、恐怖でいっぱいだったはずだ。できればこんな風に処女を捨てたくはなかっただろう。
情事を済ませた後になって申し訳なさを覚えたアレクシスだったが、彼女はどこまでも優しかった。
『あなたはとても強くて、優しくて、繊細な人なのですね』
白い仮面の奥で揺れる緑の瞳が、アレクシスの苦悩を労わってくれる。自分の方がよほど辛いはずなのに、この手を懸命に握って優しく頷きながら、アレクシスを慰めてくれる。
『自分の信念を曲げてまで、婚約者さまのお望みを優先されるなんて……とてもお辛かったでしょう』
彼女の甘くやわらかな声が、鼓膜をじんわりと震わせる。アレクシスの不安や不満をほどいて溶かしていくような、慈愛に満ちた微笑みを向けられる。
『大丈夫です。相手の婚約者さまも、あなたの想いを知れば、きっと大好きになってくれますよ』
きっとアレクシスは、この瞬間に恋に落ちたのだろう。アイラには抱かなかった渇望を覚え、心の奥に宿った熱を逃したくない一心で彼女の身体を強く抱きしめる。
本当はその場で名乗りたかったし、彼女の名前を聞きたかった。その白い仮面をはぎ取って、素顔を明かし合って、『また会ってほしい』と言いたかった。彼女は二度と結婚するつもりがないようだったが『前向きに考えてみてほしい』と言いたかった。
だが現状、アレクシスには婚約者がいる。この結婚は失敗するどころか、失敗させるためにここに来ているようなものだったが、それでも不誠実なことはできない。目の前の女性に対して失礼なことはしたくない。
ならばまずはこの茶番をさっさと終わらせて、それから改めて誘うことにしよう。婚約者がいると言ってしまった以上、次の約束すらできないが、必ず彼女を見つけて、今度はまずお茶にでも誘おう。
そう考えてあっさりと別れてしまったことを、後になって猛烈に後悔した。自分の楽観視をひたすら呪った。
当初の予想通り、アイラはアレクシスの浮気を理由に『絶対に結婚なんてしない』と猛反発を見せた。よって話し合いに二か月の時間を要したが、最終的にはどうにか穏便に結婚話を終わらせることができた。
案の定、王妃はお気に入りの扇子を真っ二つに折る勢いで猛烈に悔しがり『やはりあなたは陛下の子ね』と殺傷力の高い皮肉もお見舞いされたが、もはや彼女の機嫌などどうだっていい。
ぶつぶつと文句を言う王妃を放置し、アレクシスは『月の仮面舞踏会』で出会った女性を探し始めた。月に一度の舞踏会に足を運ぶ傍ら、年頃の貴族令嬢の中から『離婚歴』のある者を洗い出して全員と会う、という地道な人探しも行った。
しかしどうやってもあの夜の令嬢を見つけられない。顔も名前も知らない人物を探し出すことは予想以上に困難を極め、どれほど入念に探しても望む相手には一向に巡り合えない。
もちろん叔父のジークハルトにも情報提供を願い出たが、『教えるわけないじゃないか、私の信用問題に関わる』と笑顔で一蹴されてしまった。
そうこうしているうちに、またも王妃が無理難題を押しつけてくる。嫌々王室に迎え入れた以上、どうしてもアレクシスを利用しなければ気が済まないらしく、今度は『私が相手を選びます』と言い始める。もちろんアレクシスの『俺は結婚を望んでいません』も通用するはずもない。
王妃の宣言に辟易しながらそれまで以上に必死にあの女性を探したが、それでもやはり見つからない。そこで国王の許可を取り、一縷の望みをかけて始めたのが『花嫁選定』だったのだが、そこに気になる女性が現れた。
マクシム=シルヴァーノ伯爵の次女、ミリア=シルヴァーノ伯爵令嬢。彼女は髪の色も瞳の色も声の質も、あの夜出会った女性によく似ていた。仮面をしていたので素顔はわからないが、背格好もよく似通っている気がする。
最初は彼女がアレクシスが探している女性なのではないか、と思った。だがあのとき感じた芯の強さやしなやかさはあまり感じられず、喋り方も少し違うように思う。
ならば人違いか、と落胆するアレクシスだったが、そこで彼女に付き添ってきた別の女性が目に入った。
ミリアの姉である、ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢。姉妹なので当然といえば当然だが、彼女もまたあの夜に出会った女性と同じ特徴を持っている。否、特徴の一致度だけでいうと、子猫のように甘え上手なミリアよりも、包み込むようなおおらかさのあるティアナの方がよほど『あの夜の女性』に近い気がする。
だが彼女は『未婚』ではなく『すでに結婚した身』だという。ならば彼女も『未亡人』と名乗ったあの女性じゃない。
きっとあの夜の相手ではない。――自分にそう言い聞かせて頭を切り替えようとするのに、視界に入るとどうしても彼女が気にかかる。花嫁選定の対象者じゃないはずのティアナと、もっと話をしてみたい、もう少し近づきたい、と感じてしまう。
アイラと王妃ではなく今度は自分の直感と正論の板挟みになるが、悩めるアレクシスに思いがけない転機が訪れた。
風に帽子をさらわれた帽子を彼女に手渡してあげたとき、ワンピースの袖口から彼女の肘が見えた。そこにあの夜目にしたしるしが――きれいに並んだ三つのほくろ、という偶然とは思えない唯一無二の特徴があった。
焦ったアレクシスが必死の形相で詰め寄ったせいか、驚いたティアナはその場からそそくさと逃げ出してしまった。だがアレクシスは全身の力が抜けるような心地で、大きな安堵を覚えていた。
ティアナの存在がどうしても気になっていたアレクシスは、実は側近のランドルフにティアナの経歴を調べてもらっていた。執務室に戻ってその報告書を再確認したことで、これまでどうやっても『目的の女性』に辿りつけなかった理由に合点がいく。
どうやらティアナの父であるマクシム=シルヴァーノ伯爵は『長女の離縁の事実』を隠したがっているらしい。本来、貴族家同士の縁が切れた場合は一年以内に王室と貴族院へ離縁の旨を申し出なければならないが、その期限に猶予があるためか、今なお報告を放置しているらしい。
さらに彼女の婚家であったイクシア侯爵家の動きも不可解で、一度は離縁の報告がされたはずが、直後にその申請を取り消したい、との申し出があったという。
現在はその申し出も取り下げられているが、このような状況が続いたためか、貴族院は『ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢』の経歴情報を更新できないまま処理保留としている。ゆえに『未亡人』という情報を頼りに目的の女性を探そうとしても、彼女には辿りつけなかったようだ。
――けれど、ようやく見つけた。
あの舞踏会の夜に出会った女性に再び巡り合えた。また会いたくて、もっと話がしたくて、より深く知りたいと願っていた女性と再会できた。
先ほどは逃げられてしまったが、今度はもう逃がさない。あのあと事情が変わって再婚することになっていたらどうしよう、と懸念していたが、それもなかったことに心から安堵している。
はー……と長いため息をつき終わった後に残るのは、固い決意の感情だけ。
「……絶対に、彼女を手に入れる」
アレクシスの小さな声が、誰もいない執務室に静かに溶けて消えていった。
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