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王子殿下の求愛 ①
しおりを挟む馬車に日傘を取りに行って薔薇園へ戻ったあと、アレクシスと対面したらどういう顔をすればいいのだろう……と身構えていたティアナだったが、結局アレクシスは薔薇園には姿を現さなかった。第一王女から『弟は急用ができて不参加になったわ』と聞かされた瞬間『自分のせいだ』と内心冷や汗を流したが、その反面『殿下と顔を合わせずに済んでよかった』と安堵も覚えた。
だから完全に油断していた。まさか薔薇園でのお茶会が終わり、帰宅するために馬車に乗り込もうとしていたところで、アレクシスの側近伝いに呼び出しを受けるなんて。
ティアナが日傘を用意したおかげか、ミリアは結局、薔薇園でのお茶会に最後まで参加することができた。しかしこの暑さのせいですでに疲れきっており、アレクシスの執務室まで一緒に行けるような体力は残っていない。
冷たい水を手渡し、『すぐに戻るからミリアは馬車で休んでいて』と伝えて自分一人でアレクシスの呼び出しに応じることにしたが、これが早計だった。
アレクシスの執務室に入ると、ティアナの姿を認めた彼が席からがばっと立ち上がった。
目が合った瞬間の彼は少し焦った様子だったが、入口で立ち尽くすティアナに近づいてくるうちに気持ちが落ち着いたらしい。未だ緊張で力むティアナの手を持ち上げたアレクシスは、聖天使の彫像と見間違うほどの美しい微笑みを浮かべていた。
「ようやく見つけました。ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢」
「あ、あの……!」
ティアナの手の甲に口づけを落としたアレクシスが、視線だけでこちらをじっと見つめてくる。先ほどは優雅な微笑みだと思ったのに、今度は赤よりもよほど高温の熱を宿した青の瞳で、ティアナの心を探るように語りかけてくる。
「あなたは今から一年半ほど前まで、イクシア侯爵家の前当主、故ジャック=イクシアと婚姻関係にあった」
「……っ!」
アレクシスの薄い唇が紡ぐティアナの『事情』に、心臓がどくりと音を立てる。いきなり核心を突かれたせいで、喉の奥から子兎が鳴くようなか細い空気が漏れる。
「しかし前侯爵が亡くなり、喪が明けてすぐにイクシア侯爵家と離縁したティアナ嬢は、現在〝未婚〟のはず」
「……」
先ほどのようにはぐらかすことは許さない、とでも言いたげに、アレクシスが自身の持つ情報を一つずつ丁寧に並べていく。
最初に会話をしたときに、現在も婚姻中であると誤認させるような言い方を選んでしまい、さらに次に会ったときにもその誤解を解けていなかったため、アレクシスの中でのティアナは『既婚者』ということになっていたはずだ。現に彼は、先ほど王宮庭園で帽子を拾ってもらったときまでは、ティアナを『ティアナ夫人』と呼んでいた。しかし今は『ティアナ嬢』と呼ばれている。――この変化が、彼が『すべて』を理解した証のように思えた。
(まさか、この数時間で……?)
ティアナの肘の特徴を発見したことで急遽お茶会への参加を取りやめ、この数時間ですべてを調べたのだろうか。それとも最初から情報を持っていて、帽子を拾ったときに確信を得て情報を照合したのだろうか。
――と、それを知ったところで結果も状況も変わらないことばかりぐるぐると考え込むティアナだが、彼はティアナの放心と困惑に勘づいても一切加減をしてくれない。
それどころかさらに攻勢を強めるように、自身の身体と背後の扉でティアナを挟み込むよう、身体同士の距離をぐんと近づけてくる。
「今のあなたは他の相手と……俺との結婚が可能なはずです」
「――え……?」
「ティアナ嬢。俺と結婚してください」
「な……!? なっ、な、なにをおっしゃっているのですか!?」
あまりにも突拍子のない発言に驚き、目を見開いてアレクシスの顔を見上げてしまう。驚愕のせいで手も唇も表情筋もわなわなと震えて、まともな言葉を発するまでに時間を要する。
「で、殿下は今、花嫁選定の真っ最中です! 候補者の五人は全員、あなたの花嫁となるために……!」
「構いません」
ようやく頭が働き始めたティアナが告げた正論は、端的な一言でばっさり切り捨てられた。再び思考と動きが緩慢になったティアナが「……えっ?」と間の抜けた声を発すると、アレクシスがにこりと笑顔を浮かべて鷹揚に頷く。
「今回の花嫁選定は、元々あなたを探し出すために始めたものです。目的の女性を見つけたのなら、今すぐすべてを終わりにしてもいいと考えています」
「!?」
アレクシスがとんでもない裏事情と共に、衝撃的な提案をしてくる。婚約解消からわずか半年で次の結婚を考えなければならないなんて、王族の結婚は本当に大変ね……などとこっそり同情していたのに、それがまさか『ティアナを探すため』だったなんて。しかもその目的を達成したから、花嫁選びはもうやめる、と言い出すなんて。
「だめです、いけません!」
本日のお茶会に参加していた令嬢たちは皆、アレクシスとの結婚を心から望む者たちなのだ。唯一ミリアだけは『父の命令』という投げやりな理由だが、いずれにせよここで急に花嫁選びを終了されてしまえば、関係する者全員が困ってしまう。
もちろんティアナも、自分のせいで始めたという花嫁選定を、自分のせいで突然終了する、という状況は避けたい。アレクシスに対しても他の四人の令嬢に対してもティアナができる補償はなにもないのに、その責任はあまりにも重すぎる。
「だめ? なぜですか?」
「な、なぜって……!」
だがティアナにぐいぐいと迫る今のアレクシスにそう説明しても上手く通じる気がしないし、納得してくれるようにも思えない。なによりティアナの思考と感情と心臓が、これ以上もちそうにない。
そもそもティアナは、月の仮面舞踏会なんて知らない――亡くなった夫に操を立てて永遠の愛を誓った身なのだ。ならばティアナは、アレクシスが探しているという女性で『あってはならない』。
「ご無礼をお許しください、アレクシス殿下」
そう告げて踵を返すと、アレクシスの返答も待たず、転がり出るように彼の執務室を後にする。
アレクシスが後を追ってくる可能性も脳裏をよぎったが、その日の彼はティアナを追ってはこなかった。
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