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一途な想いで ②
(アレクシス殿下は、ただでさえお立場がよくないのに……)
政治の世界や王室を取り巻く小難しい事情は、ティアナにはわからない。だが国王の子の中で、唯一アレクシスだけが正妃の子ではないのだ。
王の面影を宿す麗しい外見を生まれ持ったことと、アレクシス自身が懸命に努力して今の地位を得たことで、『アレクシスとの結婚』は貴族たちの中でも価値のあるものとなった。だが王室の中での彼の立場が他より一段低いことは、周知の事実である。
彼が築き上げてきた功績と磨き上げてきた努力をさらに輝かせるためには、ティアナではあまりにも力不足だろう。
それどころかティアナはアレクシスより三つも年上で、しかも結婚歴がある未亡人なのだ。アレクシス本人からはティアナを望んでいるような言動が見受けられるが、ティアナはアレクシスの価値を高めるどころか、下げる可能性まで孕んでいる。
ティアナよりも彼に相応しい、優れた家格と若さを持つ美しい令嬢は他にいる。ならばアレクシスは、ティアナではない女性を花嫁に選ぶべきだと思うのに。
「問題ありません」
「そ、そんなはず……」
「もちろん、まったく障害がないわけではありません。ですがそれを乗り越えるための手は、すでに打ってあります」
ティアナが固辞の意を告げても、アレクシスの態度は一切変わらない。それどころかティアナの抱く不安や心配を織り込んだ上で動き出していると宣言され、言葉を失ってしまう。
「俺は、あなたを手に入れるためなら何でもします」
「!」
「こんな風に誰かを想うのは、はじめてなんです。あなたのことを考えると仕事が手につかなくなるし、夜も眠れなくなります。でもあなたに振り向いてもらうためだと思えば、面倒ごともまったく苦にならない。公務に懸命に励んだあとは、心地の良い夢ばかり見ます」
アレクシスがティアナの手を取ってふわりと微笑む。
ああ、この笑顔に絆されてはいけない、この美しい青い目に惹かれてはいけない、とわかっているのに。目と目が合うと心臓に直接触れられたように胸の奥が疼いて、前にも後ろにも動けなくなってしまう。
「以前の婚約者が言っていたことが、今ならわかる気がしますね。たしかに、俺には男らしさが――自分の欲を主張する意思が足りなかったのでしょう」
「……アレクシス殿下」
「欲しいものは欲しいと言葉にしなければ伝わらない。本当に欲しいものがあるのなら、行動しなければ手に入らない。まあ、これまで誰かを本気で『欲しい』と思ったことがなかっただけかもしれませんが」
困ったように肩を竦めながらはにかむアレクシスに、ほんの少し緊張がほどけて気持ちが軽くなる。
先ほどまでは、隣国の王女との婚約解消は自分のせいでは、と考えて青褪めていたが『元々好きだったわけではないので問題ありません』と宣言されているようで、不安の感情がわずかに薄まる。
「でも今は、あなたが欲しくて欲しくて仕方がありません」
「っ……!」
油断していたところへ急に愛の言葉を重ねられ、どきりと肩が跳ね上がる。
彼の熱意にほだされ、甘美な台詞に誘われてうっかり頷きそうになっていた自分に、慌てて喝を入れる。
「……。……殿下のお気持ちは、嬉しく思います」
だがここで頷いてはいけない。情熱的で愛情深いアレクシスの未来を思うのなら、なおさら彼は別の女性を選ぶべきだと思うのだ。
婚家であるイクシア侯爵家からずっと『役立たず』と言われてきたティアナではなく、高貴で美しいアレクシスにこそ相応しい、素敵な女性を――
「ですが今回の花嫁選定、やはり私は辞退させていただきたいと思います」
「……そうですか」
ティアナがはっきりと告げると、アレクシスが落胆したように肩と声のトーンを落とした。
彼が落ち込む姿を目にすると心が痛む気持ちもある。だがこんなにも優しく愛情深いアレクシスだからこそ、万人に祝福されるような幸せな結婚をしてほしい――と思うティアナだったが。
「ではミリア=シルヴァーノ嬢も、花嫁候補から外しましょう」
「……え」
「ミリア嬢だけではなく、全員を候補から外します」
「!?」
アレクシスの宣言に驚くあまり、目を見開いてその場で固まってしまう。
まさか、ティアナが花嫁選定を辞退するのなら全員を候補から外す――全員を『失格』にする、と言い出すなんて。
(それだけは、絶対にだめ……!)
現在、花嫁候補となっている令嬢やその家族たちにとって、その答えは想定しうる中での最悪の結末だ。
花嫁選定の最終候補者となった令嬢には、仮にアレクシスの花嫁に選ばれなかったとしても、ファルトニア王室が責任をもって『良い縁談』を用意することが確約されている。
しかしそれは、選定の過程をすべて終えたうえで花嫁に選ばれなかった場合を想定しているのであって、途中で花嫁候補から外されることは想定していない。
途中で候補者から外されるということは、その令嬢に重大な問題があったとみなされ、選定の継続が不可能になったことを意味する。
ミリアはもちろん他の令嬢たちにも良縁が約束されないばかりか、場合によっては『問題のある令嬢』だという目で見られ続け、良縁どころか普通の結婚すら難しくなってしまうかもしれない。
最悪の状況を作り出せば、ティアナはもちろん、アレクシスや王室が恨まれる可能性もある。そんな全員が損をするばかりで誰も得をしない選択をさせるわけにはいかない。
だが慌てふためくティアナと異なり、アレクシスはつまらなさそうにため息をつくばかり。
「あなたが辞退した花嫁選定に価値を見出せません。ですが俺は、他の女性と添い遂げるつもりはない。だったらこれ以上続けても、時間の無駄というものでしょう」
「で、ですが……!」
アレクシスは意外にも強情だ。ティアナの困惑を感じ取っているはずなのに、そこに気づかないふりをしてまた一歩ティアナに近づく。
ここが廊下のど真ん中でも気にしない、とでも言いたげに、アレクシスがティアナの背中に腕を回して耳元に唇を寄せてくる。
「ティアナ嬢は、俺のことが嫌いですか」
「!」
「あの夜、俺と抱き合ったことは、もう忘れてしまいましたか」
「そ、それは……」
アレクシスの問いかけひとつで、またあの月夜のことを思い出す。身体の奥で燻っていたほのかな火種が熱を帯びはじめ、必死に隠したはずの本心が表に出たがっているようにそわそわと疼き出す。
だからこれ以上はいけない、彼の誘いに乗ってはいけない、と頭では理解しているのに。
「俺は、毎晩のように思い出しています」
「……っ」
アレクシスがそっと紡いだ一言で、それまではおぼろげに揺れているだけだった熱の気配がぶわりと全身に広がる。手のひらと背中にじわりと汗をかいて、顔も一気に熱く火照り出す。
「今夜はあなたも、俺のことを思い出してください」
アレクシスがティアナに魔法をかけるように――ティアナの心と身体を支配するように、命令ともお願いともつかない一言を囁く。
それを『嫌です』とすぐに拒否できないのは、ティアナ自身が今夜の月影の中でアレクシスと会えることを望んでいるから。
(本当は……私も……)
あと少しで唇からこぼれ落ちそうになった言葉を、必死の思いでどうにか呑み込む。だが睨むように視線を上げても、目が合ったアレクシスは大人の戯れを愉しむようににこりと微笑むだけ。
アレクシスの笑顔を目にすると、実は彼にもティアナの本心を知られているのかもしれない、と思う。
きっと今夜はベッドの中に潜っても、しばらくは寝つけないな……と予覚するティアナであった。
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