約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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4章 Side:雪哉

4話

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「……終わったから、帰るよ」
「あれ、もう?」
「もうじゃなくて、やっとだよ! 私、お腹減ってるんだから!」

 自分の存在が愛梨の仕事を邪魔したのではないかと思ったが、そうではないらしい。愛梨の膝に置かれたリングファイルは最後のページで、捲るとそこは裏表紙だった。リングファイルを閉じた愛梨に凄まれたので、すかさず次のカードを切る。

「じゃあ一緒に何か食べに行く?」
「ユキ…お願いだから人の話聞いてよう」

 半泣きになった愛梨が可愛すぎて、ついつい遊びたくなってしまう。疲れたようにパソコンの電源を切った愛梨に続き、雪哉も椅子から立ち上がった。先程と違いあっさりとした口調で誘ってみたが、やはり簡単には落ちてくれない。

 2人で部署を後にし、エレベーターで1階へ降りながら、そっと溜息をつく。

「愛梨が身持ち固すぎて、嬉しいような悔しいような複雑な気分だ」
「お疲れさまです。7階、私で最後です」

 エレベーターを降りた所に、丁度セキュリティチェックのための警備員がいた。警備員に簡潔に報告してすぐにその場を離れた愛梨の背中を追い、小さく文句を呟いてみる。

「愛梨こそ、人の話全然聞いてないな」
「え、ごめん。何?」

 不思議そうに首を傾げられてしまうので、『これは中々手強いな』と悟る。

 愛梨は天然という訳ではないが、恋愛に関してはやや抜けているところがあるように感じる。彼氏に変に染められていないようにも、異性のアプローチを綺麗にスルー出来るよう教育された結果のようにもとれる。どちらにしても手強いのは確かだ。

「じゃあ、また明日ね。資料、早めに持っていくから」

 そう言って愛梨が進むのは、雪哉の帰り道とは逆の方向だ。10日程前に待ち合わせた愛梨の家の最寄り駅と、会社の位置を頭の中で確認する。未だ慣れない日本の路線図を思い浮かべ、愛梨とはそもそも使う駅が違うのだと思い至った。

 別れの言葉を告げられ、顔をじっと見つめていると愛梨の首が少し傾く。

「いや、久しぶりだなって思って。愛梨に『また明日』って言われるの」

 夕暮れの橙色の中で、どちらからともなく交わしていたいつもの挨拶。仲が良い幼馴染みの、ある日突然言えなくなって、聞けなくなってしまった言葉。

 でも、もうその言葉は必要ない。確かに懐かしいとは思うが、今の雪哉が欲しいのは『また明日』なんかじゃない。

「言われてみればそうだね。昔は毎日言ってたから、なんか懐かしいな」

 けれど懐かしそうに嬉しそうに笑う愛梨は、まだその言葉で満足しているようだ。仲が良い幼馴染みの『また明日』で十分とでも言うように。


 愛梨は、生物学上の雪哉の性別は理解している。けれど雪哉が『男』であることを、本質的には理解していないように感じる。恋人の弘翔の事は『男』として意識しているくせに、雪哉の事はそういう尺度ですら測っていない。

 『約束』をしたときと同じ、雪哉に対する認識が『仲が良い幼馴染み』の状態で停滞している。それが言葉や態度の端々から感じられるから、時折、無性に腹が立つ。

「愛梨」
「え……?」

 少し、仕返しをしたくなった。自分ばかりが愛梨の隣を欲していて、愛梨は『幼馴染みのままでいい』と言っているような言動が、あまりにも面白くなくて。

 愛梨の腕を掴んで引っ張ると、油断していた彼女は簡単によろめいてしまう。その細い身体を腕の中に収めると、愛梨は驚いたように硬直した。そのまま、耳元に唇を寄せてみる。

「おやすみ」

 そしてたった一言だけ、囁く。
 瞬間的に飛び退いた愛梨が、また真っ赤な涙目になりながら、自分の耳元を押さえてわななく。その様子を見たら、少しだけ。ほんの少しだけ満足した。

「~っ、だから…! 日本では恋人じゃない人に、そういう挨拶しないの!」
「恋人じゃないのは、今だけだ」
「……えっ、……は?」
「愛梨はもうすぐ俺の恋人になる。そしたら毎日、隣でおやすみって言えるのにな」
「……!!」

 だから時々、こうして意識付けしていかなければ。黙って見ているだけでは、愛梨の心はいつまで経ってもこちらに向いてくれないから。

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