約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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4章 Side:雪哉

閑話:15 years ago.

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「クラスの女子で誰が1番可愛いと思う?」

 ゴールデンウィークが空けてから、この話題もう何回目だろう。最近クラスの男子が数名同じ場所に集うと、大体いつもこの話題になる。別に女子の話題をすることが嫌いな訳ではないが、毎回同じ話を繰り返すのでそろそろ飽きてきた。

「ユキは?」

 そしてこの質問をされるのも、もう飽きた。でも中学生だったら、こんなものなのかもしれない。みんな異性に興味がある年頃なんだと思う。

「上田は? ユキ、幼馴染だろ」
「うん、まぁ」

 話題を振られ、適当に相槌を打つ。クラスメイトに愛梨との関係性を確認されても、いつもと同じ返事をするだけ。そう返答するのが最も安全だと知っているから。

 だが、いつもは適当に相槌を打っておけばそのまま流れていくような話題なのに、今日は何故か愛梨に喰いつかれる。

「上田って、男みたいだよな」

 『男みたい』というのは愛梨の髪形の事で、同じ小学校から一緒の男子たちには相変わらず『サル』と呼ばれている。もちろん雪哉はそう思っていないし、何故今の髪型になったのか経緯も知っている。

「バレーするのに邪魔だから切ったんだ。もう2年ぐらいずっとあの髪形だよ」
「よく見てますなぁ」
「流石、旦那ですなぁ」
「ちがうから」

 ニマニマと笑われたので、すぐに否定する。雪哉個人としては、肯定してもいいと思っている。けれどその回答1つで愛梨がからかわれる事だけは避けたい。

 中学1年生は敏感な年頃だ。些細な一言で、誰かを傷付けたり傷付けられたりするきっかけになってしまう。その残酷さは、本能的に知っている。だからこういう質問に対しては否定するのが1番だ。本心はどうあれ。

「俺はサラサラロングのストレートがいい」
「わかる。俺もちょっと巻いたロングの方が女のコっぽくて好き」

 クラスメイトの言葉に、雪哉は『ふーん』と呟く。そういうもんなんだ。別に自分が好きな子なら、髪形なんてどうでもいいと思う。まぁ、その子に似合う、似合わない、というのはあるかもしれないけれど。

「俺はショートヘア好きだけどな」

 ぼーっとそんな事を考えていたら、突然、雪哉の耳に意外な言葉が届いた。驚いて顔を上げると、今までただ話を聞いていただけだったクラスメイトの渡辺が雪哉の顔を見つめていた。

「なんか上田の首とか鎖骨のラインとかって、綺麗に見えるし」
「お前、変態かよ」
「いやいや、目が行くだろ」
「えー、行かねーよ」
「ていうか、上田は可愛いだろ?」
「そう?」
「可愛さで言えば、俺もアリだなぁ」

(……おいおい)

 いつもなら絶対にならない、愛梨を『可愛い』と言う話の流れ。もちろん全員が肯定している訳ではないが、普段なら上田愛梨は男子たちの『可愛い女子談義』が始まっても、さらっと流される程度の存在だった。

 だから雪哉も、このテの話題にはいつも傍観者でいられた。なのに今日は、嫌な心音が全身に響いて聞こえている。

 話の流れを提供してきた渡辺の横顔をそっと睨む。余計な事を言うな、と喉元まで出かけていた言葉が、気道の壁を伝うようにぬるりと肺の中へ落ちて行く。

 それからクラスメイトが愛梨の事を話す間、ずっと呼吸が苦しいままだった。しばらくして話題の中心が別の人物に移動した頃になって、ようやくまともな呼吸が出来た気がした。

 雪哉が嫌な心拍数を感じ取って息を詰まらせていたことは、結局誰にも気付かれなかった。

 

 






「ふぁ!? 何!?」

 愛梨が驚いて大声を上げたので、その声の大きさに驚いた雪哉もびくっと跳び上がった。

「いや、背中にたんぽぽの綿毛ついてた」
「もう! びっくりするじゃん。急に触ったらくすぐったいよ」
「ごめんごめん」

 部活が終わり、いつものように一緒に下校する帰り道。途中までは雪哉のサッカー部の友達と愛梨のバレー部の友達もいたが、1人また1人と道別れし、最後は結局こうして2人きりになる。

 指先を擦り合わせると、愛梨の背中から取り除いた綿毛が風に乗ってふわりと飛んでいく。その綿毛の行き先を視線で追いながら、頭では別の事を考えた。

(ブラジャーしてた)

 愛梨の背中に触れた時、気付いてしまった。小学生のときは確かにしていなかった、女性だけが身に着ける下着。女子が女性の身体に成長していく、わかりやすいサイン。

(中学なら、もうしてるのか)

 まだまだ幼いままだと思っていた愛梨が、大人の身体に成長してくサインを目の当たりにして、少し驚いた。

 愛梨もだんだん、大人になっていく。雪哉の目の前で、けれど雪哉の知らないところで。そう思うと、嬉しいような切ないような複雑な気持ちがだんだんと膨れ上がっていく。

「ねぇ、愛梨。渡辺のこと、どう思う?」
「ん? 渡辺って、同じクラスの?」

 昼休みの会話を思い出したので、何気なく訊ねてみる。愛梨のことを可愛いと言ったクラスメイト。愛梨はどう認識しているのかと気になって説明を付け足す。

「愛梨のこと可愛いって言ってたから」
「えぇ? そんなこと初めて言われた」

 けれど愛梨の顔を見て、渡辺の名前を話題に出したことを猛烈に後悔した。言わなきゃ愛梨は知らなかったのだから、言わなければよかったのに。覆水は盆に返らない。

(なんで照れる?)

 夕焼けの橙色に染まって分かりにいが、愛梨は少し照れたようにはにかんでいた。その困ったように笑う笑顔すら可愛く思えて、胸がずんと苦しくなる。

「渡辺に可愛いって言われて、嬉しい?」
「どうかなぁ。直接言われた訳じゃないから、わかんないけど」
「直接言われたら、嬉しいんだ?」
「え、そりゃ嬉しいでしょ。だって私、いつも男子にサルっぽいって言われるもん」
「……」

 あっさりと肯定されてしまう。嬉しいんだ……とショックを受けていると、顔を覗き込んできた愛梨に首を傾げられた。

「ユキは?」
「……は?」
「なっちと、リンちゃんと、ハナと、るーちゃんが」
「待って待って、全然わからない。誰?」

 急に名前を羅列され、一気に混乱する。
 小学から学校が同じだった女子はそのまま継続してあだ名や名前で呼び続けている人もいる。だが中学から一緒になった別のクラスの人は、名字で呼ばれなければ誰が誰なのか全然わからない。焦って止めると愛梨が『うーんと』と考える仕草をする。

「バレー部の友達。1年の男子の中で、ユキが1番カッコイイって言ってたよ」
「へぇ」

 大雑把な愛梨は、説明するのも面倒くさくなったのか全て『バレー部』で統一してくれた。正直その方がありがたい。そして申し訳ないとは思ったが、出てきた人物にも話の中身にも興味は一切湧かなかった。

「嬉しい?」
「ううん、別に」
「でしょ。だって直接言われたわけじゃないもんね。直接言われたら嬉しくなると思うよ?」

 多分ならないと思う。

 愛梨は違う解釈をしたらしいが、直接言われようが人から言われようが、有難いと感じても嬉しいとは思わない。それが愛梨以外なら。

「愛梨は俺のこと、どう思う?」
「ユキはカッコイイよ。もちろん」

 ちょっとずるいやり方かな、とは思った。話の流れで自分から捻じ込んだにも関わらず、ちゃんと欲しい言葉をくれた愛梨に1人こっそりと満足する。

 それだけで十分だ。と言うよりも、その言葉だけが欲しかったから。愛梨が先に出した渡辺の話題もすっかり忘れてくれているようなので、余計に嬉しいと思ってしまう。

「愛梨の言う通り、直接言われた方が嬉しいかも」

 だからもっと言ってくれてもいい。
 なんて言ったら引かれるかな。
 聞こえなかったのか『ん?』と愛梨が首を傾げる。そんな仕草も。

「俺も、愛梨のこと可愛」
「あれ? 今日、ユキの家かうちの家、カレーじゃない?」
「……」

 割と本気で伝えるつもりだった。今はまだ幼馴染みでしかない自分を少しでも意識して欲しくて、言葉に出して『可愛い』と言いたかった。なのに、綺麗に遮られた。

 愛梨は、たまにわざとなのかな? と思うほど間が悪い。タイミングがちょっとだけズレるというか、あと少し早かったら間に合ったのに、と思うような出来事が多い。間が悪いのは、もしかしたら愛梨じゃなくて雪哉の方かもしれないけれど。

「じゃあね、ユキ。また明日!」
「あぁ、うん」

 カレーの匂いにつられてしまった愛梨を止める手立てはない。だから今日も、雪哉が1人で地球温暖化を加速させている。

 自分の家の中に入って数秒後に『ただいまーっ』と大きな声が聞こえる。いつも元気な愛梨の姿を見送って、雪哉もそっと自分の家の門を横切る。また溜息を1つ洩らしながら。

「愛梨は、可愛いよ」

 でもその事に、誰も気付かないで欲しい。自分だけが気付いていればいい。

 クラスで1番目か2番目に可愛いと言われてる女子が、明日ばっさりショートヘアにしてきてくれないかな。そしたら渡辺は、愛梨じゃなくてそのショートへアの子を好きになればいい。愛梨じゃない他の誰かのなら、うなじだろうが鎖骨だろうが永遠に見つめていてもいいから。


 その間に愛梨に異性として意識してもらえるよう、雪哉は勉強もサッカーも委員会も頑張る。先日ついに決定してしまったアメリカ行きを愛梨に伝えるその日までに、ただの幼馴染みとしてではなく、何としてでも『男』として意識してもらわなければ。

 じゃなきゃ愛梨に『約束』なんてできないから。

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