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5章 Side:愛梨
2話
しおりを挟む「すごい量」
資料室に入って中の様子を確認した雪哉が、驚いたような声を洩らす。
図書館のように等間隔で配置された高い棚には、会社の製品に関わる資料の他、営業やプレゼンテーションで使用した書類、会議の議事録、自社製品の歴代パッケージや競合する他社製品の情報などが所狭しと並べられている。
一応会社の会計に関わる書類は極秘扱いで別所に置かれているが、それ以外の会社の歴史は全てここに詰まっていると言っても過言ではない。このエリアに社員以外の人を入れてもいいなんて、よく許可してくれたなぁと思う。
「最近、紙からデータに移行し始めたの。4年前まで全部紙だったから」
「愛梨が入社した頃?」
「それより少し後かな。副社長が今の人に代わるまで、昔の流れが変えられなかったんだって」
そんな話をしながら、まずは雪哉が手にしていたリングファイルを元に戻すために棚番号を確認する。棚の空いていたスペースを見つけ出すと、雪哉から重たいファイルを受け取ろうと手を伸ばす。
「数字の順番でいい?」
「え……あ、うん。ありがとう…」
だが愛梨より早く、雪哉が自分でファイルを収めていってしまう。完全に課の雑用を手伝わせてしまって申し訳ない気持ちだ。雪哉も忙しいだろうし、急がなくては。
「で、仕様書がここ。最初に渡したやつ無香料タイプだったよね? 香りが違うのって他に3種類あるんだけど…」
「全部借りて行こうかな。それも総務に申告した方がいい?」
総務課の担当者より、雪哉の方がよっぽどリスクマネジメントがしっかりしている気がする。こうして確認してくれるので愛梨は密かに感心したが、それについての心配は無用だ。
「大丈夫だよ。『上層部からちゃんと許可もらってるから、通訳さんのご随意に』だって」
先程電話で言われた言葉をそっくりそのまま申し伝え、棚からファイルを引き抜く。パラパラと捲って返却された資料を元の場所に戻すと、今度は依頼されていた別香料タイプのものを探して雪哉に手渡す。
「あと、同じ製品で小容量タイプのやつもあって……」
それは少しだけ、棚番号が異なる。小容量のものは通常製品ではなく、トラベル用品や試供品として扱われているので―――上の棚だ。
壁側に寄せてあった2段の脚立を引っ張り出すと、そこに足を掛ける。高さで言うと30cmほど上昇したに過ぎないが、それで資料は容易く手に取れるようになった。
脚立の上でファイルを開くと、すぐに目的のものを見つける事が出来る。中から小容量タイプの仕様書を引き抜き、脚立から降りようとして、
脚立の金具に低いヒールが引っかかった。
「ふわっ!?」
「愛梨!」
右足の降下に伴って降りて来る筈の左足が、脚立の上に残された。円滑な動作を信じて疑っていなかった身体は咄嗟に反応が遅れ、足からはカクンと力が抜けてしまう。転ぶと気付いたのが先だったか、防衛反射が先だったのかは分からない。
気付くと身体は雪哉の腕の中に収まり、転倒しないようにとしっかり抱き留められていた。
「ご、ごめん。ユキ……」
「大丈夫? 怪我してない?」
なまじ大転倒するより恥ずかしい。転ばずに済んだ安堵と共に羞恥心を覚えて腕の中で謝罪するも、雪哉には愛梨の謝罪などそっちのけで怪我の確認をされてしまう。
確かにヒールが引っかかって転びそうにはなったが、雪哉のお陰で転倒はしていない。もちろん、怪我もしなかった。
「大丈夫、大丈夫。ユキこそ……」
痛くなかった? と訊こうとしたのに。
身体を少し離して見上げた表情に、思わず視線が奪われてしまう。雪哉は少し驚いたように目を見開いて、愛梨の瞳を覗き込んでいた。
思っていたより顔の距離が近い。雪哉とこんなに至近距離で見つめ合うのは、15年前のあの日以来だ。
(本当、カッコよくなったなぁ)
雪哉は私の王子様なの。友理香が食堂で言っていた言葉を思い出す。
短く切り揃えられたストレートの黒髪と綺麗に通った鼻筋とやや薄い唇は、確かに爽やかだ。一重の鋭利さと二重の柔らかさを良いとこ採りした奥二重は昔とあまり変わらないのに、他のパーツと相性がいいのか以前よりも男性らしく見える。肌と目と髪の色は日本人そのものだが、全体の印象から考えると確かに雪哉は王子様らしいのかもしれない。
(私が知ってるユキじゃないみたい)
そんな事を考えながら雪哉とじっと見つめ合ったのは、1秒にも満たない僅かな時間だったのか、それとも1分は経過していたのだろうか。
雪哉の黒い瞳が優しく揺れているのに気付き、はっと我に返る。
心配そうな顔をする雪哉にもう1度お礼を言って離れようとした愛梨の思考を、雪哉の言葉がまた掠め取った。
「愛梨。キスしてもいい?」
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