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最終章 Side:愛梨
6話
しおりを挟む週末、再び弘翔の家に遊びに来ると、一緒にご飯を食べて、テレビ放映されている映画を見た。
生理が終わってもう2週間以上が経ったし、これは本当に覚悟をしなければいけないかもしれない、と挙動不審になっている時だった。
「愛梨、河上さんの事が好きだろ?」
急に押し倒されるよりも驚いたかもしれない。ご飯を食べ終わった辺りから弘翔もそわそわしていたので、これは『来る』のかもしれないと勝手に身構えていた愛梨にとっては、まさに不意打ち。
隣に座っていた弘翔に突然予想もしていなかった言葉を投げ掛けられ、ぽかん…と口を空けたまま顔を見上げてしまう。
「俺さ、愛梨の事がずっと好きで」
愛梨のそんな顔を見た弘翔が、苦笑いを浮かべながら呟いた。
「3年間ぐらいかな。ずっと愛梨の事見てきたから、わかるんだ」
何を? というのは、聞かなくてもわかってしまう。溜息に似た吐息をそっと洩らした弘翔に、じっと瞳を見つめられる。見つめ返した瞳の奥にある感情は、かつての愛梨と同じ『小さな恋心』だ。
「愛梨が本当に好きなのは、俺じゃなくて河上さんだ」
「違うよ。そんなことない」
おおよそ想定していた言葉をそっくりそのまま告げられたので、用意していた言葉で即答する。
そんなことはない。弘翔の傍にいると安心できるし、楽しい。今までこんな気持ちになった事はなくて、この先もずっと弘翔の傍にいたいと思っている。
弘翔だって同じ気持ちだと思っていた。だからそんな事を聞かないで欲しい。聞かないで、言わないで、欲しいのに。
「じゃあ、俺とキスできる?」
けれど願いは届かず、更に熱の籠った声で確認されてしまう。愛梨が言葉と態度で『答え』を示す事を欲しているような顔をされてしまう。だからその言葉にも、即答する。
「当り前でしょ。何言ってるの」
出来るに決まっている。恋人同士で、好き同士なんだから。
そう答えると、突然弘翔に腕を掴まれて、その顔が近付いてきた。いつも優しい弘翔に焦ったように腕を押さえつけられて思わず身体が強張る。緊張感からきゅ、と目を閉じて首を竦めると、吐息がかかるほどまで顔を近付けた弘翔が、ぴたりと動きを止めた事がわかった。
宣言していたにも関わらず、口付けられなかったことに違和感を覚えてそっと目を開けると、至近距離で弘翔と目が合う。
「ほら」
「ちが…、そうじゃなくて…!」
弘翔に言われ、思わず大きな声が出る。乱暴に愛梨の腕を掴んでいた手が離れ、近付いていたはずの距離が開くと確かに身体からは力が抜けていった。
けれど違う。本当に、嫌だった訳じゃない。いつも優しい弘翔が、少し強めに腕を掴んだから驚いただけ。決して嫌だった訳ではないのに、遠ざかった温もりを永遠に失った心地がして急激に不安感を覚える。
「…ふ、っ……うぅ…」
弘翔に嫌われてしまった気がすると、不安と悲しみからぽろぽろと涙が零れてきた。止めようと思って拭っても、次から次へと涙が溢れてくる。
弘翔に嫌われたくない。ずっとそう思っていたのに、その気持ちを否定されたように感じて、つい感情的に溢れる涙を止められなくなってしまう。
「ごめんごめん、泣かなくていいよ。別に責めた訳じゃないんだ」
弘翔はいつもと同じ優しい声音で、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。溢れる涙を止めることが出来ないまま顔を上げると、骨張った指先がそっと涙を拭い取ってくれる。愛梨の好きな、優しくて男らしい手が。
「俺だって、愛梨を幸せにできるならそうしたい」
弘翔が少し困ったように笑う。だったら傍にいさせて欲しいという願いは、先に話し始めた言葉に遮られて音にはならなかった。
「けどこの前、ラウンジで話してるのを見た時に気付いたんだ。愛梨が俺に見せる表情と、河上さんに向ける表情が全然違ったから」
また、表情。
みんな同じ言葉を口にする。
まるで愛梨と雪哉がお互いに想い合っていて、周りはそれを知っているような言い方をされてしまう。そんなことは無いのに。愛梨自身はそんな事、思っていないのに。
「友理香ちゃんにも言われた…」
「ゆり…? ……ああ、細木さんか」
愛梨や玲子はプロジェクトメンバーではない割に友理香と仲が良いが、なじみのない弘翔には少し不思議な顔をされてしまう。弘翔の言葉に顎を引くと『そうなんだ』と微笑んでくれた。
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