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最終章 Side:愛梨
9話
しおりを挟む駅まで送ってくれるだけだと思っていた雪哉は、そのまま改札に入り、電車に乗り、愛梨の家の最寄り駅で降り、結局家まで愛梨を送り届けてくれた。
もちろん途中で何度も断ったが、雪哉は愛梨の話をひとつも聞いてくれなかった。少しぐらい人の話を聞いて欲しいと思うのに、抗議の言葉を口にしても雪哉はずっと上機嫌のまま。
「昔も傘さして並んで帰ったな、懐かしい」
「うん。よく傘壊して、お母さんに怒られた」
「愛梨だけだよ。すぐ振り回すんだから」
雪哉にまた笑われてしまう。それは昔の話で当然今はそんなことはしないが、雪哉には懐かしい思い出らしく話をしているだけで楽しそうだ。
「愛梨は昔から活発な子だったから。明るいのは同じだけど、今はすごく可愛くなった」
「……」
さらりと呟く雪哉に、また言葉を奪われてしまう。
こうして褒め言葉や甘い台詞を臆面もなく言えるところが、雪哉の1番の変化かもしれない。中学生の頃の雪哉は、他人に自然に『可愛い』と言うような人ではなかった。口数が少ない雪哉を、同級生は『大人っぽい』『クール』と評価するほどだったのに。
自然な流れで『可愛い』と言われた照れを誤魔化すために、俯きながら唇を尖らせる。
「それを言うならユキだよ。ユキは昔、物静かな子だったよ?」
「通訳が物静かだったら、仕事にならないだろ」
「それはそうだけど。見た目も中身も昔と全然違うよ。美少年が美男子になった感じ」
悔しい思いをしたから、やり返してやろうと子供じみた考えが思い浮かんだ。同じように見た目の成長を褒めたら答えに窮すると思ったのに、雪哉には溜息をつかれてしまう。
「それ、愛梨の好みに当てはまってる?」
「へっ?」
それどころか、中途半端に投げた球はあっさりと打ち返されてしまう。眼前に迫った言葉を上手く受け止めきれずに、思わず変な声が出た。
裏返った声を聞いてふと足を止めた雪哉が、じっと愛梨の顔を見つめてきた。昔は同じ目線だったのに、今は雪哉が少し下げなければならない視線を、そっと合わせて。
「たぶん褒められてるんだろうけど、愛梨が好きになってくれないと意味ないから」
「……あ、えと……」
「愛梨の彼氏は、細身だけど筋肉質だからな。俺ももう少し筋肉付けなきゃ、愛梨の好みにはならない?」
「えっ、いや、ユキはそのままでいいと思うよ?」
むしろ雪哉はそのままの方がいいと思う。整った顔立ちにスタイルの良さを兼ね備えているのだから、無理に余計な要素を入れる必要はない。
(っていうか、もう彼氏じゃないんだけど……)
雪哉の顔を正面から眺めながら、1度聞き逃した言葉を思い出す。
玲子には伝えたが、雪哉にはまだ弘翔と別れたことを伝えていない。何も知らない雪哉は当り前のように『愛梨の彼氏』と口にしたが、本当は弘翔とはもう付き合っていない。だから雪哉の認識は、間違っている。
けれど鋭い視線に熱い感情を乗せて距離を詰めてくる雪哉に、ありのままの状況を伝えてもいいのかとつい考えてしまう。雪哉に好かれている事は知っている。そしてその想いの『甘さ』と『激しさ』も知っている。
「愛梨、俺に何か報告する事はない?」
「…!?」
まるで心の中を読まれたのではないのかと思うほどの絶妙なタイミングで、そんな事を問い掛けられた。突然の変化球に思わず固まった愛梨の顔を見て、雪哉が首を傾げた。
弘翔と別れた事は、雪哉には話していない。雪哉は何も知らないはずなのに『報告』をせがまれてしまう。
「え…。ない、と思うけど…?」
それなら、偶然なのだろうか?
と思いつつ、そろりと知らないフリをする。そうでもしなければ、愛梨のすぐ後ろにある玄関ドア中にそのまま雪哉が押し入って来そうな気配がしたから。
「本当に?」
「う、うん」
自分がまた嘘を付いてる事に気付く。
元々人を騙したり傷付けたりするような悪質な嘘をつく人は嫌いだと思っていたのに、その『嫌いな人』に自分が成り下がっている事実に小さく自己嫌悪する。
心の中を覗き込まれないように雪哉に背を向けると、ポケットから鍵を取り出して、ドアの鍵穴に差し込む。1人分の傘に2人で入ったから、雪哉の肩が濡れてしまっている。家の中に上げるわけにはいかないけれど、タオルを貸す事ぐらいは出来る。
だからタオルを渡して、すぐに帰ってもらおう。これ以上雪哉の傍で考え事をしていても、自分の気持ちを理解するどころかどんどん迷走してしまいそうだから。
開錠した扉を引くと、自分で想定していたよりも軽く扉が開く。フワリと滑った扉から手が離れると、背後に立っていた雪哉に、急に身体を押された。
「ちょ、ユキ…!?」
驚いて顔を上げると、至近距離で雪哉と目が合う。びっくりして後退した身体は雪哉の手のひらにグッと掴まれた。さらに身体を押され、玄関の中まで入ったところで、今度は思い切り抱き寄せられる。雪哉が後ろ手に閉めた扉の向こうで、カシャン、パキッと金属がぶつかる高い音がした。それはきっと、傘が床に落ちて壊れた音――
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