約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

文字の大きさ
73 / 95
最終章 Side:愛梨

10話

しおりを挟む

「愛梨……俺を見て」
 
 顔を近付けてきた雪哉が間近で囁く。吐息が頬にかかりそうな程の距離で、声をワントーン落とした雪哉の視線に、どくん、と心臓が音を立てた。

 扉を閉めた雪哉の右腕はいつの間にか腰の後ろに回り、逃げ道を与えないよう強く身体を抱いている。

 心臓が口から出てきてしまうのではと思う程、強烈な心音が全身に響く。けれど実際に口から心臓が出て来ることはなかった。驚きの感情の出口を、近付いてきた雪哉の唇が塞いでしまったから。

「…っ、…!」

 見開いた目と雪哉の視線が絡み合う。驚いて脱力した手から、バッグがするりと抜けて床に落ちる。雪哉は足元に落下した塊の存在など気にも留めないまま、重なった唇の上を舌先でゆっくりと辿っていった。

 唇の端を舌で撫でられ、熱の侵入を予覚した唇と目を同時にきゅっと結ぶ。そんな僅かな抵抗に気付いた雪哉が、そっと離れて小さく笑った。

「そんな可愛い抵抗ある?」

 ふっと微笑んだ声が耳に届く前に、再び距離が縮まる。雪哉の左手が後頭部を抱き寄せ、荒々しく愛梨の自由を奪い取った。少し強めに上を向かされたことに驚いて、抗議の台詞を紡ごうとした。

 けれど再び唇を奪われ、言葉は無情にも喉の奥に消えてしまう。

「ゆ、…んぅ、…」

 開いていた唇の中に熱い舌が侵入してきて、今度はそのまま深く攫われてしまう。身体の動きを奪われて抵抗も出来ない拘束感の中で知る雪哉の熱は、火傷しそうな程に熱くて、蜜のように甘い。逃げようと引っ込めても、雪哉の舌は愛梨の舌を執拗に追い詰めてくる。

 視界がとろりと霞む。『俺を見て』と言った雪哉の瞳が今どこを見つめているのか、もうわからない。じわりと浮かんだ涙が視界を濡らして、呼吸と心音のリズムをめちゃくちゃに乱していく。

「…ゃ、ふぁ、…」

 身体を離そうと動かした手にも、上手く力が入らない。全身から力が抜けそうになり、思わず雪哉の胸に縋る。掴んだスーツやシャツが皺になってしまうかもしれない事にも気遣えず、指先は必死に雪哉の胸を掻き掴んだ。

「ん…っ、ん、…う」

 ぬるりとした柔らかくて温かい舌が、未知の箇所は1つも余さず知り尽くそうと丁寧に口内を撫でていく。次第に口の中いっぱいに唾液が溢れて、息が苦しくなってきた。愛梨の全てを味わうように動いていた雪哉の舌が少し離れると、今度は唇が動いて余った水分をじゅっと吸い上げた。

 程なくして雪哉の喉がこくんと鳴った音を聞いて、2人分の混ざった唾液を飲み込まれたのだと知る。自由を奪われている所為でやけに鮮明に音を拾う耳までが、かぁっと強い熱を持った。

 こんな恥ずかしいキス、したことがない。

「……っと。……大丈夫?」

 羞恥心と快感に負けた身体から、カクンと力が抜けた。身体の位置が急に下がった事に驚いて、雪哉が身体を離してくれた。けれど腰に回された右腕はそのままで、床に膝を突くことなく途中で身体の落下が止まる。

「はぁ…、…っ、は…」

 ようやくまともな呼吸が出来るようになっても、まだ頭がぼーっとする。力が抜けた時に離れた雪哉の左手が、愛梨の身体を更に引っ張り上げてくれた。

「ごめん、気持ち良すぎた?」

 くすくすと笑う声と意地悪な台詞が響いて、一瞬で思考が覚醒する。けれど反論は出てこない。

 何とか足に力を入れて踏ん張ると、熱を帯びた雪哉の瞳がじっと愛梨の顔を覗き込んできた。

「今日は『浮気になる』って言わないんだ?」
「……!」

 真実を見破られたような心地がして、思わず顔を背ける。ついでにぎゅっと目を閉じてみるけれど、現実は何も変わらない。

 言わない。だって、浮気にはならないから。もう弘翔とは別れてしまったから『浮気だ』なんて言えない。

 俯いていると、雪哉の優しい問い掛けと熱を持った吐息が再び耳朶にかかった。

「俺の事、まだ好きになってくれない?」
「な……なら、ないよ…」
「……そう。ほんと、素直じゃないな」

 溜息をつく雪哉の言う通りだ。素直じゃない。子供の頃みたいに、素直じゃなくなってしまった。

 弘翔は、別れの理由を『愛梨と雪哉が両想いだと知ったから』だと語った。

 でも違う。今の愛梨は、雪哉の事が好きなわけじゃない………はずだから。

 もうただの幼馴染みではないと思う。幼い頃からよく知っていると言うだけでこんなキスはしないことぐらい、流石に分かる。けれど雪哉の事を好きなのか? と問われれば、やっぱり即答はできない。自分の心を、素直に受け入れられない。

「まぁ、言わせても仕方がないか。愛梨が自分から言ってくれないと」

 愛梨に決定打を言わせようとしていたらしい雪哉が、諦めてそっと離れた。密着していた距離が開き温度が遠のくと、急速に思考がクリアになる。

 そのまま愛梨の家を後にしようとした雪哉が、ふと動きを止めて振り返った。少し困ったように笑った雪哉の視線と声は『執着心』を超えた甘さを帯びている。そしてひどく優しい声で、愛梨に小さな魔法をかける。あるいはまじないか、呪いのように。

「愛梨、早く俺を好きになって。次は多分、止められないから」

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...