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序幕&第一幕
「あんたは、ボクの獲物だ。」~月は太陽を追う~
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ほしい。ほしい。
ボクは、ソールがほしい。
魂の底からの、渇望。
殺してでも、手に入れる。
序幕
ああ、これで終わりなんだ。
目の前に迫る、巨大な牙に、ボクは死を覚悟した。
ボクの喉なんて、簡単に食い千切るんだろう、と。
でも。
激痛は訪れなかった。
代わりに空気を裂いたのは、
「燃え上がれ、烈火の剣!」
力強い声と、鮮烈な紅。
ボクの目の前にいた魔獣の体を、天から降った炎の剣が貫いた。
燃え盛る炎が、瞬き数回ほどの間に、魔獣の体を無に帰した。
熊ほどの大きさだった、巨大な三つ首の魔犬を。
魔獣が消滅した後は、ころん、と小さな石が転がった。ああ、あれが魔獣の核か、とボクは痺れた頭でぼんやりと考えた。
真昼以上の眩さで闇を払った炎は、そのまま燃え続けている。
ボクは、炎が照らしだすその人を、呆然と見上げていた。いや、見惚れていた。
一目で目に焼きつく、戦慄の紅。
燃え上がる炎のような紅の髪と、それよりさらに濃く深い、最高級の紅玉の瞳。
整った顔立ちなのに、背筋が寒くなるほど恐ろしい。そういう類の美しさがあることを、ボクはあの夜に初めて知った。
十三、四歳の少年なのに、その目は、地獄を見てきたように荒んでいて、どんな修羅場をくぐってきたのかと思わせた。
「っ、あ、あのっ…。」
と、必死で上げた声は、かすれていた上に震えていた。腹に力を入れて、声を搾り出す。
「助けてくれて、ありが。」
「てめえを助けたわけじゃねえ。」
お礼の言葉を遮った声は、冷ややかで、突き放す響きしかなかった。
それなのに、その堂々とした姿に、胸が熱くなったのを覚えている。
たった一人で戦って、勝利を収めている。そういう生き方をしている人なんだと。
「オレの獲物を狩っただけだ。」
それが、ソール・アルバとの出逢い。
ボクが、生涯追い求めることになる相手との、邂逅の夜。
第一幕
「へえ、暁の劫火がこの街にねえ。」
「ってことは、高位魔獣の襲撃でもあるってことかい?とっとと街出た方が良さそうだな。」
「そうと決まったわけでもねえだろ。ふらっと立ち寄っただけかもしれんぞ。」
「だが、用心にこしたことはねえだろう。なんせ、奴は、高位魔獣を追って旅をしてるってことだからな。」
「高位魔獣なんて、ギルドのSランクパーティーが、数人がかりでやっと倒せるかどうかって強さだろう。そんなのにたった一人で立ち向かって倒すなんざ、ありゃ人間とは思えんね。」
「まったくだ。しかも、それが十五のガキだっつーんだから、末恐ろしいぜ。」
黄昏の薄闇が支配する時間の酒場。まだ本格的なにぎわいを見せてはいないが、ぽつりぽつりと埋まりだした席の一角に集まった男たちは、噂話に興じていた。
対魔物用の装備と、ハンターのランクを刻んだ幻の銀のプレート。プレートは、その形から、銀の五芒星と呼ばれる、魔獣を狩るハンターの証だ。彼らにとって、様々な話が飛び交う酒場は、情報収集の場でもある。一杯ひっかけたほろ酔い気分で口調は軽いが、生活がかかっているだけに、理性も多少は残っている。
今、彼らの話題にしているのは、一人の少年ハンターについて。
「奴の父親も凄腕のハンターだったな。」
「ああ、それでも最高位魔獣には手も足も出なかったって話だが?」
「そんなのと自分からやりあおうなんて、暁の劫火の気が知れん。命が惜しくないのかねえ?」
「関わり合いにならねえのが一番だな。それで暁の劫火は、街のどの辺りにいるんだ?」
「それは…。」
声がひそめられた、その時。
「その話、もっと詳しく聞かせてくれない?」
唐突に割りこんで来た声に、男たちは、一斉に振り向いた。
その声を発したのが、あまりにも場違いに見える子どもだったからだ。
年の頃は、十一か、二。可憐で清楚な美貌は少女にしか見えないが、射抜くように男たちに向けられた視線の剣呑さは、少年のものだった。
月光で織り上げたような淡い金の髪をうなじで一つにまとめている。瞳の色は、緑がかった水色で、光の加減でアクアマリンともエメラルドとも見えた。
色白で小柄で華奢で、儚げな姫君のような容姿なのに、その表情の勝気さがアンバランスだ。
「おいおい、お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんのような子どもが来るところじゃ。」
ダンッ!!
と、小袋がテーブルに叩き付けられた。勢いが激しすぎて、紐がほどけ、中身が散らばる。
「!!」
その輝きに男達は言葉を失う。
魔獣の核だった。
ざっと見て、五十はくだらないだろう。
それは、この少年が、それだけの魔獣を狩って来た証なのだ。
少年は、細い首を飾る鎖に指をかけ、服の下に隠れていたペンダントトップを引き出す。銀の五芒星。ハンターの証である真の銀のプレートを。
刻まれた名前は、ディアナ・エクリッシ。ランクは、A。最高位のSに次ぐ実力者だった。
「Aランクハンター!?」
「信じられん…こんな細っこいガキが…。」
「だが、見ろよ。この核。グリフォンにヒュドラに、人食い獅子、オルトロス、こっちはヴァンパイアだ。」
男たちもハンター。核を見れば、その魔獣がわかる。自分が実際に倒していなくても、ギルドに見本は展示してあるし、書物もある。
魔獣の核には、様々な効能がある。万病に効く薬になる物、逆に強力な毒となる物。土に埋まれば、土壌を肥沃に変える物、逆に森を一夜にして砂漠に変えてしまう物。無限の水を生み出す物、逆に湖を干上がらせる物。魔力を増幅する物や、魔法を込められる物。
強い魔獣の核ほど、強力な効能があり、レア度も高く、高額で取引される。それゆえ、ハンターにとって、強さとはそのまま富に直結する。
「言っとくけど、本物だよ。」
と、少年…プレートに刻まれた名前によればディアナは、核の一つをつかむ。
「見てな。」
と、言うが早いが、無造作に放り投げた。
ピキッピキッピキッ!!
空気を軋ませる音とともに、核が投げられた場所が分厚い氷に覆われていく。ピュウッと、肌を裂く冷気が駆け抜け、あちこちで悲鳴、怒号が上がる。
魔力を込められる核は、庶民が一月食いつなげるほどの額で取引される貴重なものだが、この少年は、それを惜しげもなく使った。まるで、この程度の核の魔獣なら、いつでもたやすく狩れるのだと言わんばかりに。
「取引だ。」
と、ディアナは男たちに言い放つ。
「暁の劫火の居場所を教えてくれるなら、核はあんた達の物だ。」
ブルー・グリーンの瞳が光る。男達は、息子ほどの年の子どもに、気圧されたように息を呑む。
「悪い話じゃないだろ。」
「お、おう。」
と、ぎくしゃくと頷いて、暁の劫火の居場所を告げたのは、魔物の核に目が眩んだというより、少女のような見た目を裏切るこの少年の迫力に押し切られたのが大きい。それでも、当然、
「じゃあ、これはいただいていくぜ。」
と、核に手を伸ばした。しかし。
「やめときな。」
と、その手を軽く押さえられる。
「マスター?」
酒場の主人は、抗議の声を上げられても、動じなかった。
「面倒ごとはごめんだ。それは持って帰りな。」
と、ディアナに告げる。
ディアナは、眉をひそめた。酒場の主人は、構わず言葉を重ねる。
「君子、危うきに近寄らずってな。暁の劫火なんてやべえ奴とは、関わりにならねえのが一番さ。あんたは、暁の劫火が一時期、連れ歩いてたガキだろう。どういう理由で奴を追ってんのかは知らねえが、あんたとも、関わりになりたくないね。ウチを妙な取引に使ってもらっちゃ困る。」
男たちが、ぎょっとした顔を見合わせた。
「暁の劫火の、連れ…?」
「パーティーを組まない一匹狼の…?」
男達の上ずった声を、涼しい顔で聞き流し、ディアナは
「やれやれ。嫌われたものだなあ。まあ、目的を果たしたから、後はどうでもいいけど。」
と、核の入った小袋を拾い上げる。本当に、目的以外のことに、一切興味がないのだろう。あっさりと店を出て行った。
☆
爆炎が上がる。
全てを無に帰す、無慈悲な朱金が、緑の森を蹂躙していく。
地獄の劫火だ。
ディアナは、珊瑚色の唇をつり上げた。
「相変わらず派手だね、ソール。」
空を切り取ったアクアマリンの双眸が、ギラリと熱を帯びる。
「見つけやすくて、助かるよ。」
危険な輝きをその瞳に孕ませて、射抜くように相手を見据える。
(何か月ぶりだろう。)
ディアナの鼓動がどくどくと高鳴る。肌が火照るのは、周囲に燃え広がる炎のせいではなく、自身の胸に焼け付く憎悪だ。
ディアナにソールと呼ばれた少年は、肩ごしに振り向き、冷たい横顔を見せているだけだ。ディアナに向き直ることもない。
炎の化身のような少年だった。
燃え立つような真紅の髪に、ルビーの瞳。肌が白いせいで、コントラストが一際鮮やかだ。
顔立ちは整っているが、甘さとは無縁で、近寄り難い威圧を放っている。ディアナの、にっこり笑えば可憐な姫君で通る愛らしさとは真逆の容姿だ。
その眼差しの苛烈さに、身を焼かれる思いがする。
ソールの足元には、魔獣の核が転がっている。白銀の光沢を放つそれが、双頭の竜の物だということくらい、ディアナにはわかる。本来は、Sランクのハンターが、数人がかりで狩る、高位魔獣だ。
ソールは、かすり傷一つ負っていない。
(憎ったらしいくらいに強い…。一人で何でもできるって?)
ディアナは、苛立ちのままに、尖った声を投げつけていた。
「何とか言ったら?あんたがいるって教えられた宿屋に行ったら、もう発った後だって聞いて、慌てて追いかけてきたんだけど?」
「何の用だ。」
返された声は、美しかったが、氷の刃のようだった。冷たく鋭く、ディアナの耳朶と心に食い込む。
「はあ?そんなの決まってるじゃないか。」
視線で穴が開けられるなら、ソールの身も心も、この目で貫いてやりたい。一生消えない傷を刻んでやりたい。ディアナはほとんど本気でそう思う。
「あんたは、ボクの獲物だ。」
高く澄んだ、幼さを多分に残す声音が、激情で軋む。
「あんたを狩りに来た。」
☆
「吹雪け、六花の舞!!」
ディアナの白く小さな手から放たれたのは、きらきらと光り輝く、純白の冷たい刃。一つ一つが形の異なる六角形、雪の結晶は、一見優美で幻想的で、儚げでさえある。しかし、烈風に乗って襲い掛かる雪華は、自然のそれとは異なり、触れた途端に肌を裂き、裂いた傷から肌を、肉を、骨までも凍てつかせていく、凶器だ。
視界がきかなくなるほどの吹雪は、しかし、標的の肌に爪を立てる前に。
「食らい尽くせ、煉獄の獣!!」
燃え盛る炎でできた、朱金の獅子によって阻まれる。
ソールが放った獅子は、まとう炎によって、雪の刃を一瞬で蒸発させる。
吹雪の中に突っ込んだ獅子は、純白の刃を一かけらも残さずに消し飛ばしたが、火勢の方は全く衰えない。
「行け。」
と、ソールは低く炎の獅子に命じた。煉獄の獣は、そのまま、ディアナに襲い掛かる。
ガアッと開いたあぎとは、ディアナの小さな体を一呑みにするかに見えた。
「くっ…。」
ディアナは、珊瑚色の唇をかみしめてうめく。
「雪崩よ、白魔の進撃!!」
ドドドッと、雪煙をあげて、雪の大波が炎の獅子に迫る。
炎の獅子を呑みこんだところで、唐突に雪崩が消えた。
ディアナは、がくりと膝をつく。
崩れ落ちる勢いだったため、膝が擦れて血が滲んだ。
こめかみからは、汗が滴り落ちる。ぜいぜいと、肩で大きく息をする、ディアナの細い首筋に。
「燃え上がれ、烈火の剣。」
炎の刃が突きつけられた。ぎりぎり触れていないのに、熱気で肌が炙られる。
ソールが、真紅の瞳でディアナを見下ろしていた。
鮮血を結晶にしたような、眩暈がするほど鮮やかな紅。最高級のルビーでさえ、ここまで艶やかな色彩はもたないと、ディアナは思う。
華やかに人を惹きつけるが、ソールの瞳からは、感情は一切読み取れない。
(くそっ…。)
ディアナは、胸の内に、焼け付く激情が渦巻くのを感じる。感情的になって怒りをぶつけたところで、ソールから何も返ってはこないと知りながら、それでも叫ばずにはいられない。
「なんだよっ…そんな目で見てないで、殺せばいい!!簡単だろ、あんたには!!」
「おまえなど、殺す価値もない。」
心を凍てつかせるような、冷ややかな声だった。
炎の刃は、あっさりとディアナの喉元を離れ、ソールの手中から消え失せる。
ディアナの目の奥が熱くなる。(こいつの前で泣いてたまるか。)と、歯を喰いしばった。奥歯が軋む音がする。
「ああそう!でも、殺さないなら、ボクはずっと、あんたを追うよ。」
ディアナは、食い入るように、射殺すように、ソールをねめつける。
「地の果てでも、地獄の底でも。あんたを必ず追い詰めてやるっ…。」
可憐な容姿に似合わない、執念を感じさせる震えた声が。
氷のような無表情だったソールの顔に、初めて、苛立ちを生んだ。
獣のように獰猛に唸り、瞋恚の炎が燃える瞳で、ディアナを睨みつける。
ルビーの内側に、烈火が宿ったようだった。
「おまえごときがオレに敵う日は、永遠に来ねえよ。いい加減に諦めろ。」
「ふざけんなっ!!あきらめられるなら、こんなことしているもんかっ!!」
肺が空になるほどの声で叫んでー。それがディアナの最後の力だった。
(…あっ…。)
ぷつん、と。
糸が切れるように、ディアナの意識が闇に沈んだ。
ディア、と。
懐かしい呼び方が耳朶に届いたのも、崩れ落ちる体を抱き留めた腕のぬくもりも。
(たぶん、ボクの見た、都合のいい夢だ。)
わかってる、とディアナは自分に言い聞かせる。
(夢でいい。今だけ、夢を見させて。)
「ソール。」
この声がもう、届かないことを、知っているから。
ボクは、ソールがほしい。
魂の底からの、渇望。
殺してでも、手に入れる。
序幕
ああ、これで終わりなんだ。
目の前に迫る、巨大な牙に、ボクは死を覚悟した。
ボクの喉なんて、簡単に食い千切るんだろう、と。
でも。
激痛は訪れなかった。
代わりに空気を裂いたのは、
「燃え上がれ、烈火の剣!」
力強い声と、鮮烈な紅。
ボクの目の前にいた魔獣の体を、天から降った炎の剣が貫いた。
燃え盛る炎が、瞬き数回ほどの間に、魔獣の体を無に帰した。
熊ほどの大きさだった、巨大な三つ首の魔犬を。
魔獣が消滅した後は、ころん、と小さな石が転がった。ああ、あれが魔獣の核か、とボクは痺れた頭でぼんやりと考えた。
真昼以上の眩さで闇を払った炎は、そのまま燃え続けている。
ボクは、炎が照らしだすその人を、呆然と見上げていた。いや、見惚れていた。
一目で目に焼きつく、戦慄の紅。
燃え上がる炎のような紅の髪と、それよりさらに濃く深い、最高級の紅玉の瞳。
整った顔立ちなのに、背筋が寒くなるほど恐ろしい。そういう類の美しさがあることを、ボクはあの夜に初めて知った。
十三、四歳の少年なのに、その目は、地獄を見てきたように荒んでいて、どんな修羅場をくぐってきたのかと思わせた。
「っ、あ、あのっ…。」
と、必死で上げた声は、かすれていた上に震えていた。腹に力を入れて、声を搾り出す。
「助けてくれて、ありが。」
「てめえを助けたわけじゃねえ。」
お礼の言葉を遮った声は、冷ややかで、突き放す響きしかなかった。
それなのに、その堂々とした姿に、胸が熱くなったのを覚えている。
たった一人で戦って、勝利を収めている。そういう生き方をしている人なんだと。
「オレの獲物を狩っただけだ。」
それが、ソール・アルバとの出逢い。
ボクが、生涯追い求めることになる相手との、邂逅の夜。
第一幕
「へえ、暁の劫火がこの街にねえ。」
「ってことは、高位魔獣の襲撃でもあるってことかい?とっとと街出た方が良さそうだな。」
「そうと決まったわけでもねえだろ。ふらっと立ち寄っただけかもしれんぞ。」
「だが、用心にこしたことはねえだろう。なんせ、奴は、高位魔獣を追って旅をしてるってことだからな。」
「高位魔獣なんて、ギルドのSランクパーティーが、数人がかりでやっと倒せるかどうかって強さだろう。そんなのにたった一人で立ち向かって倒すなんざ、ありゃ人間とは思えんね。」
「まったくだ。しかも、それが十五のガキだっつーんだから、末恐ろしいぜ。」
黄昏の薄闇が支配する時間の酒場。まだ本格的なにぎわいを見せてはいないが、ぽつりぽつりと埋まりだした席の一角に集まった男たちは、噂話に興じていた。
対魔物用の装備と、ハンターのランクを刻んだ幻の銀のプレート。プレートは、その形から、銀の五芒星と呼ばれる、魔獣を狩るハンターの証だ。彼らにとって、様々な話が飛び交う酒場は、情報収集の場でもある。一杯ひっかけたほろ酔い気分で口調は軽いが、生活がかかっているだけに、理性も多少は残っている。
今、彼らの話題にしているのは、一人の少年ハンターについて。
「奴の父親も凄腕のハンターだったな。」
「ああ、それでも最高位魔獣には手も足も出なかったって話だが?」
「そんなのと自分からやりあおうなんて、暁の劫火の気が知れん。命が惜しくないのかねえ?」
「関わり合いにならねえのが一番だな。それで暁の劫火は、街のどの辺りにいるんだ?」
「それは…。」
声がひそめられた、その時。
「その話、もっと詳しく聞かせてくれない?」
唐突に割りこんで来た声に、男たちは、一斉に振り向いた。
その声を発したのが、あまりにも場違いに見える子どもだったからだ。
年の頃は、十一か、二。可憐で清楚な美貌は少女にしか見えないが、射抜くように男たちに向けられた視線の剣呑さは、少年のものだった。
月光で織り上げたような淡い金の髪をうなじで一つにまとめている。瞳の色は、緑がかった水色で、光の加減でアクアマリンともエメラルドとも見えた。
色白で小柄で華奢で、儚げな姫君のような容姿なのに、その表情の勝気さがアンバランスだ。
「おいおい、お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんのような子どもが来るところじゃ。」
ダンッ!!
と、小袋がテーブルに叩き付けられた。勢いが激しすぎて、紐がほどけ、中身が散らばる。
「!!」
その輝きに男達は言葉を失う。
魔獣の核だった。
ざっと見て、五十はくだらないだろう。
それは、この少年が、それだけの魔獣を狩って来た証なのだ。
少年は、細い首を飾る鎖に指をかけ、服の下に隠れていたペンダントトップを引き出す。銀の五芒星。ハンターの証である真の銀のプレートを。
刻まれた名前は、ディアナ・エクリッシ。ランクは、A。最高位のSに次ぐ実力者だった。
「Aランクハンター!?」
「信じられん…こんな細っこいガキが…。」
「だが、見ろよ。この核。グリフォンにヒュドラに、人食い獅子、オルトロス、こっちはヴァンパイアだ。」
男たちもハンター。核を見れば、その魔獣がわかる。自分が実際に倒していなくても、ギルドに見本は展示してあるし、書物もある。
魔獣の核には、様々な効能がある。万病に効く薬になる物、逆に強力な毒となる物。土に埋まれば、土壌を肥沃に変える物、逆に森を一夜にして砂漠に変えてしまう物。無限の水を生み出す物、逆に湖を干上がらせる物。魔力を増幅する物や、魔法を込められる物。
強い魔獣の核ほど、強力な効能があり、レア度も高く、高額で取引される。それゆえ、ハンターにとって、強さとはそのまま富に直結する。
「言っとくけど、本物だよ。」
と、少年…プレートに刻まれた名前によればディアナは、核の一つをつかむ。
「見てな。」
と、言うが早いが、無造作に放り投げた。
ピキッピキッピキッ!!
空気を軋ませる音とともに、核が投げられた場所が分厚い氷に覆われていく。ピュウッと、肌を裂く冷気が駆け抜け、あちこちで悲鳴、怒号が上がる。
魔力を込められる核は、庶民が一月食いつなげるほどの額で取引される貴重なものだが、この少年は、それを惜しげもなく使った。まるで、この程度の核の魔獣なら、いつでもたやすく狩れるのだと言わんばかりに。
「取引だ。」
と、ディアナは男たちに言い放つ。
「暁の劫火の居場所を教えてくれるなら、核はあんた達の物だ。」
ブルー・グリーンの瞳が光る。男達は、息子ほどの年の子どもに、気圧されたように息を呑む。
「悪い話じゃないだろ。」
「お、おう。」
と、ぎくしゃくと頷いて、暁の劫火の居場所を告げたのは、魔物の核に目が眩んだというより、少女のような見た目を裏切るこの少年の迫力に押し切られたのが大きい。それでも、当然、
「じゃあ、これはいただいていくぜ。」
と、核に手を伸ばした。しかし。
「やめときな。」
と、その手を軽く押さえられる。
「マスター?」
酒場の主人は、抗議の声を上げられても、動じなかった。
「面倒ごとはごめんだ。それは持って帰りな。」
と、ディアナに告げる。
ディアナは、眉をひそめた。酒場の主人は、構わず言葉を重ねる。
「君子、危うきに近寄らずってな。暁の劫火なんてやべえ奴とは、関わりにならねえのが一番さ。あんたは、暁の劫火が一時期、連れ歩いてたガキだろう。どういう理由で奴を追ってんのかは知らねえが、あんたとも、関わりになりたくないね。ウチを妙な取引に使ってもらっちゃ困る。」
男たちが、ぎょっとした顔を見合わせた。
「暁の劫火の、連れ…?」
「パーティーを組まない一匹狼の…?」
男達の上ずった声を、涼しい顔で聞き流し、ディアナは
「やれやれ。嫌われたものだなあ。まあ、目的を果たしたから、後はどうでもいいけど。」
と、核の入った小袋を拾い上げる。本当に、目的以外のことに、一切興味がないのだろう。あっさりと店を出て行った。
☆
爆炎が上がる。
全てを無に帰す、無慈悲な朱金が、緑の森を蹂躙していく。
地獄の劫火だ。
ディアナは、珊瑚色の唇をつり上げた。
「相変わらず派手だね、ソール。」
空を切り取ったアクアマリンの双眸が、ギラリと熱を帯びる。
「見つけやすくて、助かるよ。」
危険な輝きをその瞳に孕ませて、射抜くように相手を見据える。
(何か月ぶりだろう。)
ディアナの鼓動がどくどくと高鳴る。肌が火照るのは、周囲に燃え広がる炎のせいではなく、自身の胸に焼け付く憎悪だ。
ディアナにソールと呼ばれた少年は、肩ごしに振り向き、冷たい横顔を見せているだけだ。ディアナに向き直ることもない。
炎の化身のような少年だった。
燃え立つような真紅の髪に、ルビーの瞳。肌が白いせいで、コントラストが一際鮮やかだ。
顔立ちは整っているが、甘さとは無縁で、近寄り難い威圧を放っている。ディアナの、にっこり笑えば可憐な姫君で通る愛らしさとは真逆の容姿だ。
その眼差しの苛烈さに、身を焼かれる思いがする。
ソールの足元には、魔獣の核が転がっている。白銀の光沢を放つそれが、双頭の竜の物だということくらい、ディアナにはわかる。本来は、Sランクのハンターが、数人がかりで狩る、高位魔獣だ。
ソールは、かすり傷一つ負っていない。
(憎ったらしいくらいに強い…。一人で何でもできるって?)
ディアナは、苛立ちのままに、尖った声を投げつけていた。
「何とか言ったら?あんたがいるって教えられた宿屋に行ったら、もう発った後だって聞いて、慌てて追いかけてきたんだけど?」
「何の用だ。」
返された声は、美しかったが、氷の刃のようだった。冷たく鋭く、ディアナの耳朶と心に食い込む。
「はあ?そんなの決まってるじゃないか。」
視線で穴が開けられるなら、ソールの身も心も、この目で貫いてやりたい。一生消えない傷を刻んでやりたい。ディアナはほとんど本気でそう思う。
「あんたは、ボクの獲物だ。」
高く澄んだ、幼さを多分に残す声音が、激情で軋む。
「あんたを狩りに来た。」
☆
「吹雪け、六花の舞!!」
ディアナの白く小さな手から放たれたのは、きらきらと光り輝く、純白の冷たい刃。一つ一つが形の異なる六角形、雪の結晶は、一見優美で幻想的で、儚げでさえある。しかし、烈風に乗って襲い掛かる雪華は、自然のそれとは異なり、触れた途端に肌を裂き、裂いた傷から肌を、肉を、骨までも凍てつかせていく、凶器だ。
視界がきかなくなるほどの吹雪は、しかし、標的の肌に爪を立てる前に。
「食らい尽くせ、煉獄の獣!!」
燃え盛る炎でできた、朱金の獅子によって阻まれる。
ソールが放った獅子は、まとう炎によって、雪の刃を一瞬で蒸発させる。
吹雪の中に突っ込んだ獅子は、純白の刃を一かけらも残さずに消し飛ばしたが、火勢の方は全く衰えない。
「行け。」
と、ソールは低く炎の獅子に命じた。煉獄の獣は、そのまま、ディアナに襲い掛かる。
ガアッと開いたあぎとは、ディアナの小さな体を一呑みにするかに見えた。
「くっ…。」
ディアナは、珊瑚色の唇をかみしめてうめく。
「雪崩よ、白魔の進撃!!」
ドドドッと、雪煙をあげて、雪の大波が炎の獅子に迫る。
炎の獅子を呑みこんだところで、唐突に雪崩が消えた。
ディアナは、がくりと膝をつく。
崩れ落ちる勢いだったため、膝が擦れて血が滲んだ。
こめかみからは、汗が滴り落ちる。ぜいぜいと、肩で大きく息をする、ディアナの細い首筋に。
「燃え上がれ、烈火の剣。」
炎の刃が突きつけられた。ぎりぎり触れていないのに、熱気で肌が炙られる。
ソールが、真紅の瞳でディアナを見下ろしていた。
鮮血を結晶にしたような、眩暈がするほど鮮やかな紅。最高級のルビーでさえ、ここまで艶やかな色彩はもたないと、ディアナは思う。
華やかに人を惹きつけるが、ソールの瞳からは、感情は一切読み取れない。
(くそっ…。)
ディアナは、胸の内に、焼け付く激情が渦巻くのを感じる。感情的になって怒りをぶつけたところで、ソールから何も返ってはこないと知りながら、それでも叫ばずにはいられない。
「なんだよっ…そんな目で見てないで、殺せばいい!!簡単だろ、あんたには!!」
「おまえなど、殺す価値もない。」
心を凍てつかせるような、冷ややかな声だった。
炎の刃は、あっさりとディアナの喉元を離れ、ソールの手中から消え失せる。
ディアナの目の奥が熱くなる。(こいつの前で泣いてたまるか。)と、歯を喰いしばった。奥歯が軋む音がする。
「ああそう!でも、殺さないなら、ボクはずっと、あんたを追うよ。」
ディアナは、食い入るように、射殺すように、ソールをねめつける。
「地の果てでも、地獄の底でも。あんたを必ず追い詰めてやるっ…。」
可憐な容姿に似合わない、執念を感じさせる震えた声が。
氷のような無表情だったソールの顔に、初めて、苛立ちを生んだ。
獣のように獰猛に唸り、瞋恚の炎が燃える瞳で、ディアナを睨みつける。
ルビーの内側に、烈火が宿ったようだった。
「おまえごときがオレに敵う日は、永遠に来ねえよ。いい加減に諦めろ。」
「ふざけんなっ!!あきらめられるなら、こんなことしているもんかっ!!」
肺が空になるほどの声で叫んでー。それがディアナの最後の力だった。
(…あっ…。)
ぷつん、と。
糸が切れるように、ディアナの意識が闇に沈んだ。
ディア、と。
懐かしい呼び方が耳朶に届いたのも、崩れ落ちる体を抱き留めた腕のぬくもりも。
(たぶん、ボクの見た、都合のいい夢だ。)
わかってる、とディアナは自分に言い聞かせる。
(夢でいい。今だけ、夢を見させて。)
「ソール。」
この声がもう、届かないことを、知っているから。
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