「おまえさえいれば、帰る場所なんかいらない。」~雷の絆・炎の約束~

火威

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序幕&第一幕

「おまえさえいれば、帰る場所なんかいらない。」~雷の絆・炎の約束~

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 ずっと一緒に行こう。
 おまえさえいれば、帰る場所なんかいらない。

序幕 (語り 雷火らいか

 鬼になったのは、八つの時。
 冬の冷気が残る、春浅い日。
 前触れは何もなかった。
 朝起きたら、水甕に映る自分の姿が、昨日までとは変わっていた。
 髪は、妖しく光る銀色に。目は、底冷えのする紺碧に。
 そして、額には一本の角。
 後に、子どもは七つまでは神の子で、その年を過ぎた時に本性が表れるのだということを教えられた。
 親は
「鬼。」
と叫んでオレを捨てた。もともと、飢えに苦しむ貧しい暮らしで、食い扶持を減らしたかったはずだから、好都合だったんだろう。
 食い物も着る者も、貴族の屋敷から盗んだ。警護の武士に見つかっても、蹴散らすのは簡単だった。鬼になったオレには。死んだやつもいたのかもしれないが、どうでもいい。
 それから、季節が一巡りした頃。
 満月の夜だった。桜が狂ったように散っていた。
 花吹雪の向こう側、月光を浴びて。
「やっと会えたね。」
 妖艶な美貌で、そいつは笑った。
 鮮血よりも濃い、深紅の目を細めて。
 オレと同じ鬼だと、一目でわかった。
 たとえ、両のこめかみから伸びる角が無かったとしても。
「この辺りで暴れ回っていると聞いて、探しに来たのだけれど、まさかこんなに幼いとは思わなかった。」
 ゆるやかに波打って、膝裏まで流れる漆黒の髪を、花びら混じりの夜風に遊ばせて。
「おいで。」
 差し伸べられた、白い手。優しげに、歌うように誘う。
「私はおまえの同胞だよ。」
 オレは、不気味なほど整った顔をにらみつけた。
「嫌だと言ったら?」
「え…。」
 そいつは、戸惑ったように、目を見開いた。
 血赤珊瑚の目に浮かぶ、予想外、という態度が癪にさわった。何でも自分の思い通りになると思ってんじゃねえ、と。
「面白い子だね。」
 朱を佩いたように赤い唇が、三日月の形に笑んだ。
「悪いようにはしないよ。騙されたと思って私のもとへおいで。嫌になったなら、その時に出ていけばいい。」
「じゃあ、明日出ていくかもな。」
「つれないことを言う。私はおまえが気に入ってしまったから、それでは寂しいな。たっぷり可愛がって、甘やかして、私から離れられなくしてあげよう。」
「言ってろ。」
 オレは、冷たく吐き捨てた。誰も信用する気はなかった。こいつの言葉のひとかけらたりとも、当てにしてはいなかった。
 そいつは、艶やかに微笑みながら名乗った。
 大江山の酒呑童子、と。

第一幕 邂逅(語り 火陽かよう

 ぴん、と周囲の空気が張りつめた。
 聞こえるのは、どくん、どくん、という自分の心の臓の立てる音。そして、ひそめた、お互いの息遣いだけ。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
 オレが先に仕掛けた。
 不動明王の真言。
 真っ赤な炎が、凄まじい勢いで、兄上に向かう。
「臨める兵、闘う者、皆陣裂れて前に在り!」
 兄上が、刀印で宙に格子を描く。
 兄上の指先がたどった場所に、光の軌跡が生まれ、きらきらと輝く。
 縦に四本、横に五本。九本の光で編まれた格子が、オレの炎を弾く。
「こんな火遊びじゃ、オレには火傷一つ負わせられないぞ、火陽!」
 兄上が、得意そうに笑う。
 はん。甘いぜ、兄上。ここで終わるオレじゃないっつーの。
「ノウマク・サンマンダボダナン・アビラウンケン!」
 今度は、大日如来の真言。
 光の剣が、兄上に向かって飛ぶ。
 炎よりも速い光だ。これなら、さっきのように九字で防ぐ暇はない。
「オン・バヤベイ・ソワカ!」
 兄上が風天の真言を唱えた。巻き起こった突風に乗って、兄上の体が舞い上がる。
 オレの放った光の剣は、たった今まで兄上が立っていた地面に突き刺さる。
 兄上は、剣の後ろにふわりと着地した。
「まだまだだな。」
 余裕の笑み。でも、それはこっちの台詞だぜ!
 オレは、跳ねるように、一気に間合いを詰めた。
 光の剣を引き抜く!
「何っ!?」
 兄上のうろたえる声。
 オレは、剣の切っ先を兄上の鼻先に突きつけてやった。
「勝負あり、だろ。」
 大日如来の光の剣には、こういう使い方もあるんだぜ、兄上。
 兄上は、一瞬、悔しそうに頬を膨らませたけど、すぐに、にこっと笑った。ひょい、と両手を肩の辺りに上げる。
「参った。おまえの勝ちだよ、火陽。」
「やった!」
 オレは、ぴょんぴょんと跳ね回る。やっぱり勝負勝たないとな。勝ったら気分は最高。
「腕を上げたな、氷月ひづき、火陽。」
 簀子に座ってオレたちの勝負を見守っていた父上が、庭に下りてくるところだった。
「「父上!」」
 オレたちは、声をそろえて父上に駆け寄る。
「二人とも、先が楽しみだ。これからも、しっかり励めよ。」
 オレと兄上は、父上の大きな手で、同時に頭を撫でられた。くすぐったい気分。もう一度同時に、
「「はい!」」
と元気に返事をした。

 オレたちの父上は、陰陽寮で一番偉い陰陽頭だ。陰陽師の中で一番強い父上は、オレの自慢で目標だ。
 オレもいつか、父上みたいな陰陽師になる。
 いや、父上以上の、誰よりも強い陰陽師に…最強の陰陽師になってやるんだ。
 陰陽師の仕事は、暦を作ったり、星を読んで吉凶を占ったり、厄除けの儀式をしたりっていくことが中心だ。
 でも、それとは別に、鬼や妖怪、怨霊から人々を守るっていう、大事な仕事がある。こっちの仕事は、言わば、「裏」の仕事なんだけど、最近は正式な仕事よりも多くなっているらしい。
「宮中は、一見華やかだけど、権謀術数が渦巻く場所なんだ。政争相手に呪詛をしかけるとか、権力争いに敗れた貴族が怨霊になるとか、しょっちゅう起こってる。京全体に目を向ければ、飢饉や疫病で民が大勢死ぬことだってある。人の憎悪や悲哀といった負の思いは、鬼や妖怪を呼び寄せる。魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの京の闇は深い。だからこそ、陰陽師の果たすべき役割は大きいんだ。」
 って、兄上は深刻そうな顔で言う。でも、兄上の言ってることは、難しくてオレにはよくわかんねーや。一つしか違わないのに、なんでこう難しい言葉ばっか並べるかな、兄上は。
 しかも、すらすらと筆を動かしながらしゃべってるんだからすごい。兄上の書いた呪符は、もう十枚くらい床に置かれているのに、オレなんかまだ一枚目の半分も終わっていない。しかも、兄上の方が速いのに、文字もずっと綺麗。
 ちくしょう。字書くの苦手なんだよ。
 ちなみに、オレは十二で、兄上は十三。まだ元服前だ。
 子どものオレたちが、呪符を作るなんていう、陰陽師がやる仕事をしている理由は、元服前でも、特別に寮への出入りを許されているから。
 父上は、オレたちに相当期待していて、できるだけ早くから陰陽師としての経験を積ませたいらしい。だから、陰陽博士や天文博士の講義を、寮の学生に混じって聞くことが許されている。隅っこで、だけど。
 兄上は喜んでいるけれど、講義なんて、オレにとっては退屈だ。っていうか、正直、全っ然わかんねえ。難しすぎるんだよなあ。兄上は、なんでわかるんだろう。当てられても、すらすら答えてるし、質問すると「それは、いいところに目をつけたな。」とか褒められてるし。
 戦う術なら、兄上にだって勝てるのに、学問の方は、手も足も出ない。昨日なんて、うっかり居眠りして、陰陽博士のじいさまに、書物の角で、思い切り殴られた。
 で、講義受ける分は、働けってことで、頼まれた書物を探したり、こうやって呪符を作ったり、暦を写したり、他の寮にお使いに行ったりしている。ようは、雑用係だな。身分は比べものにならないけど、元服前に宮中に上がって礼儀作法を覚える殿上童みたいな扱いかな。
 けど、オレの場合、これがあんまり役に立ってるとは言えないんだよなあ…。
「あっ!」
 ガチャン。
 いやあな音がした。
「げっ…。」
 水干の袖に硯をひっかけていた。
 幸い、あんまり墨が残っていなかったから、文机の上が墨の海ってことにはならなかった。でも、苦労してやっと半分書いた呪符が駄目になってしまった。
 ため息をつきながら、懐紙で文机をぬぐっていると、兄上が見かねたのか、
「火陽。おまえの分もオレがやっておくから、オレが作った分を、先に陰陽博士に持って行ってくれよ。」
と言ってくれた。オレは、心底ほっとした。パッと顔が上がる。
「ありがと、兄上!」
「いいよ。じゃあ、また後で。あ、今日は天文博士の講義だから、絶対遅れるなよ。」
「わかってるって!」
 オレは、呪符を持って、陰陽博士の元へ向かった。

「博士、呪符、持って来ました。」
 声をかけると、陰陽博士が振り向いて、ぎろっとオレを見た。もうかなり年のいったじいさんなんだけど、まだまだかくしゃくとしてる。若い者には負けられん、が口癖で、とにかく元気。どれくらい元気かって言うと、オレを書物の角で殴り倒せるくらい。
「火陽か。また間違いだらけではないだろうな。」
「今日はだいじょーぶ。これ、兄上が作ったやつだから。」
「何だその言葉遣いは!!」
 やべっ、つい。オレ、敬語、苦手なんだよなあ。
「すみません。えーと、兄上が作った分なので、大丈夫です。」
 そこそこの怨霊や妖怪なら、呪符だけで撃退できるから、お守りとして普通の人たちに持たせることが多い。でも、術の威力を高めることもできるから、陰陽師にも必須の道具だ。自分の力だけでは使えない高度な術も、呪符に込められた霊力で補えば、発動できる。
 ただ、正確に書かなきゃいけないから、オレは呪符を作るのは苦手だ…。
「まったく…。おまえときたら、講義中に居眠りするわ、筆を持たせれば墨をこぼすわ、書物の整理をさせれば雪崩を起こすわ、何一つまともにこなせんではないか。これが陰陽頭の息子かと思うと嘆かわしい限りじゃわい。」
 渋い顔で、白いあごひげをしごいている。
「まあまあ、博士。そこまでにしといてあげましょうよ。」
「そうですよ。火陽は、鬼や妖怪の調伏にかけちゃ、大人顔負けの腕じゃありませんか。」
「誰でも得手不得手がありますって。」
 陰陽博士のもとで学んでいる学生たちが、口々にかばってくれる。学生たちは、見習いのオレや兄上にとって、先輩にあたる。オレは兄上と違って、あんまりみんなの役に立っていないんだけど、学生たちは、そんなオレにも優しくしてくれる。
 陰陽博士は厳しいけど、べつに意地悪じゃないってこともわかってる。
「おまえたちが甘やかすから、火陽はちっとも成長せんのだ!」
 そう怒鳴ったけど
「…まあ、確かに、おまえの調伏の腕には、儂も目を瞠るものがあるが…苦手なことにも精進せいよ。」
 と、最後には好々爺って顔で笑ってくれた。
「はい。」
と頷いて、兄上のところに戻ろうとすると。
「ああ、そうだ。最近、物騒な噂が流れとる。」
と、引き止められた。
「あちこちの貴族…それも、大臣や大納言の屋敷に賊が入っているそうじゃ。」
「大貴族じゃん。なんでそんな、警護が多い屋敷に。」
 位の高い貴族は、大内裏の宝物庫に匹敵するくらいの財宝をためこんでるって話だけど、当然、財力に物を言わせて、武士も大勢雇っている。その警備をかいくぐって盗みを働くつーことは…。
「よっぽどの規模の盗賊団なのか?」
 思わず敬語が抜けたけど、博士は、もうそれについては何も言わなかった。もっと重要なことを口にする。
「一人だそうだ。」
「はあ!?」
 博士は、静かに告げた。
「銀色の鬼、だと。」
「鬼…。」
 思わず息を呑む。
「一瞬で警備の者全てを蹴散らすほどに強い。今のところ、それだけしかわからん。」
 博士は、ぴたりとオレに視線を据えた。
「火陽。おまえ、夜歩きして、勝手に妖怪の調伏をしているだろう。しばらくは慎むことだ。」

 既に日はとっぷりと暮れている。一年で一番日が短いこの季節、風は身を切るように冷たい。
 陰陽博士のじいさまにばれているのは、びっくりした。オレは最近、夜中に屋敷を抜け出して、妖怪退治や怨霊悪霊の浄化をしている。兄上や父上に知られたら、「危険だ。」って怒られるだろうけど、最強の陰陽師になるためには、実戦が一番役に立つはずだ。
 心配して止めてくれた博士には悪いけど、オレは「銀の鬼」がすっげえ気になる。今まで、雑鬼って呼ばれるような下等な鬼は倒したことがあるけど、高位の鬼は、見たことすらない。警備の武士を一人で倒したんだから、そいつは、間違いなく鬼の中でも強いはず。どれくらい強いんだろう。戦ってみたい。わくわくする。
 オレは、陰陽寮の学生たちに、噂の鬼のことを訊いて回った。陰陽師の卵である学生たちにとって、鬼の噂は関心があることだったから、みんなそれなりに情報をもっていた。みんなの話を繋ぎ合わせると、銀の鬼は、昨夜、東三条の辺りに現れたらしい。この辺は、大貴族の屋敷が多く立ち並んでいるから、今夜もここに現れる可能性は十分だ。
 夜道をぶらぶらと歩く。空気はきんと冷えて、澄んだ空気の中、月が皓々と明るい。
 突然、夜空に閃光が奔った。
「雷!?」
 そんな馬鹿な。こんなに晴れているのに。
 でも、はっきりと見えた。
 漆黒の闇を切り裂く、蒼白い雷光が。
 オレは、光の方向に駆けた。

 築地塀は、無惨に焼け落ちていた。ごくわずかな残骸も、真っ黒な炭と化していて、元の形なんて残っていない。
 遮る物がなくなって、広大な屋敷に寒風が吹きつけている。
「許さんぞ!よくも同胞を!」
「鬼め!覚悟しろっ!」
 白刃を振りかざし、武士たちが突っ込んでいく先で。
 ニヤリと冷たく笑ったのは、オレよりいくらか年上に見える子どもだった。
 オレは、息をするのも忘れて、限界まで目を見開いて、そいつを見つめた。
 空色がかった、不思議な銀色の髪をしている。こんな色、初めて見た。月光を浴びて、眩しいほどに輝いている。
 うなじの辺りでばっさりと切られ、天に向かって逆立つ、短い髪。
 抜けるように白い肌の色が際立つ、鮮やかな鬱金色の童狩衣。
 すらりとした体つき。恐ろしいほど整っているせいで、作り物みたいに見える顔立ち。
 でも、瞳はぎらぎらと狂おしいほどに輝いていて、その印象を吹き飛ばす。
 蒼い目だった。
 澄んだ瑠璃色。きれいだけど、向けた視線の先にあるものを、全部凍らせていくみたいな目だと思った。
 額には、髪と同じ色の角。
 これが、こいつが、銀色の鬼―。
 鬼の唇が、さらにつり上がる。犬歯っていうには鋭すぎる八重歯。牙にしか見えないそれをむき出して。
「覚悟するのは、てめえらだ。」
 よく通るその声は、上等な琴が奏でるみたいな美声。なのに、背筋が凍るほど冷え切っている。
「死にたいやつだけかかって来な!」
 す、と片手を高く掲げ、振り下ろす。
 狩衣の袖が、翼のように翻る。
「迅雷!」
 天が裂けた。
 轟音とともに、雷が落ちる。
 凄まじい衝撃に、オレは地面に叩き付けられた。
 そのまま数秒、意識が飛んでたらしい。
 ハッと身を起こした時には。
 肉の焦げる嫌な臭いが漂っていた。
 そろそろと、首を回した。
 人相もわからないほど黒焦げになった死体が目に飛びこんで来る。
「!」
 つきさっきまで、勇敢に刀を手にしていた武士たちの、成れの果てだとだと気づくまでに、一瞬の間があった。
 カタカタと、体が小刻みに震えだす。
 喉が、カラカラに干上がった。
 ザアッと音を立てて、血の気が引いていく。
 つい数秒前まで、生きて、しゃべって、動いていた人間、が。
 こんなに、あっさり。
 こんなこと、こんなことが、あっていいはずが…。
 銀色の鬼は、平然としていた。蟻でも踏みつぶしたみたいに…違う、邪魔な物をどかしたみたいに、何の感情も浮かんでいない目のまま、武士たちが背に庇っていた倉に向かう。
 入口の戸を、ガンと足で乱暴に蹴破った。
 バキィッと音をたてて、扉が内側に倒れる。
 やっぱり鬼なんだと、感情がふり切れてしまって、一時的に何も感じなくなってしまった頭で、妙に冷静に考えていた。
 だって、子どもが…否、大人だってあんなにあっさり蹴破れるような、ヤワな作りなんてしていないはずだ。
 鬼は、そのまま堂々と中に入って行って、すぐに出てきた。
 太刀を肩に引っかけて。
 鞘に入っているから、刀身は見えない。だけど、鍔だけ見ても、相当な値打ちの物だと一目でわかった。
 オレは、カッと、頭に血が上った。
「おまえ、それを盗むために、人を殺したのか!!」
 つい、と銀の鬼がオレに視線を向けた。
 道端の石ころか虫けらでも見るような、とるに足らない物に対する冷めた目。
 オレは、ぐ、と掌を握りしめた。爪が食い込む痛みが、どこか遠い。
「殺さなくても盗めるだろう!そんな力があるなら!!」
 殺す必要なんかなかった。
 それなのに殺した。
「絶対に許さない!!」
 喉が裂けそうなほどの大声で叫んだのに、銀の鬼は、鼻先でせせら嗤っただけだった。
「馬鹿か?」
「なっ!?」
「鬼が人を殺すのは当たり前だ。弱い者は屠られる。それがこの世の掟だろう?ああ、そんなことも分からない馬鹿だから、オレに喧嘩を売ってきたわけか。」
 くっくっと、喉の奥で嗤う。
「殺されることがわかんねえんだな。」
「舐めるな!!」
 オレは、銀の鬼をねめつけた。
 腹の底から、ふつふつと熱い怒りが湧きあがる。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
 印を結んで、不動明王の真言を放つ。
 鬼に向かって、一直線に突き進む爆炎。
 鬼は太刀をかついでいるのとは逆の手を横薙に払う。舞の一手のようだった。
 「迅雷!」
 カッと、一瞬、全てが白に染まる。
 雷鳴。
 閃光。
 衝撃。
 蒼白い雷が、不動明王の真紅の炎を打ち抜いた。
 巻き上がる粉塵が、視界を封じる。
 一度で駄目なら。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
 渦巻く炎が、再び鬼へ。
「カン!カン!カン!」
 不動明王の一字呪を連続で唱える。
 次々に生まれる炎。その全てが鬼を襲う。一字呪の炎は、若干威力は落ちるけど。この数ならっ…。
「雷撃。」
 鬼の拳が光った。バチバチと蒼白く火花を散らす雷を、その拳にまとわりつかせている。
 拳が、炎を打ち砕く。
 次々と繰り出される拳。揺れる銀髪。風を孕む狩衣の袖。踊るように優美に、だけど確実にオレの炎を駆逐していく。
 しかも、太刀を肩にかついだまま、自由になる片手だけで。
(なんて身のこなしだ…!)
 オレの炎は、雷に呑みこまれるように、あっさりと消え失せる。儚い蛍火みたいに。
 全てが消える前に、とオレは印を結ぶ。
「ノウマク。」
 ヒュンッ。
 銀の風が駆け抜けた、と思った時には。
 すぐ眼前に、鬼の白い貌があった。
 速いっ。全く見えな。
 ぐら、と視界が揺れる。
 足を払われた、とわかった時には。
 ダン、と背中が地面に叩き付けられていた。
「っ!」
 息が止まって、声も出せない。背中が軋む。
 それでも起き上がろうとしたオレの両手を、鬼の片手が一つにまとめて地面に押さえつける。
 蹴り上げようとした足は、膝で抑え込まれた。
 のしかかられ、完全に動きを封じられる。
 細く見えるのに、必死でもがいても、びくともしない。逆に、手首の骨が折れそうなほど力が込められた。
「ノウマク…。」
 唱えかけて、オレは血の気が引いた。つう、と冷たい汗が頬を流れていく。
 オレの両手は、鬼の片手が地面に縫い止めている。
(印が、結べないっ…。)
 鬼が、肩にかついでいた太刀の鞘を払った。カラン、と鞘の落ちる音。
 月光を浴びて、青みがかった銀色に光る刀身。
 こんな状況なのに、見惚れるほど優雅な動きで、鬼がゆっくりとオレの首筋に刃を当てる。
 ごくっと、オレの喉が動いた。
「雷刃。」
 バチッと、火花が弾ける。刀身に、雷が宿った。
「術の腕は悪くねえな。だけど、実戦積んでねえから役に立ってねえ。初陣で死ぬのは哀れだな。」
 冷たい吐息が、首筋にかかる。
 間近に輝く、蒼い瞳。
 突き刺すように鋭く、凍てつくように冷たい瞳に捕えられ、オレは歯を喰いしばった。
 ガリッと、奥歯が鳴る。
 殺される、と頭の奥で悲鳴が上がる。だけど、震えるもんかと思った。意地だけで、蒼い瞳をにらみつけてやった。
 鬼の瞳に、残酷な笑みが閃いた。
「命乞いしてみろよ。」
「ぜってーやだ!!」
 反射的に叫んだら、鬼の目がきゅっと細められた。牙みたいな八重歯が、月光を受けて光る。
 刀の切っ先が、すっとオレの首から離れたのがわかった。刀身がまとった雷も同時に消え失せるのを、オレは目だけを動かして見ていた。
 鬼は、ざくっと、地面に刃を突き刺した。
 ほっとしかけた時。
「電撃。」
 刃を離した鬼の手が、雷を宿して煌めく。
 ガンッと、腹に衝撃が走った。
 焼ける痛み。
「あ…。」
 目の前が真っ白になる。遠のく意識の中で、ああ、腹に拳をぶちこまれたんだなと思う。
 嘲笑うような、猫が鼠を嬲るような、冷ややかな笑みを含んだ声が、耳元でささやく。
「気まぐれで生かしておいてやる。
 最後にオレの目がとらえたのは、残忍で冷酷で、それなのに目が反らせなくなる瑠璃色。
「気が向いたら、また遊んでやるよ。陰陽師のチビ。」

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