1 / 5
【一】
しおりを挟む
雨が似合うね、と言われることが多かったです。
正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
私の好むところである、黒を基調とした装いの印象が陰鬱なものであると、言われているような気がして。
それが、意識過剰な妄想であることは分かっているのです。
だけれどいつだって、その何気なく口にされる、他者から頂いた感慨が――陰鬱であると蔑まれた過去の記憶を呼び覚まし、私の心に小さな傷を付ける。
存外、つまらない人間であると、その傷を自覚するたびに、自身に呆れを思うのでした。
そして、此度の事を告げられた今も――真っ先に思ったのは、そんな心の痛みでした。
しゃんとしていればいいと思うのですが……難しいものです。
レーゼマン伯爵は、そんな私の僅かな動揺に気付いたでしょうか?
「――ウィスタリア、言った通りだ」
私の心内を、知ってか、それとも知らずか――レーゼマン伯爵は、ただ淡々とした口調で、繰り返しました。
「ウィスタリア、私と婚約破棄をしてくれ」
そう繰り返す彼は、表面だけ見れば、堂々たる様を醸し出す傲然の表情で私と向かい合っていましたが――深く観察すれば、その瞳の奥に気弱な心象が見て取れました。
透けて見えるような虚勢を張る意味。
……彼が何に怯えているのか。それがずっと、私には分かりませんでした。
婚約を結んでから、ずっと。
「理由をお教え願えますか?」
私はあくまで静かに、それを問い質しました。
レーゼマン伯爵はそれを受けると、また――瞳の光彩を、僅かに震わせました。
「――其方の妹、オリーブと婚約を結びたく思っているからだ」
「……そうですか」
私は瞳を薄く閉じ、内心でため息を一つ漏らしました。
誑かされましたか……。
「お考えは――その決意は、固いものですか?」
「ああ。彼女と共に生きたく思う」
「……分かりました。そうであれば、レーゼマン様のご意向のままに。私の意見を問う必要はございません」
私はその答えを受け止め、平静に答えたつもりだったのですが――。
それを聞くと、レーゼマン伯爵は、僅かに怒気のこもった声を私に向けてきました。
「それだけか?」
「――それだけ、とは?」
「お前の答えは、それだけなのか?」
「……婚約破棄を望まなく思っていると伝えれば、考え直して頂けるものでしょうか?」
「いや、すでに決意は固い」
「でしたら……――」
「お前は気丈すぎるのだ、ウィスタリア」
ずっと言いたかったと言わんばかりの感慨のこもった一言を、レーゼマン伯爵はそこで吐き出しました。
私は、その返答を受け止めるべく、じっと彼を見つめました。
すると彼は――また瞳の光彩を震わせる。
「ウィスタリア、お前はいつだってそうだった。いつでも真っ直ぐな立ち姿を見せることは立派だが――しかし隣にいて、私はそれにずっと違和感を覚えていた」
「違和感……ですか」
「それが何なのかは分からない。だが、私はそれに、ずっと悩まされてきた」
「…………」
怯え。
口にするわけにはいかない彼の違和感を、私は理解しました。
ずっと言われてきたことではありました。
貴方は気丈の人だと。
雨が似合うという文句よりも――多く、頂いた言葉。
「ウィスタリア、お前は私を愛していたか……?」
「レーゼマン伯爵。婚約はお家の事情なれど、私は自らの選択でここへ参りました」
「……そうだな。お前は良き妻ではあった。だがしかし……それだけだった。分かるか?」
「…………」
可愛げがなかった、ということでしょうか?
例えば婚約破棄を告げられたとき、大声を出して喚き声の一つでも上げていれば――そういうことなのでしょうか。
確かにそれは、私の持ち得ぬもの。
レーゼマン伯爵は私の表情を見ると、言わんとしていることの理解を悟ったのか、幾段か平静を取り戻した顔になり、話を続けました。
「そこへいくと、オリーブは、君に欠けている人間味を備えた人だ。――冷徹な言い方になってしまってすまない。だが、それが私の本音だ」
――それを聞いて。
私は、この関係の限界を悟りました。
彼が明かした胸の内の言葉は――まるで、なんとか強さを取り繕うと、震えながら口にする虚勢のように思えて。
つまり――彼にとって、私という存在は、苦痛にしかならないのでしょう。
まるで、狼の傍に置かれた猫のように。
「分かりました」
私は端的に、最後の返答を返しました。
それを受けると、レーゼマン伯爵は安堵の色を一瞬浮かべて、引き結んだ表情で「ありがとう」と口にすると、席を立ちました。
雨が似合うね、と言われることが多かったです。
正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
陰鬱であると蔑まれた過去の記憶に、少しの心の痛みを覚えるから。
しかし、今回の事を鑑みるに――。
過去の蔑み――。
『お姉様は本当に黒が似合うわね。鬱屈を切り取ったようで、傍にいる誰かを陰鬱にするような様にぴったりだもの』という妹の、あの嘲りは、存外、間違っていなかったのかもしれません。
正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
私の好むところである、黒を基調とした装いの印象が陰鬱なものであると、言われているような気がして。
それが、意識過剰な妄想であることは分かっているのです。
だけれどいつだって、その何気なく口にされる、他者から頂いた感慨が――陰鬱であると蔑まれた過去の記憶を呼び覚まし、私の心に小さな傷を付ける。
存外、つまらない人間であると、その傷を自覚するたびに、自身に呆れを思うのでした。
そして、此度の事を告げられた今も――真っ先に思ったのは、そんな心の痛みでした。
しゃんとしていればいいと思うのですが……難しいものです。
レーゼマン伯爵は、そんな私の僅かな動揺に気付いたでしょうか?
「――ウィスタリア、言った通りだ」
私の心内を、知ってか、それとも知らずか――レーゼマン伯爵は、ただ淡々とした口調で、繰り返しました。
「ウィスタリア、私と婚約破棄をしてくれ」
そう繰り返す彼は、表面だけ見れば、堂々たる様を醸し出す傲然の表情で私と向かい合っていましたが――深く観察すれば、その瞳の奥に気弱な心象が見て取れました。
透けて見えるような虚勢を張る意味。
……彼が何に怯えているのか。それがずっと、私には分かりませんでした。
婚約を結んでから、ずっと。
「理由をお教え願えますか?」
私はあくまで静かに、それを問い質しました。
レーゼマン伯爵はそれを受けると、また――瞳の光彩を、僅かに震わせました。
「――其方の妹、オリーブと婚約を結びたく思っているからだ」
「……そうですか」
私は瞳を薄く閉じ、内心でため息を一つ漏らしました。
誑かされましたか……。
「お考えは――その決意は、固いものですか?」
「ああ。彼女と共に生きたく思う」
「……分かりました。そうであれば、レーゼマン様のご意向のままに。私の意見を問う必要はございません」
私はその答えを受け止め、平静に答えたつもりだったのですが――。
それを聞くと、レーゼマン伯爵は、僅かに怒気のこもった声を私に向けてきました。
「それだけか?」
「――それだけ、とは?」
「お前の答えは、それだけなのか?」
「……婚約破棄を望まなく思っていると伝えれば、考え直して頂けるものでしょうか?」
「いや、すでに決意は固い」
「でしたら……――」
「お前は気丈すぎるのだ、ウィスタリア」
ずっと言いたかったと言わんばかりの感慨のこもった一言を、レーゼマン伯爵はそこで吐き出しました。
私は、その返答を受け止めるべく、じっと彼を見つめました。
すると彼は――また瞳の光彩を震わせる。
「ウィスタリア、お前はいつだってそうだった。いつでも真っ直ぐな立ち姿を見せることは立派だが――しかし隣にいて、私はそれにずっと違和感を覚えていた」
「違和感……ですか」
「それが何なのかは分からない。だが、私はそれに、ずっと悩まされてきた」
「…………」
怯え。
口にするわけにはいかない彼の違和感を、私は理解しました。
ずっと言われてきたことではありました。
貴方は気丈の人だと。
雨が似合うという文句よりも――多く、頂いた言葉。
「ウィスタリア、お前は私を愛していたか……?」
「レーゼマン伯爵。婚約はお家の事情なれど、私は自らの選択でここへ参りました」
「……そうだな。お前は良き妻ではあった。だがしかし……それだけだった。分かるか?」
「…………」
可愛げがなかった、ということでしょうか?
例えば婚約破棄を告げられたとき、大声を出して喚き声の一つでも上げていれば――そういうことなのでしょうか。
確かにそれは、私の持ち得ぬもの。
レーゼマン伯爵は私の表情を見ると、言わんとしていることの理解を悟ったのか、幾段か平静を取り戻した顔になり、話を続けました。
「そこへいくと、オリーブは、君に欠けている人間味を備えた人だ。――冷徹な言い方になってしまってすまない。だが、それが私の本音だ」
――それを聞いて。
私は、この関係の限界を悟りました。
彼が明かした胸の内の言葉は――まるで、なんとか強さを取り繕うと、震えながら口にする虚勢のように思えて。
つまり――彼にとって、私という存在は、苦痛にしかならないのでしょう。
まるで、狼の傍に置かれた猫のように。
「分かりました」
私は端的に、最後の返答を返しました。
それを受けると、レーゼマン伯爵は安堵の色を一瞬浮かべて、引き結んだ表情で「ありがとう」と口にすると、席を立ちました。
雨が似合うね、と言われることが多かったです。
正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
陰鬱であると蔑まれた過去の記憶に、少しの心の痛みを覚えるから。
しかし、今回の事を鑑みるに――。
過去の蔑み――。
『お姉様は本当に黒が似合うわね。鬱屈を切り取ったようで、傍にいる誰かを陰鬱にするような様にぴったりだもの』という妹の、あの嘲りは、存外、間違っていなかったのかもしれません。
242
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢は勝利する!
リオール
恋愛
「公爵令嬢エルシェイラ、私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」
「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」
婚約破棄するかしないか
悪役令嬢は勝利するのかしないのか
はたして勝者は!?
……ちょっと支離滅裂です
婚約破棄された悪役令嬢はヒロインの激昂を目の当たりにする
蛇娥リコ
恋愛
婚約発表するはずの舞踏会で婚約破棄された悪役令嬢は冤罪で非難される。
婚約破棄したばかりの目の前で、プロポーズを始めた王子に呆れて立ち去ろうとした悪役令嬢だったが、ヒロインは怒鳴り声を上げた。
一回書いてみたかった悪役令嬢婚約破棄もの。
悪役令嬢に転生したようですが、前世の記憶が戻り意識がはっきりしたのでセオリー通りに行こうと思います
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したのでとりあえずセオリー通り悪役ルートは回避する方向で。あとはなるようになれ、なお話。
ご都合主義の書きたいところだけ書き殴ったやつ。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?
綴
恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢
この婚約破棄はどうなる?
ザッ思いつき作品
恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
えっ、これってバッドエンドですか!?
黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。
卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。
あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!?
しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・?
よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる