婚約破棄?本当によろしいのですか?――いいでしょう、特に異論はありません。~初めて恋を願った彼女の前に現れたのは――~

銀灰

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【一】

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 雨が似合うね、と言われることが多かったです。

 正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
 私の好むところである、黒を基調とした装いの印象が陰鬱なものであると、言われているような気がして。

 それが、意識過剰な妄想であることは分かっているのです。
 だけれどいつだって、その何気なく口にされる、他者から頂いた感慨が――陰鬱であると蔑まれた過去の記憶を呼び覚まし、私の心に小さな傷を付ける。

 存外、つまらない人間であると、その傷を自覚するたびに、自身に呆れを思うのでした。


 そして、を告げられた今も――真っ先に思ったのは、そんな心の痛みでした。


 しゃんとしていればいいと思うのですが……難しいものです。
 レーゼマン伯爵は、そんな私の僅かな動揺に気付いたでしょうか?

「――ウィスタリア、言った通りだ」

 私の心内こころうちを、知ってか、それとも知らずか――レーゼマン伯爵は、ただ淡々とした口調で、繰り返しました。

「ウィスタリア、私と婚約破棄をしてくれ」

 そう繰り返す彼は、表面だけ見れば、堂々たる様を醸し出す傲然の表情で私と向かい合っていましたが――深く観察すれば、その瞳の奥に気弱な心象が見て取れました。

 透けて見えるような虚勢を張る意味。
 ……彼が何に怯えているのか。それがずっと、私には分かりませんでした。

 婚約を結んでから、ずっと。

「理由をお教え願えますか?」

 私はあくまで静かに、それを問い質しました。
 レーゼマン伯爵はそれを受けると、また――瞳の光彩を、僅かに震わせました。

「――其方の妹、オリーブと婚約を結びたく思っているからだ」
「……そうですか」

 私は瞳を薄く閉じ、内心でため息を一つ漏らしました。

 誑かされましたか……。

「お考えは――その決意は、固いものですか?」
「ああ。彼女と共に生きたく思う」
「……分かりました。そうであれば、レーゼマン様のご意向のままに。私の意見を問う必要はございません」

 私はその答えを受け止め、平静に答えたつもりだったのですが――。
 それを聞くと、レーゼマン伯爵は、僅かに怒気のこもった声を私に向けてきました。

「それだけか?」
「――それだけ、とは?」
「お前の答えは、それだけなのか?」
「……婚約破棄を望まなく思っていると伝えれば、考え直して頂けるものでしょうか?」
「いや、すでに決意は固い」
「でしたら……――」
「お前は気丈すぎるのだ、ウィスタリア」

 ずっと言いたかったと言わんばかりの感慨のこもった一言を、レーゼマン伯爵はそこで吐き出しました。
 私は、その返答を受け止めるべく、じっと彼を見つめました。
 すると彼は――また瞳の光彩を震わせる。

「ウィスタリア、お前はいつだってそうだった。いつでも真っ直ぐな立ち姿を見せることは立派だが――しかし隣にいて、私はそれにずっと違和感を覚えていた」
「違和感……ですか」
「それが何なのかは分からない。だが、私はそれに、ずっと悩まされてきた」
「…………」

 怯え。
 口にするわけにはいかない彼の違和感を、私は理解しました。

 ずっと言われてきたことではありました。
 貴方は気丈の人だと。
 雨が似合うという文句よりも――多く、頂いた言葉。

「ウィスタリア、お前は私を愛していたか……?」
「レーゼマン伯爵。婚約はお家の事情なれど、私は自らの選択でここへ参りました」
「……そうだな。お前は良き妻ではあった。だがしかし……それだけだった。分かるか?」
「…………」

 可愛げがなかった、ということでしょうか?
 例えば婚約破棄を告げられたとき、大声を出して喚き声の一つでも上げていれば――そういうことなのでしょうか。

 確かにそれは、私の持ち得ぬもの。

 レーゼマン伯爵は私の表情を見ると、言わんとしていることの理解を悟ったのか、幾段か平静を取り戻した顔になり、話を続けました。

「そこへいくと、オリーブは、君に欠けている人間味を備えた人だ。――冷徹な言い方になってしまってすまない。だが、それが私の本音だ」

 ――それを聞いて。
 私は、この関係の限界を悟りました。

 彼が明かした胸の内の言葉は――まるで、なんとか強さを取り繕うと、震えながら口にする虚勢のように思えて。
 つまり――彼にとって、私という存在は、苦痛にしかならないのでしょう。
 まるで、狼の傍に置かれた猫のように。

「分かりました」

 私は端的に、最後の返答を返しました。
 それを受けると、レーゼマン伯爵は安堵の色を一瞬浮かべて、引き結んだ表情で「ありがとう」と口にすると、席を立ちました。


 雨が似合うね、と言われることが多かったです。 
 正直なところ、あまり嬉しい言葉ではなかった。
 陰鬱であると蔑まれた過去の記憶に、少しの心の痛みを覚えるから。

 しかし、今回の事を鑑みるに――。

 過去の蔑み――。
『お姉様は本当に黒が似合うわね。鬱屈を切り取ったようで、傍にいる誰かを陰鬱にするような様にぴったりだもの』という妹の、あの嘲りは、存外、間違っていなかったのかもしれません。

 
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