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■第一章 小鳥は啼く
第一話 太陽の人
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誰? と思ったときには、もう力強い腕が私の体を抱き込んでいる。
私はその腕を必死につかむと、なんとか水面の上に顔を出そうとした。
「こら、動くなと言っているだろう! 暴れるんじゃない、バカ女」
そう言われてもこっちは早く息継ぎをしたいのだ。とにかく苦しい!
「こっちです、陽翔様。お手を」
別の優しげな男性の声が聞こえ、私はその手も借りてなんとか池のほとりに這い上がることができた。
ぜー、ぜー、マジで溺れ死ぬかと思った。
「さて、ここで何があったか、聞かせてもらおう」
私を助けてくれた美丈夫が周りを見て言う。
背が高い。身長は六尺――180センチくらいはあるだろう。しかし、精悍というよりは流麗と形容するほうがぴったりくる中性的な人物だ。
男にしてはやたら長いまつげと、切れ長の眼。濡れて緩やかにウェーブしている銀髪の隙間から、凍てつくような蒼玉色の瞳が女官達に向けられている。
「その前に、ここは男子禁制の場所、なにゆえに禁を破ったか、お聞かせ願いましょうか」
私に水に飛び込めと命じた女官が問う。
「私は丞相配下の侍御史、鳳陽翔と申す者、正四位で官吏の監察を任務としている。此度は陰陽寮の天文博士より火急の調査依頼を受け、賢妃様にも許可をいただいた上でのこと。納得がいったか、従五位の才女殿」
堂々と名乗るその陽翔という男の声はよく通る。そこに一片の陰りもなく。
ああ、この人は太陽に愛されている――なぜだか私はかすかな嫉妬と共に、この男にそんな印象を覚えたのだった。
「くっ、わかりました」
つい先ほどまでは妃のように振る舞っていた才女(楽器を担当する中級女官)であったが、相手が圧倒的な格上と知るやいなや、苦々しげにその場に跪く。そうして自分の両腕を顔前に恭しく上げて拱手の礼を行った。
周りの配下の女官も一斉にそれに習う。
「では改めて聞こう」
「は……我らはここで舞踏の練習をしていたのでございます。そこでたまたま、その者が誤って石橋から転落しただけにございます」
才女が、しれっと涼しい顔で嘘を述べると、周りの女官達がクスクスと笑った。
「ほう、池に落ちた女官を助けようとするどころか、笑って囃し立てるのがここの作法か。それは、なんとも悪趣味なことだな。あまりの醜さに反吐が出そうだ。帝がお召しになった女官の命を、分もわきまえず、勝手気ままに軽んじるのも監察として看過できぬ。よろしい、この件は賢妃様のお耳を煩わせるまでもない。尚侍に詳しく報告し、ここの風紀に従ってしかるべき処分をしてもらうとしよう」
「そ、それは……」
尚侍(後宮の風紀を司る上級の女性長官)と聞いて才女が青ざめるが、もう遅い。帝にお仕えする女官は品行方正でなくてはならないのだ。たとえそれが表向きだけのことであろうとも。
あえて言おう。
ざまぁ、と。
もちろん、心の中だけでだけど。
「そこの女官は私についてこい」
「は、はい」
急に呼ばれてドキリとしたが、私もこのまま事情聴取に付き合わねばならぬようだ。まあ、女官達の悪事を証言しろということかな?
それ以上の厄介事じゃなければいいんだけども。まあ、私を助けてくれた人なのだ、そうおかしなことにはならないだろう。
そう安心していた私は、まさかこの直後に、先ほどよりももっと危険で深刻な出来事があろうとは、予想すらしていなかった。
私はその腕を必死につかむと、なんとか水面の上に顔を出そうとした。
「こら、動くなと言っているだろう! 暴れるんじゃない、バカ女」
そう言われてもこっちは早く息継ぎをしたいのだ。とにかく苦しい!
「こっちです、陽翔様。お手を」
別の優しげな男性の声が聞こえ、私はその手も借りてなんとか池のほとりに這い上がることができた。
ぜー、ぜー、マジで溺れ死ぬかと思った。
「さて、ここで何があったか、聞かせてもらおう」
私を助けてくれた美丈夫が周りを見て言う。
背が高い。身長は六尺――180センチくらいはあるだろう。しかし、精悍というよりは流麗と形容するほうがぴったりくる中性的な人物だ。
男にしてはやたら長いまつげと、切れ長の眼。濡れて緩やかにウェーブしている銀髪の隙間から、凍てつくような蒼玉色の瞳が女官達に向けられている。
「その前に、ここは男子禁制の場所、なにゆえに禁を破ったか、お聞かせ願いましょうか」
私に水に飛び込めと命じた女官が問う。
「私は丞相配下の侍御史、鳳陽翔と申す者、正四位で官吏の監察を任務としている。此度は陰陽寮の天文博士より火急の調査依頼を受け、賢妃様にも許可をいただいた上でのこと。納得がいったか、従五位の才女殿」
堂々と名乗るその陽翔という男の声はよく通る。そこに一片の陰りもなく。
ああ、この人は太陽に愛されている――なぜだか私はかすかな嫉妬と共に、この男にそんな印象を覚えたのだった。
「くっ、わかりました」
つい先ほどまでは妃のように振る舞っていた才女(楽器を担当する中級女官)であったが、相手が圧倒的な格上と知るやいなや、苦々しげにその場に跪く。そうして自分の両腕を顔前に恭しく上げて拱手の礼を行った。
周りの配下の女官も一斉にそれに習う。
「では改めて聞こう」
「は……我らはここで舞踏の練習をしていたのでございます。そこでたまたま、その者が誤って石橋から転落しただけにございます」
才女が、しれっと涼しい顔で嘘を述べると、周りの女官達がクスクスと笑った。
「ほう、池に落ちた女官を助けようとするどころか、笑って囃し立てるのがここの作法か。それは、なんとも悪趣味なことだな。あまりの醜さに反吐が出そうだ。帝がお召しになった女官の命を、分もわきまえず、勝手気ままに軽んじるのも監察として看過できぬ。よろしい、この件は賢妃様のお耳を煩わせるまでもない。尚侍に詳しく報告し、ここの風紀に従ってしかるべき処分をしてもらうとしよう」
「そ、それは……」
尚侍(後宮の風紀を司る上級の女性長官)と聞いて才女が青ざめるが、もう遅い。帝にお仕えする女官は品行方正でなくてはならないのだ。たとえそれが表向きだけのことであろうとも。
あえて言おう。
ざまぁ、と。
もちろん、心の中だけでだけど。
「そこの女官は私についてこい」
「は、はい」
急に呼ばれてドキリとしたが、私もこのまま事情聴取に付き合わねばならぬようだ。まあ、女官達の悪事を証言しろということかな?
それ以上の厄介事じゃなければいいんだけども。まあ、私を助けてくれた人なのだ、そうおかしなことにはならないだろう。
そう安心していた私は、まさかこの直後に、先ほどよりももっと危険で深刻な出来事があろうとは、予想すらしていなかった。
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