後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第一章 小鳥は啼く 

第四話 流転

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 私の服の色が変わった。
 昇進である。
 
 どうやらこの間の不審者発見の功績が認められたらしい。

 といっても『外少位下そとしょういげ』という下級役人の一番下の位をもらっただけだ。
 それまでの私は一応、女官という分類になっていたが、端女と呼ばれ、庭の掃除や小間使いをさせられる雑用係に過ぎなかったそうだ。
 
 私を助けてくれた陽翔様の話では、今回の功績として二階級特進でもおかしくないそうだが、通例に従って、一番下っ端の見習い役人から勉強するものらしい。
 
 
 陽翔様お付きの宦官かんがん――宦官!の蒯正さんが調べたところ、ここでの私は玲鈴という名だった。名字は無い。
 
 この世界では貴族のみしか名字を許されず、私は田舎の農家の生まれなので、ただの玲鈴だそうだ。
 歳は十三で、二十歳も鯖を読んでしまった……。
 
 まあ、あかぎれの指はともかく、鏡で見せられた私の顔は中学生くらいにしか見えないのだ。やはり若返っているらしい。あれだね、ウェブ小説によくある転生ってヤツだろうね。
 
 これからは努力に応じて階位が上がるので仕事にはげめよと言われたが、いやー私は絵が描ければそれでいいので、怒られない程度にサボろうと思います。

 ちなみに陽翔様は公卿と呼ばれる貴族であり、そのお付きの蒯正さんは中級役人で結構上の人達だったりする。
 なぜ彼らが離宮にやってきたのか……「官吏の監察が任務」だと言っていたけれど、ここは後宮、つまりは女の園であって、男の大切な部分を切除した宦官でもなければ自由に出入りなどできない。その例外は唯一、帝だけである。ま、その辺の事情など下っ端の私には教えてもらえなかったし、知る必要もない。

「いいですか、皆さん、私達は離宮に仕える女官なのです。心身を清く正しく持たなければなりません。そのためにはお掃除! 一にも二にもお掃除です。自分と身の回りを隅々まで綺麗にしてこそ、心も清くなるというものですからね。それでは皆さん心構えはよろしいでしょうか。日々、礼節と勤勉をもって――」

 下級女官を取りまとめる人――なんだかタマネギのような髪型をしているので私は勝手にテツコと心の中で名付けたが――その人が面白みのない朝礼の訓示を熱心に語っている。こういうのって無駄に長いよねー。

「それから――そこっ!」

 うっ、目が合った。

 つかつかと目の前までやってきたテツコが濃ゆい白粉おしろいの顔をぐっと近づけてくる。
 コ……コワイコワイ。
 
 何をされるかと思ったが、テツコは深いため息をつくと残念そうに言う。

「ふぅ、あなた、目が死んでいるわね。私達は直接に帝の御前に出たりはしませんけれども、離宮という高貴で華やかな場に勤めるからには、みなぎるような笑顔とやる気が必要ですよ。身だしなみにもきちんとお気を使いなさい」

「はい」

 ハイハイみなぎってきた、みなぎってきた。

「もっと元気よく!」

「ハイッ!」

「よろしい。では解散! 各自、持ち場のお掃除をなさい」

 ほっと息を吐いて私は割り当てられた廊下へと向かう。ここは黄晶きしょう宮と呼ばれる、東西南北に別れた北棟の一角である。
 
 前の職場は西棟の菫青きんせい宮だったらしいのだけれど、そこはいじめられないようにと配慮してもらえたようだ。上官に助けてもらったとはいえ、同じ職場では前よりももっと雰囲気が悪くなっていただろうし。
 バケツの代わりに桶を使い、雑巾を絞ってフキフキ、フキフキ。

「たりー」

 家事全般が苦手科目の私は逃げ出したくなる衝動をこらえ、仕事に励んだ。
 いくらありがたい訓示をもらおうとも、やはり掃除でやる気がみなぎるわけがない。ひたすら萎えるわぁ。
 しかも、ここは広すぎる。女官もあれだけ大勢いたというのに、一人分の割当が家数件分はありそうだ。家の大掃除を全部一日でやれと言われても、土台無理な話です。

「ねえ、あなた、真面目にやらないと、あとで怒られるよ」

 心配した同僚が忠告してくれるが、あのテツコにさえ見つからなければいいのだ。

「大丈夫、大丈夫」

「あっ、下婦長だ」

 廊下の向こうからテツコが歩いてやってきたので、私は打って変わって熱心に床を拭き始めた。ほら、見てくださいよ、この光速の拭き! 
 テツコは私の前で立ち止まると、無言のままで窓のさんを指でツーっとなぞってみせた。

「玲鈴、ここが汚れていますよ」

「は、はあ、そ、そこは今から……」

「結構、では次に私が見回ってくるまでに終わらせておくように。こことそことあそこもですよ、いいわね?」

「はい……」

 厳しい職場だ。ワイ、イン、ブラック。

「ふう、玲鈴ちゃん、良かったね。私、全員食事抜きを言い渡されるかとヒヤヒヤしちゃった」

 パンダのように髪を両端でくるくるにした彼女が言うが、ここでの罰則って連帯責任なの!?
 うわぁ……それは危なかった。

「ごめん、次は真面目にやるから」

 私は本心で言う。

「うん、お願いね」

 鐘の音が鳴り、休憩時間になったが、真面目さと体力をすべて使い果たした私はへとへとになってその場に座り込んでしまった。

「つ、疲れた……」

「玲鈴ちゃん、これ食べる?」

 さっきのパンダちゃんがササの葉に包んだ白餡しろあんを渡してくれた。

「ありがとう。でも、これどうしたの?」

 白餡はまだほんのりと温かい。作りたてだ。

「厨房で余ってたのをもらってきたの。ほら、昨日は端午の節句だったでしょう?」

「ああ、なるほど」

 記念日用に作った料理の余り物を、温め直したらしい。

「ちなみに、その端午の節句の料理って美味しかった?」

 気になって私は聞いてみた。だが、パンダちゃんは何を言ってるんだとばかりに顔をしかめた。
 
「え? いやいや、私達はそんなの食べられる身分じゃないよ」

「ああ……」 
 
 やはりこの世界では上に行くほど良い暮らしができる仕組みのようだ。ああ、楽して出世できないものかしら。

 食べてみたが、甘みは少ないものの、上品な味わいでとても美味しい。お腹が空いていたので私はぺろりとそれを平らげてしまった。

「ねえ、パンダちゃん……じゃなかった、ええと」

「私、莉莉リリだよ。よろしくね!」

 二パッと人の良さそうな笑顔を見せた彼女は、まだ小柄で、小学生くらいの歳だろう。こんな子供まで働いているとは、大変な世界だ。

 どうしてここに連れてこられたのかリリの身の上話を聞いてみたが、農村で生まれた彼女は年貢の支払いが滞った時に村長の計らいで後宮入りしたという。ここでの私――玲鈴と同じ境遇だ。

「ここだとちゃんとご飯が食べられるし、村の家族に仕送りもできるし、聖上せいじょう様に感謝しないとね!」

 前向きだなあ。ほんのちょっとだけ私は反省した。

「でも、三日前に――」

 だが、リリが顔を曇らせて言う。
 
「ん?」

「ここの女官が一人、刺されて死んじゃってたんだよ。犯人もまだ捕まってないし、私、怖くて夜は厠へ行けないの」

「え? ここで刺されて?」

 それはちょっと物騒だ。やんごとなき御方も足をお運びになる場所だというのに治安が悪いとは。ひょっとすると、陽翔がここに調査にやってきたのも、それが原因だったのかもしれない。

「リリちゃん、ちなみにそれはどういう状況で……」

 同じ職場で人が死んだと聞いては、漫画しか興味のない私もさすがに気になってしまう。

「それがね、あ、鐘だ。じゃ、あとでね。さあ、お仕事、お仕事!」

 休憩時間が終わってしまったので、仕方なく私も仕事に戻ることにする。
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