後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第一章 小鳥は啼く 

第六話 沈黙の部屋

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 殺された女官が倒れていた場所は、黄水宮と西の正門を結ぶ連絡通路にほど近い物置部屋だった。
 棚には反物がしまわれている箱がずらりと並べてある。ここは普段は使われていないらしく箱が埃を被っていた。

「ここですか」

 私はすぐに中には入らずに、覗き込んだ。死体はすでに運ばれており、ここにはない。

「そうです。発見した時はその箱に向かって、うつ伏せで倒れ、背中にはかんざしを刺されていたそうです」

 蒯正が状況を説明しながら、包んだ布からその凶器を出して見せてくれた。布にわずかに染み込んだ血が女官が巻き込まれた運命の無残さを物語っていた。かんざしはシンプルな黒塗りで鉄製のものだが、握りやすく鋭利な作りになっている。

「これは、武器として作られたのではないか?」

 私と同じことを思ったようで、陽翔が見るなり眉をひそめた。

「そうかもしれません。装飾品を納品する商人や礼部にも確認を取りましたが、見覚えがないと。ただ、才女より上の女官ならともかく、側女そばめが個人で持ち込んだものとなると記録にも残りませんし、出所を調べるのは難しいかと」

 蒯正さんがすでにある程度は調べ上げたようである。これが現代なら指紋を取れるが……いや?

「蒯正さん――じゃなかった蒯正様、一つ、私に試したいことがあるのですが」

「何でしょう」

「手の脂が細かくくっついて、大事な装飾品に汚れがついてしまうような粉ってご存知ないですかね」

「ああ、触ると跡が残るような粉物ですか」

「そうそう」

「それをどうするのだ?」

 陽翔が胡散臭そうに結論を急がせるが。

「まあまあ、ものは試しです。それは貴重品というわけでもないですよね?」

「ええ」「大事な捜査資料だぞ」

「分かってますよ。とにかく、粉をつけてみましょう。黒塗りなら、上手くいくかも。このかんざしは誰が抜いて触ったか、調べれば分かりますよね?」

「ええ。死体を運んだ兵士二人と侍医しか触っていないと聞いています」

「では犯人捜しと参りましょう」

 私はニヤリと笑い、自信を持って二人を見据えた。



 いくつか候補の粉を試し、片栗粉が一番良さそうだったので、それを絹布を張ったふるいにかけてかんざしにまんべんなく振りかける。

「レイレイ、我々は忙しいのだぞ。まじないや占いなど、している場合か」

 陽翔がいらついて言うが、彼はその手のたぐいのことはどうやら嫌いらしい。

「いいえ、そういうものではありませんよ。さあ、これで、お立ち会い!」

 私がフッと息を吹き込むと、余計な粉がすべて飛び、思惑通りに指紋が綺麗に浮かび上がった。

「む、これは」「おお」

 逆手に握った四つの指先が見える。間隔は狭く、指も小さめだ。

「どうやら若い女性のようですね。蒯正様、お手を拝借」

「ええ」

 やはり見比べても男性と女性では手の指の間隔が少し違う。

「でかしたぞ、玲鈴! これで下手人から宦官は除外できる」

 おや、陽翔様が初めて私を名前で呼んでくれた。

「ですが、年老いた女性ではなく、若いというのは?」

 蒯正が疑問に思ったようで聞いてくる。私は説明してやった。

「歳を取ると手の脂が少なくなるのですよ。ほら、紙の資料をめくるのにいちいち指をなめるご年配の人がいるでしょう?」

「ああ、なるほど」

「ほう、玲鈴よ、お前は紙を大量に扱う高官をよく観察しているのだな」

 しまった。この世界では紙も貴重品だったか。

「あー、そういう話を、伝え聞きまして。すみません、さも見てきたかのように言ってしまいました。アハハ」

「ふん、まあ、今はそういうことにしておいてやろう。蒯正、女官を集めさせろ。指の紋様を取るのだ。これは一人一人紋様が違うようだからな」

「はい、陽翔様」

 集めるのはいいにしても、指紋の一致をデジタル機器なしで見比べるのは大変だろうと私は思ったのだが。
 犯人はそうは思わなかったようである。

「なに? 菫青宮の女官達が採取を拒否するだと?」

「はあ、なんでも呪いや占いで犯人捜しなど冤罪えんざいを生むということで、淑妃しゅくひ様が反対なさったと……」

「誰かさんと同じことを言ってますねぇ」

「うるさいぞ、レイレイ。ならば俺が直々に説明しに行く。付いてこい」

 私達三人が菫青宮におもむき、淑妃との面会を求めたが、沐浴もくよく中とのことで、かなりの長い時間、待たされてしまった。

「やれやれ、女の風呂は無駄に長いな」

 私も同感だったが、相手が正一位の大物ということもあって、口には出さない。

「陽翔様、ここは菫青宮ですので」

 蒯正もやんわりと主をたしなめた。

「お待たせしました。淑妃様がお会いになるそうです。ただし、沐浴を済ませたばかりのため、とばりの向こうでお話するとのことです」

 女官が告げる。

「それで結構」
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