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■第一章 小鳥は啼く
第七話 証言
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部屋に行くと、寝台にすみれ色の薄布がかけられ、その向こうに淑妃が横たわっているのがここからでも分かった。
公卿と呼ばれる貴族の陽翔は立ったままで一礼し、私と蒯正は跪いて拱手する。
「待たせたようですね。侍御史が妾に急ぎの用があるとか」
淑妃の顔はよく見えないが、体格がふっくらとしていて声も張りがあり、落ち着いた様子である。これだと証拠隠しのために渋ったわけでもなかったか。
「はい。先日の女官殺しについて捜査を行っている件についてです」
「ふふ、さしずめ妾をその犯人として挙げにきたということですか」
「ご冗談を。淑妃様におかれましては、そのような下官を手に掛ける理由がありますまい。私はもっと近い立場の女官による怨恨や金銭問題の線を疑っております」
はて、まだ陽翔はそれらしい考えを述べていなかったと思ったが、そうなのだろうか? この事件の動機とすれば、あり得るとは思うけれど。
「あら、そうでしたか。よろしいでしょう。妾も事件の速やかな解決を願っておりますからね。人殺しがこの離宮をうろついていては、陛下においでいただくのも難しいままでしょうし」
「ええ。では、新技法を用いた捜査『指印』をご許可いただいたと思ってよろしいですかな?」
「それは構いませんが、ゆめゆめ、冤罪がないようにお願いしたいものですわね。呪いや占いなど、当たるも八卦当たらぬも八卦と言うではありませんの。名家の鳳一族ならば、雑な捜査を行わないであろうと期待しておりますよ。お前にとってはただの出世の道具でも、妾にとっては大切な配下ですからね」
「肝に銘じておきます。呪いや占いなどではございませんので、どうかご安心を」
「だといいけれど。ところでそこの女官は何者かしら?」
私がいるのを不自然に思われたようだ。まあ、そうだろうね。
「ああ、彼女ですか。男の私が離宮を調べ歩くのも不敬かと思いましたので、手伝いをさせています」
「そう。名は何というの?」
陽翔が黙って私を見るので、直接答えろということらしい。
「玲鈴にございます」
見よう見まねの拱手だが、勘弁して欲しい。
「玲鈴ね。ま、せいぜいお励みなさいな。フフ」
小馬鹿にされたような印象だが、まあ、私のような小娘が手伝ったところでという感じなのだろうね。
「では失礼いたします」
私達が淑妃との面会を終え、部屋を出たとき、女官の一人が追いかけてきた。
「あの、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「そのぅ、そちらの女官の方に」
女官が私を見て言う。
「私に?」
何の用だろうか。顔も知らない相手だ。服は若草色で、地位は私と同じく下級の側女らしい。
「いいだろう。では、玲鈴、俺達は先に賢妃のもとへ行く。後でお前も来い」
「あ、はい」
陽翔と蒯正を見送り、改めて私は彼女を見た。歳は三十代くらいだろうか。緊張した様子の彼女は、陽翔達が見えなくなってから、ようやく話し始めた。
「実は、殺された女官と私は顔見知りなのです」
ほう、被害者の知人か。友達だと言わないところをみると、そこまでは親しくなかったようだが。
「彼女は前に私にお金を貸してと頼んできたことがあるのです」
「お金ですか。何に使うお金ですか?」
「いえ、さあ……そこまでは。ただ、少なくない額の借金があったようです」
「なるほど」
さきほど陽翔が叔妃に話していたが、やはり金銭トラブルの線かも。
「誰から借りていたか、分かりますか?」
私はさほど期待せずに聞いたのだが、女官は力強くうなずいた。
「ええ、知っています。賢妃様の才女、春菊様です」
才女――賢妃様お付きの中級女官か。
「ありがとうございます」
「いいえ、お礼はいいわ。それより、早く捕まえて下さいね」
「ええ」
「それと、私が告げ口したというのは内緒で」
「……分かりました」
私はそう言ってうなずいてみせたが、何か引っかかるものを感じた。
恨まれては困るということなのだろうが……告げ口、ねぇ?
ま、私はただの警察犬だ。判断は刑事さんである陽翔様に任せるとしよう。
公卿と呼ばれる貴族の陽翔は立ったままで一礼し、私と蒯正は跪いて拱手する。
「待たせたようですね。侍御史が妾に急ぎの用があるとか」
淑妃の顔はよく見えないが、体格がふっくらとしていて声も張りがあり、落ち着いた様子である。これだと証拠隠しのために渋ったわけでもなかったか。
「はい。先日の女官殺しについて捜査を行っている件についてです」
「ふふ、さしずめ妾をその犯人として挙げにきたということですか」
「ご冗談を。淑妃様におかれましては、そのような下官を手に掛ける理由がありますまい。私はもっと近い立場の女官による怨恨や金銭問題の線を疑っております」
はて、まだ陽翔はそれらしい考えを述べていなかったと思ったが、そうなのだろうか? この事件の動機とすれば、あり得るとは思うけれど。
「あら、そうでしたか。よろしいでしょう。妾も事件の速やかな解決を願っておりますからね。人殺しがこの離宮をうろついていては、陛下においでいただくのも難しいままでしょうし」
「ええ。では、新技法を用いた捜査『指印』をご許可いただいたと思ってよろしいですかな?」
「それは構いませんが、ゆめゆめ、冤罪がないようにお願いしたいものですわね。呪いや占いなど、当たるも八卦当たらぬも八卦と言うではありませんの。名家の鳳一族ならば、雑な捜査を行わないであろうと期待しておりますよ。お前にとってはただの出世の道具でも、妾にとっては大切な配下ですからね」
「肝に銘じておきます。呪いや占いなどではございませんので、どうかご安心を」
「だといいけれど。ところでそこの女官は何者かしら?」
私がいるのを不自然に思われたようだ。まあ、そうだろうね。
「ああ、彼女ですか。男の私が離宮を調べ歩くのも不敬かと思いましたので、手伝いをさせています」
「そう。名は何というの?」
陽翔が黙って私を見るので、直接答えろということらしい。
「玲鈴にございます」
見よう見まねの拱手だが、勘弁して欲しい。
「玲鈴ね。ま、せいぜいお励みなさいな。フフ」
小馬鹿にされたような印象だが、まあ、私のような小娘が手伝ったところでという感じなのだろうね。
「では失礼いたします」
私達が淑妃との面会を終え、部屋を出たとき、女官の一人が追いかけてきた。
「あの、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「そのぅ、そちらの女官の方に」
女官が私を見て言う。
「私に?」
何の用だろうか。顔も知らない相手だ。服は若草色で、地位は私と同じく下級の側女らしい。
「いいだろう。では、玲鈴、俺達は先に賢妃のもとへ行く。後でお前も来い」
「あ、はい」
陽翔と蒯正を見送り、改めて私は彼女を見た。歳は三十代くらいだろうか。緊張した様子の彼女は、陽翔達が見えなくなってから、ようやく話し始めた。
「実は、殺された女官と私は顔見知りなのです」
ほう、被害者の知人か。友達だと言わないところをみると、そこまでは親しくなかったようだが。
「彼女は前に私にお金を貸してと頼んできたことがあるのです」
「お金ですか。何に使うお金ですか?」
「いえ、さあ……そこまでは。ただ、少なくない額の借金があったようです」
「なるほど」
さきほど陽翔が叔妃に話していたが、やはり金銭トラブルの線かも。
「誰から借りていたか、分かりますか?」
私はさほど期待せずに聞いたのだが、女官は力強くうなずいた。
「ええ、知っています。賢妃様の才女、春菊様です」
才女――賢妃様お付きの中級女官か。
「ありがとうございます」
「いいえ、お礼はいいわ。それより、早く捕まえて下さいね」
「ええ」
「それと、私が告げ口したというのは内緒で」
「……分かりました」
私はそう言ってうなずいてみせたが、何か引っかかるものを感じた。
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