後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第一章 小鳥は啼く 

第八話 賢妃

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 黄晶宮に戻った私は、仕事しなさいよと言わんばかりのテツコの睨みをかいくぐり、陽翔達に追いついた。

「失礼します」

 きらびやかな黄金ゴールド黄水晶シトリンで装飾された扉をくぐり、やや緊張しながら奥の部屋に入る。

「おお、来たか。それでさっきの女官は何を言っていた?」

 陽翔が聞いてくるが、まずはその場に腰掛けている賢妃様に拱手きょうしゅでご挨拶しないと。
 何しろこちらが本来の私の上司なのだ。

「お初にお目に掛かります、賢妃様」

 私が両腕を顔の前に上げて一礼すると、彼女はニッコリと微笑んだ。それにしても金髪とは。陽翔も銀髪だし、こちらの世界では髪の色も様々らしい。

「ええ、よろしくね、玲鈴。さ、鼈甲べっこうあめがあるわよ。食べてごらんなさい」

 そう言われては、私もテーブルに着席せねばなるまい。
 皿の上に置いてある焦げ茶色の飴をいただいて口に入れてみる。

「ん? ああ、なんだ、キャラメルか」

 ミルキーっぽさが足りないが、香ばしい風味が口の中に広がり、ちょっとした幸せだ。

「あら、玲鈴は西方にお知り合いでもいるのかしら? 確かあちらでもキャメロだか、そんな呼び名があったはずだわ」

「あ、ああ、いえ……」

 しまった。
 ついこの間まで官位も持っていなかった身分の低い私が、賢妃様がお食べになるようなお菓子を知っているはずがないのだ。

「西方か。玲鈴、いいかげんに白状しろ。お前の師は誰だ?」

 陽翔がしつこく聞いてくるが、他国のスパイと誤解されても面倒なのよね。

「その前に、さきほどの女官ですが、被害者は春菊様に借金があったと話してくれました」

 仕方ないので私はさっさと本題に入り、さりげなくごまかす。

「なに?」

「それは変ね。春菊は友達が多いほうじゃないし、彼女はずっと黄晶宮の女官だから、別の菫青宮の女官がお金を借りるのは不自然よ。給金を上げて欲しいという相談も無かったわ」

「ふむ。ですが、名前が出たからには、尋問させていただきますぞ、賢妃様」

「そうね、事情は確かめておかないと。でも、尋問だなんて、まだ犯人と決まったわけでもないし、あの子が殺人をやるような子じゃないのは私が保証します。だから、陽陽くん、優しく聞いてあげてね」

「はあ、分かりました。ただし、私は今年で二十三です。八年も前に成人の儀を終えておりますので、幼名で呼ぶのはやめていただけますか」

「ああ、ごめんなさい。だってこの前に会った時はまだこのくらいの可愛い子だったのに、月日の経つのは本当に早いわね。お姫様みたいでそれはもうとーっても可愛かったのよ? それがいつの間にやら正五位まで出世してしまって」

 楽しそうに話す賢妃は陽翔の子供の頃をよく知っているようだ。ま、見た目は凄く可愛らしかったでしょうとも。性格は分からないけどね。

「ふう、子供の頃の話は今は関係ないでしょう」

 不快そうに顔をしかめる陽翔にも苦手なものはあったようだ。
 
「ふふ、陽翔は子供の頃から利発で人使いも荒かったから、玲鈴、辛かったら私に相談しなさいね」

 なんと優しい御方だろうか。私はウルッときた。

「はい、その時にはどうかひとつ! よろしくお願いします」

 力強く、深々と頼み込む。

「おい、そこは嘘でも上官を立ててそんな事はありませんと否定するところだぞ?」

 陽翔が不満そうに言うが、部下になった覚えはないのだ。あくまでお手伝い、短期間だよね? ……え?

「あらぁ、そこは私が上官でしょう」

「今は私がお借りしていますから。それより本題を」

「ああ、ええ、春菊に話を聞くのだったわね」

「そうです。蒯正、その才女をここに」

「はい。では、呼んで参ります」

 蒯正さんが苦笑して席を立つ。

「何も言うなよ、玲鈴」

「何も言ってませんよ」

 ここぞと言うときに「あらぁ、お姫様」とからかってやりたいけれど、それをやると私の生命が危ない気がする。

 しばらくして、声を荒げる女官が蒯正とともにやってきた。
 
「冗談じゃないわ! 私、借金なんて一銭も無いし、菫青宮になんて行ったこともないってのに、そんなの、嘘に決まっているじゃないの!」

 桜色の女官服に身を包んだ彼女は、歳は十五くらいだろう。その割に大人の男相手に罵声でも浴びせるかのように言い返すとは大したものだ。濡れ衣といえども、私がそのくらいの歳で警察官に問い詰められたら、泣いちゃうだろうなぁ。

「春菊、落ち着きなさい。誰もあなたが犯人だとは思っていませんよ」

 賢妃がなだめるが、感情的になっている春菊は収まらない様子だ。

「当然です! 誰がそんな話を――あっ、その側女ね!」

 キッと見開いた目をこちらに向ける彼女。ちょっと怖いのでここは速やかに否定しておく。

「いえ、私は違いますけど」

「ええ? じゃあ、誰よ?」

「まあ、待て。今の申し開きは、侍御史ぎょじしである私にしてもらうぞ」

「あ、あら。は、はい……」

 先ほどまでの勢いはどこへやら、春菊は顔を赤らめると、ぽーっとした目でちらちらと陽翔を見る。ダメだよ、娘さん、コイツだけはやめときなさい。見た目は良くても性格がエグいから。

「――オホン、ですから、ワタクシはお金の借り貸しなどしておりませんの。被害者とも面識はありません」

 お淑やかな言葉遣いになった春菊は照れながら陽翔に証言した。

「よし、蒯正、この証言の裏を取れ。二人ほど女官に当たれば充分だろう」

「分かりました」

「玲鈴、この偽証をした女官の名は?」

「あー、名前までは聞いてなかったですね……」

「はぁ? この間抜けが! お前は証言者の名前も記録せずに聴取が成立すると思うのか」

「ぐぐ、すみません」

 まったくもってその通りなのだが、だってあの時はちょっと話を聞いてこいって感じだったじゃん。
 罠だ。
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