後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第二章 闇を返す

第一話 不審者

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その日、私はコンビニでカップ麺を買い、文房具店でインクを買おうと近所の商店街に向かっていた。
 公園では小学生男子のグループがサッカーをして仲良く遊んでいる。
 
「小学生は元気だよねぇ。はー、あの無駄な体力が欲しい」

 私はため息を付く。ちょっと夜更かししただけで、翌日は疲れがどっと出る。うん、分かってる、運動不足です。でも、元気になるために面倒臭い運動はしたくないし。

「あっ、悪い」「おい~」 

 責めるような声が上がり、どうやら一人がミスをしてボールを外に蹴り出してしまったらしい。
 
「取ってくる!」

 一人がこちらに向かって駆け出すが、その子は道路をよく見ていない。

「あっ、ちょっと!」

 向こうから、ちょうどトラックが走り込んでくるのが見えた。しかも結構なスピードだ。
 とっさに私は男の子の手を引っ張って、止めようとする。
 だが、勢いがついている男の子を止められない。
 
 どうする?
 ここで手を離せば、私は助かるだろう。
 だが、男の子は?
 
 このままでは二人ともトラックにねられてしまうかもしれない。
 ――でも、私は自分がそうするだろうと分かっていた。
 
 子供が危ないなら、助けなきゃ。
 そんなもの迷うまでもない。
 
 力一杯その手を引き、体をひねって遠心力でその子を反対側になんとか投げ飛ばす。
 
「うわっ」

 良かった。これで男の子は助かった。後は私も――!
 
 そこでドンッ!という激しい衝撃があり――私は目が覚めた。
 
「うひぃっ! あれ?」

 見回すが、粗末な寝台の上に私はいた。病院のベッドで無い事はすぐに分かった。
 
 ここはもう現代ではないのだ。

「ふう、なんだ夢か……」 

 日本ではないどこか。中華風の国。それも電気もガスもない時代だ。
 どうやら私はこの世界に転生したようである。なんだかなぁ。

「あっ、おはよ、玲鈴レイリンちゃん。これ、さっきもらってきたけど、食べる?」

 パンダのように頭髪を二つお団子型にくくったリリちゃんが、厨房から苺を持ってきたようだ。
 
「もらうけど、いつもいつもそんなにくすねてきて、大丈夫なの?」

 私が心配して聞くと、リリはえっと驚いた顔をして、それからぷくーっと頬をふくらませた。

「もう、くすねてなんかないよ! これは形が悪くて出せないものをもらってきただけだもん」

 なるほど訳あり品だったか。

「そう、疑ってごめんね」

「ううん、分かってくれればいいよ」

 リリは、ニパッと気の良い笑顔を見せてくれた。
 彼女が渡してくれた苺は少し小さくて、形が悪い。でも気にせず私はかじる。強い酸味があったが、ほのかな甘みは確かに苺だ。

「ん~、すっぱい!」

「そう? これ凄く甘いと思うけど。うちの村に生えてた野苺よりずーっと美味しいよ」

「ええ? そう」

 品種改良して、いつかリリちゃんにも日本のブランド苺みたいな甘くてでっかいのを食べさせてあげたいなぁ。

 そんなことを思いながら食べていると、遠くから鐘の音が聞こえた。

「あっ、時間だ!」

「うわ、急がないと!」
 
 私達は慌てて支度を調える。
 なにしろ下級女官の朝は早いのだ。
 上級中級の女官達がベッドから出る前に、朝食の用意をしなくてはならないため、外がまだ薄暗いうちから仕事が始まる。たぶん、朝の五時とか、それくらいだろう。もう絶対そんな朝方の仕事なんてやりたくないのだが、下級女官となっている今の私には拒否権など無いのだ。

 まずは朝の朝礼。ずらりと並んだ草色の女官服の前に、黒いタマネギ頭がやってきた。顔には厚い化粧――白粉おしろいをした下婦長テツコ(仮名)が立つ。
 
「遅いですわね。皆さん。いいですか、私が来る前に、整列しておくこと。それが下の者の心得です。分かりますね?」

「「「はいっ!」」」

「それから……そこのあなた! 髪が乱れていますわよ。髪の乱れは心の乱れ、女官たるもの、常に身だしなみには気をつけなければなりません。お返事!」

「「「はいっ!」」」 
 
 もうあれだね、軍隊のノリだね。サー! イエッサー! いや、女性の上官だから、アイアイマム! だろうか。ま、どっちでもいい。早く終われ~。

「オホン! そこっ、玲鈴!」

 うわ、指名された。
 
「いいですか、早く終われなどという顔をしてはいけません。上官の言う事は何があろうと笑顔で受け止めなさい」

「はぁい……」

「返事は元気よく!」

「ハイッ!」

「よろしい。では、今日も一日、元気よく、みなぎる笑顔で働きましょう! 解散!」

 それぞれの持ち場に別れて、これから朝食まで私とリリのグループはお掃除だ。朝食の後も、ずっとお掃除。萎えるわぁ。
 
 あれから陽翔は顔を見せていない。もう今日で一週間になる。ひょっとしてアイツ、私に褒美を与えると言ったことを、忘れてるんじゃないかしら?
 
「……あり得る。くっ」

 ぬか喜びなんてするんじゃなかった。
 
「おのれ陽翔! おりゃぁあああ」

 紐でくくった衣姿で、廊下に雑巾掛けをしながら走る。
 私がやりたいことはお掃除じゃなくて百合漫画を描くことだってのに。
 
「ほほ、威勢のええ女官じゃのぉ」

「んん? 誰?」

 庭からニヤニヤと覗き込んでいるのは、小柄なお爺さんだ。
 だが、この人は宦官ではないだろう。宦官の人は灰色の服を着ていて、声が一オクターブ高く、顔が柔らかいからね。
 何より、こんな灰汁の強そうな顔はしていない。
 
 しかし――ここは離宮と呼ばれる場所、後宮である。
 ここに夜中入れる男性はただ一人、皇帝だけなのだ。
 
「誰かッ! ここに変質者がいますよ!」

 だから私は大きな声で叫んだのだった。
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