後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第二章 闇を返す

第二話 褒美

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「お前は、アホか!」

 黄晶きしょう宮の一室で私は陽翔様に怒鳴られた。ドンッと机を叩くほどのご立腹だ。

「すみません……だって知らなかったし」

「それなら相手に確認くらいしろ。いきなり襲いかかってこられたり、不審なことをしているならまだしも、虎翁こおう先生はただの散歩中だったそうではないか」

「ええ、まあ、でも……」

 何もあんな朝っぱらから散歩しなくてもねぇ。

「でも? 何か反論があるのか? 俺を納得させられるだけの」

 流れるような銀髪の間から、冷たい瞳が私をギロリと睨んでくる。整った顔立ちだけに怒ると迫力が増す。睨まれただけで息が詰まりそうだ。

「いえ、ありません」

「ふぅ、よりによって正二位の有名人を不審者扱いしたなどと、信じがたい。正二位だぞ! あの御方はかつて将軍を勤め上げ、今は顧問として後宮女官のご指導に当たっておられる。先代の帝から”聖人”の称号まで贈られた生ける伝説の人なのだ」

 レジェンドか。いやー、そんなオーラは微塵も感じなかったけれど、運が悪い。

「今日はあの御方にお前を紹介してはどうかと賢妃様に申し上げようと思っていたが、やめだ、やめ! 取り立ててやった俺の顔に泥を塗りおってからに」

 ふむ、今の私は陽翔の部下という形になっているので、それで余計に怒ってるんだろうな。野心あふれる若手エリートというのも面倒だ。それに将軍だか剣聖だか知らないが、私は武芸なんぞに興味は無いもの。

「まあ、さっさとクビにしてもらってもいいですが」

 私としてはこんな怒鳴りちらす上司より、優しくて気さくな賢妃様の部下のほうが良かったりする。キャラメルくれるし。

「ならん。簡単に俺から離れられると思うなよ? ボロ雑巾のようにこき使って、元はきっちり取ってやる」

 うわぁ……。根っからのサディストだ。顔が笑ってるし。

「まぁまぁ、陽翔様、玲鈴も反省しているようですから、もうそのくらいで」

 横から温厚な蒯正かいせいさんが主をなだめてくれた。この人、天使だわ。大柄な体格だが、宦官独特の物腰の柔らかさがある。
 
「うむ。さて、腹は立つが、約束は約束だ。蒯正」

「は。では、玲鈴、これを」

 机の上に漆塗りの箱が二つ置かれ、蓋が取られた。
 まず一つ目は紙だ。
 
「おおっ、こ、これは」

「紙とペンだったな。俺からの褒美だぞ」

「ありがとうございます。あれ?」

 もう一つの箱を見るが、そこにはすずりと筆が入っていた。 

「あいにく、ペンが何を意味するか分からなかったから、それにした。お前の給金では一生かかっても買えない高級な硯と筆だ。ありがたく思え」

「うーん」

 奮発してくれたのはありがたいのだけれど、コレ、欲しいものと違うのよね……。
 毛筆では細かい線は描けない。

「なんだ、描く物ではなかったのか? お前は絵が描きたいのだろう?」

 洞察力はあるんだよなぁ、この人。

「ですから、私はペンが何かを一度お調べになってはと申し上げたのですよ、陽翔様」

「ふん、玲鈴のくせに生意気な。だが、お前の欲しいペンとはいったい何なのだ?」

「ええとですね、鉄製の先端で、細い線が描けるモノです。理想を言えば液タブとPCなんですが、さすがにここにはないでしょうし」

「えきたぶ? ぴぃしぃ? 何を言ってるか、さっぱりわからんぞ。とにかく細い線が描ける鉄の筆だな?」

「ええ、そうです」

「なら我が桑国の技術者ならば簡単に作れそうだが……おお、かんざしではどうだ?」

「あ、なるほど。使えるかな?」

 さっそく蒯正さんに用意してもらい、私はもらった紙で描いてみた。だが、薄くにじんでしまう上に、紙がすぐに破れそう。
 
「ダメ、これは紙もインクも考えないと」

「そうか。だが、インクというものには聞き覚えがあるぞ」

「えっ、本当ですか!」

 私は思わず身を乗り出した。

「ああ。あれはいつのことだったかな……おととしの収穫祭、いや、もっと前だな。そうだ、俺が子供の頃、西方の商人が家に持ってきた物の中にインクがあった」

「ははあ、なるほど、西方のものでしたか。道理で聞き慣れない言葉だと思いました」

 蒯正さんが言うが、この国にはやはり無い物なのだろう。
 
「ならば、やはりこれはあの方に聞くのが一番だな」

「ええ、西方とくれば、そうですとも」

 したり顔の陽翔と蒯正は西方に詳しい人の心当たりがあるようだ。
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