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■第二章 闇を返す
第四話 嫉妬
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「アンタ、調子に乗りすぎ」
開口一番、鼻先に人差し指を突きつけられてそう言われた。
「ええと、何か失礼でも……」
私は困惑しながらおずおずとお伺いを立てる。相手は桜色の衣を着ており、つまり格上の女官である。
この世界に来て最初に意地悪してきた相手も桜色の才女だったので、私はどうもこの人達が苦手だ。
「とぼけないで。ちょっと変わった絵が描けるからって、賢妃様とベタベタしちゃって。賢妃様はお優しいからアンタみたいな無礼でも許して下さるけど、春菊はそんな甘くはないわよ」
「はぁ」
春菊とはコイツのことだ。自分のことを自分の名前で喋る女。幼い子が三人称を使うなら可愛げがあるのだが、春菊の歳は十五だと聞いた。んー、微妙……。
「はぁ、じゃないわよ。いい? 草色の側女はお掃除をしたりご飯を作るのがお仕事でしょ。賢妃様のお相手は才女以上のお仕事なんだから、勝手にしゃしゃり出てこないで」
「んー、申し訳ございませんでした」
別にしゃしゃり出たつもりは無いのだが、ここで言い争いをしてはダメだ。
上司の言う事はハイハイと聞いておくのが一番よ、とバイト先のおばちゃんが処世術を教えてくれたし。
「フン、本当にわかってるのかしら。まあいいわ。……ところで、アンタ、絵が得意なら、私の似顔絵も描けるわよね?」
「ええ、まぁ」
「じゃ、描いて」
「は、はぁ……」
どういう意図だろうか。罠で無ければいいのだけれど。
「何よ、文句でもあるの?」
「いえ、別に。喜んで描かせていただきます。ただし」
「ただし!? ただしですって! あなた、側女の新人のくせして、年上の才女に条件を付けようっての?」
「いえ、私にも別の、本来のお掃除という職務がありますので。それに、賢妃様よりも長く時間を割いてしまうと、それも上下関係としてはいささか失礼かと」
「ああ、そうね。ええ、そうですとも、分かったわ。そんなに長く時間をかけなくていいから」
「はい。リテイクは無しということで」
前世の私はリクエストを何度か受けたことがあるが、下書きのラフ画ならともかく綺麗に絵を完成させたあとで、顔をもっとこちらに向けろとかポーズを変えろとかそんな修正を出されると、凄く気力と時間が削られてしまうのだ。自分の描きたい物を描きたいときに描くのと、ああしろこうしろと言われて描くのもまた違うし。
「じゃ、お願いね」
そう言って椅子に腰掛け、手鏡で映しながら自分の髪を直し始めた春菊は、なんだか気合いが入っている。ここはあんまりデフォルメせずに、写実的なデッサン風の美少女でいきますか。とにかく怒らせたくない。
描く。
うーん、鉛筆の下書き無しでいきなりペン入れってのもキツいなあ。
だいたい、私はデジタルオンリーで描いてたし、アナログは苦手なのよね。
デジタルだと間違えても簡単にワンクリックで元に戻して修正できるのだが……。
「可愛く描きなさいよ」
「分かってますよ。あと、ポーズは変えないで下さい」
「ええ? こうだったかしら?」
「もう少し顔を右に向けて、手は下で……はい、それでいいです」
「むむ、結構辛いわね」
「なるべく早く仕上げますので、もう少し我慢して下さい。輪郭さえ描ければあとは少々動いてもらっても大丈夫ですから」
賢妃様はお任せだったから適当に描けたけど、コイツは似てないと絶対いちゃもんつけてくるだろうし。私も真剣だ。
「くっ……まだ?」
「もう少し。はい、もう動いて大丈夫です」
「ふう。で、どんな感じかしら。ええ? まだ全然描けてないじゃない」
「まあ、これからなので」
目はちょっと大きくしなさいよとか、唇は小さくしてとか、上品にしないと殴るわよなどと、スゲえ面倒臭い注文を出されたが、全部無視して忠実にデッサンする。
「できました」
「へえ……うーん、まぁ、上手いんじゃないの」
「どうも」
よし、なんとか乗り切れた。
「でも、賢妃様の絵みたいに可愛くない。もう一回描いて」
「ええ? リテイクは無しって言ったじゃないですか。もうそろそろ戻らないと」
「知らないわよ、リテイクなんて。お掃除で叱られたら、才女に別の仕事を頼まれたって言えばいいのよ。なんなら春菊が口添えしてあげるわ」
「じゃ、それで頼みますよ」
テツコは私がこっちにいる間のことについては特に何も言わないだろうけど、言い訳カードは多い方が安心だ。
「……完成! これでどうですか」
「うわぁ、可愛い! これが春菊なの?! 凄い凄い!」
なんだ、マンガ絵で良かったのか。ちょっと目をきつめに描いたけれど、特徴は出てると思う。顔立ちは整っていて、元から美人さんだ。
「ねえ、見て見て、春菊の絵も玲鈴に描いてもらったわよ」
「あら」「へえ」
むむ、他の女官達が見入っているが、これはヤバイ予感。
「では、私は仕事に戻りますので、失礼します」
「あ、ちょっと!」
捕まる前に聞こえない風でさっさと逃げた。
全員分の似顔絵はちょっと大変だし。
翌日、あれからテツコには何も言われなかったけれど、また朝っぱらからお掃除だ。たりぃ。
「オホン、玲鈴、顔にやる気が見えませんね」
「い、いえいえ、みなぎってますよ~?」
くっ、掃除に笑顔なんていらんわ! って、雑巾を床にたたきつけて踏んづけたい。
だが、ここでの私はぺーぺーの下っ端、我慢である。
「……よろしいでしょう。黄晶宮の才女様達がお呼びです。掃除はもうそのまま別の者にやらせますから、あなたはすぐにそちらへお行きなさい。急ぎの用だそうですよ」
「はぁい」
「返事は、はいとピシッと。腹から声を出して」
「はいっ!」
「よろしい。ではお行きなさい」
なんとかテツコの鬼いびりをクリアし、私は一度ペンを取りに自分の部屋に戻る。自分の部屋と言っても、リリ達四人との相部屋だ。個室と電気が欲しい。じゃないと夜中は描けないし。
「えっ? あれ?」
部屋に入った私は、寝床を見て立ち止まる。
私の枕元に置いていたはずの漆塗りの箱の蓋が勝手に開けられ、その場に投げ出されていた。
――どういうことだ?
誰かが動かしたようだが……中身はインクの入った瓶と筆だけで、羽根ペンが見当たらない。
掃除のためではないと思うが……念のため、近くにいる女官に聞いてみた。
「あなた、私の部屋の箱を開けたりした?」
「しないわよ。見て分かるでしょ。私はこの廊下が担当だから。アンタ達の部屋くらい自分で掃除しなさいよ。才女様と仲がいいからって生意気」
「いや、ごめん」
掃除をしているリリの所にも行って聞いてみたが、誰も私の箱はつついていないという。
「だって、あの陽翔様や賢妃様からのもらい物でしょ? そんな高価なもの、怖くて触れないよ」
やはりここにいる下級女官達のやることではなさそうだ。
となると、宦官か陽翔だが……いやいや、陽翔も違うな。彼なら一言「やっぱり返せ」と机の前で横柄に一言言えば済むことだ。もちろん私は罵詈雑言を尽くして抵抗するだろうけども、相手の地位が違いすぎてこちらの意思を通せるわけもない。
宦官にしたって、彼らは中級役人がほとんどだから、陽翔や賢妃の贈り物に手を付けたりするわけがない。盗みが発覚すれば追放どころか、投獄や鞭打ちもあり得る。私は鞭で打たれたときの痛みを思い出して身震いした。
「玲鈴、黄晶宮の才女様がお呼びよ」
「分かった」
とにかく、地位のある人に説明しなければ。
もしも、このことが賢妃様のお耳に入れば……どういう結果であれ、大変なことになりそう。
私は思わず唇を噛みしめ、御殿へと急いだ。
開口一番、鼻先に人差し指を突きつけられてそう言われた。
「ええと、何か失礼でも……」
私は困惑しながらおずおずとお伺いを立てる。相手は桜色の衣を着ており、つまり格上の女官である。
この世界に来て最初に意地悪してきた相手も桜色の才女だったので、私はどうもこの人達が苦手だ。
「とぼけないで。ちょっと変わった絵が描けるからって、賢妃様とベタベタしちゃって。賢妃様はお優しいからアンタみたいな無礼でも許して下さるけど、春菊はそんな甘くはないわよ」
「はぁ」
春菊とはコイツのことだ。自分のことを自分の名前で喋る女。幼い子が三人称を使うなら可愛げがあるのだが、春菊の歳は十五だと聞いた。んー、微妙……。
「はぁ、じゃないわよ。いい? 草色の側女はお掃除をしたりご飯を作るのがお仕事でしょ。賢妃様のお相手は才女以上のお仕事なんだから、勝手にしゃしゃり出てこないで」
「んー、申し訳ございませんでした」
別にしゃしゃり出たつもりは無いのだが、ここで言い争いをしてはダメだ。
上司の言う事はハイハイと聞いておくのが一番よ、とバイト先のおばちゃんが処世術を教えてくれたし。
「フン、本当にわかってるのかしら。まあいいわ。……ところで、アンタ、絵が得意なら、私の似顔絵も描けるわよね?」
「ええ、まぁ」
「じゃ、描いて」
「は、はぁ……」
どういう意図だろうか。罠で無ければいいのだけれど。
「何よ、文句でもあるの?」
「いえ、別に。喜んで描かせていただきます。ただし」
「ただし!? ただしですって! あなた、側女の新人のくせして、年上の才女に条件を付けようっての?」
「いえ、私にも別の、本来のお掃除という職務がありますので。それに、賢妃様よりも長く時間を割いてしまうと、それも上下関係としてはいささか失礼かと」
「ああ、そうね。ええ、そうですとも、分かったわ。そんなに長く時間をかけなくていいから」
「はい。リテイクは無しということで」
前世の私はリクエストを何度か受けたことがあるが、下書きのラフ画ならともかく綺麗に絵を完成させたあとで、顔をもっとこちらに向けろとかポーズを変えろとかそんな修正を出されると、凄く気力と時間が削られてしまうのだ。自分の描きたい物を描きたいときに描くのと、ああしろこうしろと言われて描くのもまた違うし。
「じゃ、お願いね」
そう言って椅子に腰掛け、手鏡で映しながら自分の髪を直し始めた春菊は、なんだか気合いが入っている。ここはあんまりデフォルメせずに、写実的なデッサン風の美少女でいきますか。とにかく怒らせたくない。
描く。
うーん、鉛筆の下書き無しでいきなりペン入れってのもキツいなあ。
だいたい、私はデジタルオンリーで描いてたし、アナログは苦手なのよね。
デジタルだと間違えても簡単にワンクリックで元に戻して修正できるのだが……。
「可愛く描きなさいよ」
「分かってますよ。あと、ポーズは変えないで下さい」
「ええ? こうだったかしら?」
「もう少し顔を右に向けて、手は下で……はい、それでいいです」
「むむ、結構辛いわね」
「なるべく早く仕上げますので、もう少し我慢して下さい。輪郭さえ描ければあとは少々動いてもらっても大丈夫ですから」
賢妃様はお任せだったから適当に描けたけど、コイツは似てないと絶対いちゃもんつけてくるだろうし。私も真剣だ。
「くっ……まだ?」
「もう少し。はい、もう動いて大丈夫です」
「ふう。で、どんな感じかしら。ええ? まだ全然描けてないじゃない」
「まあ、これからなので」
目はちょっと大きくしなさいよとか、唇は小さくしてとか、上品にしないと殴るわよなどと、スゲえ面倒臭い注文を出されたが、全部無視して忠実にデッサンする。
「できました」
「へえ……うーん、まぁ、上手いんじゃないの」
「どうも」
よし、なんとか乗り切れた。
「でも、賢妃様の絵みたいに可愛くない。もう一回描いて」
「ええ? リテイクは無しって言ったじゃないですか。もうそろそろ戻らないと」
「知らないわよ、リテイクなんて。お掃除で叱られたら、才女に別の仕事を頼まれたって言えばいいのよ。なんなら春菊が口添えしてあげるわ」
「じゃ、それで頼みますよ」
テツコは私がこっちにいる間のことについては特に何も言わないだろうけど、言い訳カードは多い方が安心だ。
「……完成! これでどうですか」
「うわぁ、可愛い! これが春菊なの?! 凄い凄い!」
なんだ、マンガ絵で良かったのか。ちょっと目をきつめに描いたけれど、特徴は出てると思う。顔立ちは整っていて、元から美人さんだ。
「ねえ、見て見て、春菊の絵も玲鈴に描いてもらったわよ」
「あら」「へえ」
むむ、他の女官達が見入っているが、これはヤバイ予感。
「では、私は仕事に戻りますので、失礼します」
「あ、ちょっと!」
捕まる前に聞こえない風でさっさと逃げた。
全員分の似顔絵はちょっと大変だし。
翌日、あれからテツコには何も言われなかったけれど、また朝っぱらからお掃除だ。たりぃ。
「オホン、玲鈴、顔にやる気が見えませんね」
「い、いえいえ、みなぎってますよ~?」
くっ、掃除に笑顔なんていらんわ! って、雑巾を床にたたきつけて踏んづけたい。
だが、ここでの私はぺーぺーの下っ端、我慢である。
「……よろしいでしょう。黄晶宮の才女様達がお呼びです。掃除はもうそのまま別の者にやらせますから、あなたはすぐにそちらへお行きなさい。急ぎの用だそうですよ」
「はぁい」
「返事は、はいとピシッと。腹から声を出して」
「はいっ!」
「よろしい。ではお行きなさい」
なんとかテツコの鬼いびりをクリアし、私は一度ペンを取りに自分の部屋に戻る。自分の部屋と言っても、リリ達四人との相部屋だ。個室と電気が欲しい。じゃないと夜中は描けないし。
「えっ? あれ?」
部屋に入った私は、寝床を見て立ち止まる。
私の枕元に置いていたはずの漆塗りの箱の蓋が勝手に開けられ、その場に投げ出されていた。
――どういうことだ?
誰かが動かしたようだが……中身はインクの入った瓶と筆だけで、羽根ペンが見当たらない。
掃除のためではないと思うが……念のため、近くにいる女官に聞いてみた。
「あなた、私の部屋の箱を開けたりした?」
「しないわよ。見て分かるでしょ。私はこの廊下が担当だから。アンタ達の部屋くらい自分で掃除しなさいよ。才女様と仲がいいからって生意気」
「いや、ごめん」
掃除をしているリリの所にも行って聞いてみたが、誰も私の箱はつついていないという。
「だって、あの陽翔様や賢妃様からのもらい物でしょ? そんな高価なもの、怖くて触れないよ」
やはりここにいる下級女官達のやることではなさそうだ。
となると、宦官か陽翔だが……いやいや、陽翔も違うな。彼なら一言「やっぱり返せ」と机の前で横柄に一言言えば済むことだ。もちろん私は罵詈雑言を尽くして抵抗するだろうけども、相手の地位が違いすぎてこちらの意思を通せるわけもない。
宦官にしたって、彼らは中級役人がほとんどだから、陽翔や賢妃の贈り物に手を付けたりするわけがない。盗みが発覚すれば追放どころか、投獄や鞭打ちもあり得る。私は鞭で打たれたときの痛みを思い出して身震いした。
「玲鈴、黄晶宮の才女様がお呼びよ」
「分かった」
とにかく、地位のある人に説明しなければ。
もしも、このことが賢妃様のお耳に入れば……どういう結果であれ、大変なことになりそう。
私は思わず唇を噛みしめ、御殿へと急いだ。
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