後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

文字の大きさ
14 / 25
■第二章 闇を返す

第四話 嫉妬

しおりを挟む
「アンタ、調子に乗りすぎ」

 開口一番、鼻先に人差し指を突きつけられてそう言われた。
 
「ええと、何か失礼でも……」

 私は困惑しながらおずおずとお伺いを立てる。相手は桜色の衣を着ており、つまり格上の女官である。
 この世界に来て最初に意地悪してきた相手も桜色の才女だったので、私はどうもこの人達が苦手だ。

「とぼけないで。ちょっと変わった絵が描けるからって、賢妃様とベタベタしちゃって。賢妃様はお優しいからアンタみたいな無礼でも許して下さるけど、春菊はそんな甘くはないわよ」

「はぁ」

 春菊とはコイツのことだ。自分のことを自分の名前で喋る女。幼い子が三人称を使うなら可愛げがあるのだが、春菊の歳は十五だと聞いた。んー、微妙……。

「はぁ、じゃないわよ。いい? 草色の側女はお掃除をしたりご飯を作るのがお仕事でしょ。賢妃様のお相手は才女以上のお仕事なんだから、勝手にしゃしゃり出てこないで」

「んー、申し訳ございませんでした」

 別にしゃしゃり出たつもりは無いのだが、ここで言い争いをしてはダメだ。
 上司の言う事はハイハイと聞いておくのが一番よ、とバイト先のおばちゃんが処世術を教えてくれたし。
 
「フン、本当にわかってるのかしら。まあいいわ。……ところで、アンタ、絵が得意なら、私の似顔絵も描けるわよね?」

「ええ、まぁ」

「じゃ、描いて」

「は、はぁ……」

 どういう意図だろうか。罠で無ければいいのだけれど。

「何よ、文句でもあるの?」

「いえ、別に。喜んで描かせていただきます。ただし」

「ただし!? ただしですって! あなた、側女の新人のくせして、年上の才女に条件を付けようっての?」

「いえ、私にも別の、本来のお掃除という職務がありますので。それに、賢妃様よりも長く時間を割いてしまうと、それも上下関係としてはいささか失礼かと」

「ああ、そうね。ええ、そうですとも、分かったわ。そんなに長く時間をかけなくていいから」

「はい。リテイクは無しということで」

 前世の私はリクエストを何度か受けたことがあるが、下書きのラフ画ならともかく綺麗に絵を完成させたあとで、顔をもっとこちらに向けろとかポーズを変えろとかそんな修正を出されると、凄く気力と時間が削られてしまうのだ。自分の描きたい物を描きたいときに描くのと、ああしろこうしろと言われて描くのもまた違うし。
 
「じゃ、お願いね」

 そう言って椅子に腰掛け、手鏡で映しながら自分の髪を直し始めた春菊は、なんだか気合いが入っている。ここはあんまりデフォルメせずに、写実的なデッサン風の美少女でいきますか。とにかく怒らせたくない。
 
 描く。
 うーん、鉛筆の下書き無しでいきなりペン入れってのもキツいなあ。
 だいたい、私はデジタルオンリーで描いてたし、アナログは苦手なのよね。
 デジタルだと間違えても簡単にワンクリックで元に戻して修正できるのだが……。
 
「可愛く描きなさいよ」

「分かってますよ。あと、ポーズは変えないで下さい」

「ええ? こうだったかしら?」

「もう少し顔を右に向けて、手は下で……はい、それでいいです」

「むむ、結構辛いわね」

「なるべく早く仕上げますので、もう少し我慢して下さい。輪郭さえ描ければあとは少々動いてもらっても大丈夫ですから」

 賢妃様はお任せだったから適当に描けたけど、コイツは似てないと絶対いちゃもんつけてくるだろうし。私も真剣だ。

「くっ……まだ?」

「もう少し。はい、もう動いて大丈夫です」

「ふう。で、どんな感じかしら。ええ? まだ全然描けてないじゃない」

「まあ、これからなので」

 目はちょっと大きくしなさいよとか、唇は小さくしてとか、上品にしないと殴るわよなどと、スゲえ面倒臭い注文を出されたが、全部無視して忠実にデッサンする。
 
「できました」

「へえ……うーん、まぁ、上手いんじゃないの」

「どうも」

 よし、なんとか乗り切れた。
 
「でも、賢妃様の絵みたいに可愛くない。もう一回描いて」

「ええ? リテイクは無しって言ったじゃないですか。もうそろそろ戻らないと」

「知らないわよ、リテイクなんて。お掃除で叱られたら、才女に別の仕事を頼まれたって言えばいいのよ。なんなら春菊が口添えしてあげるわ」

「じゃ、それで頼みますよ」

 テツコは私がこっちにいる間のことについては特に何も言わないだろうけど、言い訳カードは多い方が安心だ。
 
「……完成! これでどうですか」

「うわぁ、可愛い! これが春菊なの?! 凄い凄い!」

 なんだ、マンガ絵で良かったのか。ちょっと目をきつめに描いたけれど、特徴は出てると思う。顔立ちは整っていて、元から美人さんだ。
 
「ねえ、見て見て、春菊の絵も玲鈴に描いてもらったわよ」

「あら」「へえ」

 むむ、他の女官達が見入っているが、これはヤバイ予感。
 
「では、私は仕事に戻りますので、失礼します」

「あ、ちょっと!」

 捕まる前に聞こえない風でさっさと逃げた。
 全員分の似顔絵はちょっと大変だし。
 
 

 翌日、あれからテツコには何も言われなかったけれど、また朝っぱらからお掃除だ。たりぃ。

「オホン、玲鈴、顔にやる気が見えませんね」

「い、いえいえ、みなぎってますよ~?」

 くっ、掃除に笑顔なんていらんわ! って、雑巾を床にたたきつけて踏んづけたい。
 だが、ここでの私はぺーぺーの下っ端、我慢である。

「……よろしいでしょう。黄晶きしょう宮の才女様達がお呼びです。掃除はもうそのまま別の者にやらせますから、あなたはすぐにそちらへお行きなさい。急ぎの用だそうですよ」

「はぁい」

「返事は、はいとピシッと。腹から声を出して」

「はいっ!」

「よろしい。ではお行きなさい」

 なんとかテツコの鬼いびりをクリアし、私は一度ペンを取りに自分の部屋に戻る。自分の部屋と言っても、リリ達四人との相部屋だ。個室と電気が欲しい。じゃないと夜中は描けないし。

「えっ? あれ?」

 部屋に入った私は、寝床を見て立ち止まる。
 私の枕元に置いていたはずの漆塗りの箱の蓋が勝手に開けられ、その場に投げ出されていた。

 ――どういうことだ?
 誰かが動かしたようだが……中身はインクの入った瓶と筆だけで、羽根ペンが見当たらない。
 
 掃除のためではないと思うが……念のため、近くにいる女官に聞いてみた。
 
「あなた、私の部屋の箱を開けたりした?」

「しないわよ。見て分かるでしょ。私はこの廊下が担当だから。アンタ達の部屋くらい自分で掃除しなさいよ。才女様と仲がいいからって生意気」

「いや、ごめん」

 掃除をしているリリの所にも行って聞いてみたが、誰も私の箱はつついていないという。
 
「だって、あの陽翔様や賢妃様からのもらい物でしょ? そんな高価なもの、怖くて触れないよ」

 やはりここにいる下級女官達のやることではなさそうだ。
 
 となると、宦官か陽翔だが……いやいや、陽翔も違うな。彼なら一言「やっぱり返せ」と机の前で横柄に一言言えば済むことだ。もちろん私は罵詈雑言を尽くして抵抗するだろうけども、相手の地位が違いすぎてこちらの意思を通せるわけもない。
 
 宦官にしたって、彼らは中級役人がほとんどだから、陽翔や賢妃の贈り物に手を付けたりするわけがない。盗みが発覚すれば追放どころか、投獄や鞭打ちもあり得る。私は鞭で打たれたときの痛みを思い出して身震いした。

「玲鈴、黄晶きしょう宮の才女様がお呼びよ」

「分かった」

 とにかく、地位のある人に説明しなければ。
 もしも、このことが賢妃様のお耳に入れば……どういう結果であれ、大変なことになりそう。
 
 私は思わず唇を噛みしめ、御殿へと急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...