後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第二章 闇を返す

第五話 疑心暗鬼

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「遅いわよ、何してたのよ」

 春菊が私を見るなり、プリプリとした態度で文句を言い出す。
 
「それが……羽根ペンが無くなってしまって」

 私は事情を説明した。

「ええ? 無くなったって、どういうことよ。あれは賢妃様があなたにわざわざ下賜かしされた物でしょ。まさか、もう無くしただなんて、信じらんない。ちゃんとよく部屋を探してみなさいよ」

「いえ、ペンを納めていた箱が勝手に開けられていました。何者かに」

「何者かに? ええ? それって……まさか、誰かが盗んだってことなの?」

 春菊が顔をしかめ、小声になる。

「うーん、信じたくはないですが、状況からしてそうかと」

「冗談じゃないわ! 正一位、それも皇妃が褒美としてお渡しになったものを盗むだなんて、鞭打ちどころじゃ済まないわよ。どう考えても、犯人は死罪じゃない」

「でしょうね……」

 大事になってきた。いったい誰がそんなことを。

「とにかく、玲鈴、結論は急がないほうがいいわ。もし、大騒ぎした後で床の下からうっかりペンが出てきてみなさいよ、それこそ誰かが死罪になった後だと、アンタ、夜中に枕元が気になっておちおち寝られなくなるわよ」

 春菊がこちらを睨みながら言う。
 そうだ。幽霊は信じていない私だが、間違いで誰かを冤罪えんざいに追い込むなど、人殺しとそれほど変わらないではないか。
 事の重大さに胃が冷たくなった。
 
「ど、どうしたら……」

「探すのよ。とにかく、私が見てあげるから。部屋に案内なさい」

「はい。こちらです」

 御殿を出ようとすると、ちょうど賢妃が廊下の向こうからこちらに微笑んで歩いてやってくるところだった。私も春菊も立ち止まり、両腕を前にして拱手の礼をする。
 
「いらっしゃい、玲鈴。今日も例のマンガ、描いてくれるかしら? あれってとっても評判がいいのよ。菫青きんせい宮や紅柱こうちゅう宮の女官達も感心していたわ」

「はぁ、ええと……」

「申し訳ありませんが、賢妃様、どうも玲鈴は粗相をしてしまったようで、これから下婦長に謝りにいかなくてはいけませんので」

 春菊が前に出ると、適当に言い訳をする。
 
「あら、じゃあ、私が許してやるように言っていたと、そう伝えてくれるかしら」

「はい。ですが、色々と片付けもありますので、少し時間がかかります」

「ええ? そんなの、誰かに代わってもらったら?」

「いいえ、玲鈴がやらかした不始末です。彼女がやらないと余計なやっかみを買います」

「ううん、それは仕方ないわね。分かったわ。お菓子を用意して待ってるから二人とも早めにね」

「「はい」」 

 ふう、気付かれずに済んだ。
 
「あまり時間は無いわ。急ぐわよ」

「はい」

 途中、庭を歩いているお爺さん――虎翁先生だったか、歩くレジェンドがいたが、私を見るなり彼は凄く嫌そうな顔をして、フン!と鼻を鳴らすと来た道を引き返してどこかに行ってしまった。
 
「玲鈴、何やってるの!」

「ああ、はい!」

 慌てて春菊に追いつくが、……いや、虎翁先生が犯人ではないだろう。
 彼は確かに不審者扱いした私を毛嫌いしている。が、賢妃から羽根ペンをもらったことなど知らないはずだ。それに、下級とはいえ女官の寝所にレジェンドが入ったとなれば騒ぎになるだろうし、それなら近くの廊下で掃除していた女官も何か教えてくれたはずだった。


 私の寝所まで来ると、春菊が立ち止まって声を張り上げる。

「全員、側女そばめはここに集合なさい! 今すぐ!」

 何事?、と雑巾を動かす手を休めてこちらに注目する草色の女官達。相手が桜色の女官だと分かるとサッと一斉に集まってきた。その彼女達を前にして、春菊が告げる。
 
「いい? 一度しか言わないわ。もしもこの玲鈴が賢妃様からいただいたペン――つまりね、鳥の羽のことよ。それをどこかに隠したりしたのなら、今だけ許してあげる。さっさと持ってきなさい。下手をするとアンタ達、死罪になるわよ?」

 目を丸くした女官達は、自分ではないですと首を激しく横に振った。

「本当にあなたたちじゃないのね?」

「違います。そんなことなんてしません!」「見た目、高価そうでしたし、とてもとても」「あの箱の中身なんて知らなかったです」

 口々に潔白を言い立てる女官達だが、嘘はついていない感じだ。慌ててはいるものの、後ろめたそうにしたり、目をそらすような挙動不審な者もいない。
 
「じゃ、解散して良いわ。ただし、そこのあなたとあなた、二人はちょっと玲鈴の寝所をよく探してちょうだい」

「わかりました」

 四人で手分けして、床の布団――というよりシーツだが、それをひっくり返し、袋を開けて探す。
 ……どこにもなかった。
 
「おかしいわねえ。玲鈴、本当にこの漆塗りの箱に入れていたのね?」

「ええ、せっかくもらった大事な物ですし、ペンがないと私はマンガが描けないですから」

「誰かが盗んだ心当たりは?」

「全然」

 思いつかない。
 
「あのぅ、待って下さい。そういえば、さきほど、菫青きんせい宮の女官がこの近くを通っていたのを私、見ました」

 女官の一人がそんなことを言う。

「ちょっと、どうしてそれを早く言わないのよ」

「いえ、犯人とは思わなかったので。申し訳ありません。掃除の時間にこんな所まで、担当が違うのに、変だなぁとは思ったのですが」

「まあいいわ。顔は覚えている?」

「ええ、才女――芙蓉ふよう様のお付きの側女そばめでした」

「芙蓉……? ははぁ……あのバカ」

 何か納得した様子の春菊だが。
 
「何か心当たりが? どういう人なんですか」

「半年くらい前に入ってきた新人よ。ただ、何をやらせても上手いから、菫青きんせい宮の詩書画三絶の神童ともてはやされているわ。フン、詩編や楽器は私のほうがずーっと何倍も上手いんだから」

「シショガサンゼツ?」

 私は聞いたことが無いし、意味が分からないので首を傾げるしかない。

「不勉強ね、玲鈴。詩楽も書道も絵画もどれもできて初めて一流の文人なの。聖上様のご寵愛ちょうあいを受けるにふさわしい妃となるには、才能も一流でなくてはダメなのよ」

 顔やスタイルだけじゃないとは、お妃様も大変だね。

「でも、春菊様、それがどうして私のペンの行方に関係してくるのですか?」

「決まってるじゃない。賢妃様があなたの絵を自慢したから、あの子の耳に入って嫉妬したのよ」

「ええ? 嫉妬? たったそれだけの理由で?」

「他に何があるってのよ」

「いや……」

「私達才女ですら、四妃から宝をもらうなんてそんなに無いわ。そりゃかんざしみたいな安物は――おっと、オホン――そんなに値が張らないようなご褒美は別よ? だけど、西方だけにあるような品なんて、こちらでは金や反物をいくら積んでもなかなか買えやしないわよ」

「うーん、でもそれだけでは……何か、もっと証拠や目撃証言でもないと」

「そうね、迂闊うかつに告発なんてできないわ。何しろ相手はあの菫青きんせい宮、叔妃しゅくひ様がいらっしゃるんだもの。ほんと、やんなっちゃう」

 口をへの字にして肩をすくめた春菊は、あの叔妃が大嫌いらしい。
 ま、私もあそこの才女には酷い目に遭わされたので、菫青きんせい宮は嫌いだけど。
 
「じゃ、潜入して調べに行くわよ」

「はい?」

「さっさと来る! それとアンタ達、このことは絶対、他言無用だから、いいわね?」

「「は、はい」」

 息をんでうなずいた女官二人をしりに、私達は菫青きんせい宮へと向かった。
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