後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第二章 闇を返す

第六話 動かぬ証拠

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 才女芙蓉ふようがいるという菫青きんせい宮に私と春菊はやってきた。
 ただ、春菊が言う芙蓉犯人説というのはどうも疑問がある。
 いくら何でも嫉妬で盗みをやれば、バレたら大変なことになるのだ。才能ある人間がそんなことをするだろうか?

 ひょっとして春菊も同格の才女だから、芙蓉に春菊が嫉妬して目がくらんでるんじゃないだろうか。
 ……あり得る。これはマズい。
 掃除をしている女官がさっきからこちらを胡散臭そうに見ているし。
 
「春菊様、やはりもう一度、証拠固めをしてから――」

「だからここにやってきたんじゃない。さっさと済ませるわよ。芙蓉の部屋はそこだから、玲鈴、アンタはちょっとそこで誰かこないか見張ってなさい」

「ええ?」

 見張るのは良いが、もしも芙蓉が戻って来たらどうしろと。
 ま、咳払いして春菊に報せればいいか。
 
 ところが、春菊が先に私の名を呼んだ。
 
「玲鈴、こっちへ」

「何なんですか」

 私はおっかなびっくり、才女の部屋に入る。床は寝台が一つだけあり、それほど広くはないものの羨ましい個室のようだ。綺麗に整理整頓されたシンプルな部屋だ。

「これよ、これ。アンタのペンでしょ?」

 引き出しを開けた春菊がそこから羽根ペンを取り出して言う。

「あっ、本当だ」

「ね、言った通りだったじゃない。あいつ、アンタが羨ましいから盗んだのよ」

「うーん、詩ができる人なんですよね?」

「ええ、ま、あんなの大したことはないわ。みんなやたら褒めるけどね」

 じゃ、やっぱり賢い人間だろう。

「なら、彼女は盗むつもりじゃないと思います」

「はぁあああ? 何言ってるの、現にここに証拠があるじゃないの」

「いえ、これはたぶん、私達が騒いでいる間に戻すつもりだったのでは? そうすれば犯人にされることなく、私を悪者にできますよ」

「あっ、なるほど……確かにそうね」

 春菊も最初に私に警告していたが、騒いだ後でうっかり床の下から見つかればどうなるか。
 タダの間違いでした、ではすまない。大変な失態だ。
 それは私個人の失態に留まらず、賢妃様の監督不行き届きまで行くのではないか?

 私はそれを真剣に考える。 
 ここは正念場だ。この場をどう切り抜けるか。
 それで私も春菊も賢妃様もリリも、黄晶きしょう宮の運命が変わる。
 
 見なかったことにするのは論外だ。相手が不正をやってきて、それを見て見ぬふりをすればさらにエスカレートしてくるのは火を見るより明らかだろう。しかも相手はどういう意図であれ、こちらを追い落とそうとしているのだ。嫉妬と呼ぶ感情によって。
 
 嫉妬ですって?
 
 私は本気で腹が立った。そんなろくでもない感情のために、他人の、無実の人間の足をひっぱるだなんて。絶対に許せない!
 
「じゃあ玲鈴、それならこの場で告発――いいえ、マズいわね。私達がここに忍び込んだのは、さっき廊下で掃除をしていた菫青きんせい宮の女官に見られているわ。だから『あの二人がペンをここに持ち込んだ』なんて言われたら、それを覆す証拠が出せないじゃない……!」

 親指の爪を噛んで春菊が苛立つが、確かに菫青きんせい宮の女官達にそう言われてしまっては私達のほうが窮地きゅうちおちいるだろう。
 
 だが――
 
「フフ、簡単ですよ、春菊様」

 私は軽く笑って言う。

「ええ? 何が簡単だって言うのよ」

「目には目を、策には策を。芙蓉が大切にしているものって分かりますか?」

「ああ、なるほど」

 春菊は頭の回転が速い。私の考えがすぐにわかったようだ。

「それなら聖人先生からたまわった、とアイツがいつもさりげなく自慢してる筆があるわよ。ここ」

 春菊はこの部屋に招かれたことがあるのか、別の引き出しから筆を取り出した。

「じゃ、春菊様、この部屋の別の所・・・に上手く隠して下さい。すぐには見つからないところに」

「そうね。じゃあ、タンスの後ろなんてどうかしら?」

「いいですね」

 それなりに大きなタンスなので、とても女の手では運べない。つまり、事が大きくなってあとで男数人がやってきてようやく見つかるという寸法だ。
 
 春菊がタンスの後ろに筆を放り投げ、そそくさと私達は部屋を後にした。
 もちろん、ペンは回収した。私の大切な宝物なんだから、当然だ。
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