18 / 25
■第三章 山水は流れず
第一話 絵心
しおりを挟む
ここは離宮と呼ばれる女達の園。
男は立ち入ることを禁じられ、自由に出入りできるのは皇帝ただ一人――。
柱に金銀の装飾を惜しみなく施した絢爛華麗な御殿は、水晶や黄玉で美しく光輝き、眺めているだけで心を奪われる。
円卓では西方から仕入れたという香り豊かな紅茶に、モチモチした甘くて白い大福をお茶請けにして、私は賢妃様のお茶会に今日もお呼ばれしていた。
「あの時の芙蓉の顔ったら無かったわね! フフ、顔を真っ青にして、唇をふるふるさせて目をまん丸にしてたわよ」
春菊がしてやったりの顔でこの間の騒動のことを楽しそうに話す。あれから彼女は妙に私に親切になり、どうやら芙蓉の敵となった私を、生意気な新人から盟友へと格上げしてくれたらしい。
芙蓉は私の大事なペンを奪おうとした相手なので、それなりの報いは受けてもらわないと困る。が、この世界では地位が上の相手と争うのは極めて危険である。だから、私としてはできれば事をこれ以上は荒立てたくないのだが……。
「ふふ、そうね。ところで玲鈴、今日はあなたに良いお話があるの」
賢妃様が紅茶のカップを置くと、そんな話を切り出した。
「良いお話ですか?」
「ええ。あなたの描く絵ってとっても可愛らしくて独特でしょう? それに才能もあると思うの。だから、私から聖人先生にもお話しして、異例のことではあるけれど、あなたを他の才女とともに絵画の修練に参加できるよう、手配していただいたのよ」
マンガ絵を褒められるのは嬉しいけれど、聖人先生って私が不審者扱いしたお爺さんのことだろう。私を見るなり機嫌悪そうだったし、本当なのかしら。
「わぁ、凄いじゃない! 良かったわね、玲鈴! 聖人先生のご指導を受けられるのはほんの一握りの才女だけよ。ましてや草色の側女の身分で教わるなんて聞いたことがないわ」
「はぁ」
「あら、気が進まなかったかしら?」
「ちょっと、玲鈴、賢妃様にお礼を言いなさいよ」
「ああ、ありがとうございます。いえ、私の身分では恐れ多いことですし、また嫉妬で嫌がらせされても面倒かなと……」
元はと言えば芙蓉が私に嫌がらせしてきたのは、賢妃様の似顔絵の件が彼女の耳に入ったからだという。
「あー……」
「大丈夫、それも考えてのことよ、玲鈴。彼女もあなたの実力を目の当たりにすれば、きっと納得することでしょう。それに、同じ師に付いて机を並べて学べば、仲良くなれるかもしれないわ」
「えぇ? 無理無理、絶対無理! 賢妃様、あの芙蓉はそんなタマじゃないですから」
春菊が手を素早く振って否定するが。
「そう言わずに、試してごらんなさい。それでダメなら無理にとは言わないわ。ただ、玲鈴の絵の才能をこのまま埋もれさせておくにはもったいないじゃない」
「そうですね。掃除だけやらせる側女より、この子には絵を描かせておいたほうがいいかも」
ふむ……おお! 聖人先生の授業を受ければ、私は掃除しなくていいのか!
「オホン、気が変わりました。そのお話、謹んでお受けします!」
「ふふ、やる気になってくれたようで嬉しいわ。では、さっそく明日からあなたは絵画教室に参加してね。春菊、あなたが色々と面倒を見てあげなさい」
「はい、賢妃様、お任せ下さい」
◇
「へぇ、聖人先生の絵画教室かぁ。凄いね、玲鈴ちゃん」
宿舎でその話をすると、パンダ頭のリリちゃんが目をキラキラさせて自分のことのように喜んでくれた。
「羨ましいわ。でも、玲鈴、あなた、いったいどこで絵を習ったの?」
相部屋の子が聞いてくる。
「んー、まぁ、ほとんど独学、かな?」
学校で美術の授業は受けたけれど、あまりマンガの役に立った覚えは無い。
マンガ絵はマンガこそが教科書である。
この子達にも、尊い百合漫画を布教してあげたいなぁ。
「ふん、いい気になってるのも今のうちだけよ。学もない農村の出の子が、才女様に交じってやれるわけないわ」
もう一人の子は何が気に入らないのか、そんなことを言う。
「でも、玲鈴ちゃんは才女様のお茶会に呼ばれたり、賢妃様にもお会いして、褒美をもらうほど褒められてるんだよ? できると思うけどなぁ」
「無理よ。無理」
「できるもん!」
言い争いが勃発してしまったので、苦笑してなだめる。
「まぁまぁ、二人とも、それはやってみれば分かるから」
とにかく私としては掃除したくないだけ。働きたくないでござるよ。
男は立ち入ることを禁じられ、自由に出入りできるのは皇帝ただ一人――。
柱に金銀の装飾を惜しみなく施した絢爛華麗な御殿は、水晶や黄玉で美しく光輝き、眺めているだけで心を奪われる。
円卓では西方から仕入れたという香り豊かな紅茶に、モチモチした甘くて白い大福をお茶請けにして、私は賢妃様のお茶会に今日もお呼ばれしていた。
「あの時の芙蓉の顔ったら無かったわね! フフ、顔を真っ青にして、唇をふるふるさせて目をまん丸にしてたわよ」
春菊がしてやったりの顔でこの間の騒動のことを楽しそうに話す。あれから彼女は妙に私に親切になり、どうやら芙蓉の敵となった私を、生意気な新人から盟友へと格上げしてくれたらしい。
芙蓉は私の大事なペンを奪おうとした相手なので、それなりの報いは受けてもらわないと困る。が、この世界では地位が上の相手と争うのは極めて危険である。だから、私としてはできれば事をこれ以上は荒立てたくないのだが……。
「ふふ、そうね。ところで玲鈴、今日はあなたに良いお話があるの」
賢妃様が紅茶のカップを置くと、そんな話を切り出した。
「良いお話ですか?」
「ええ。あなたの描く絵ってとっても可愛らしくて独特でしょう? それに才能もあると思うの。だから、私から聖人先生にもお話しして、異例のことではあるけれど、あなたを他の才女とともに絵画の修練に参加できるよう、手配していただいたのよ」
マンガ絵を褒められるのは嬉しいけれど、聖人先生って私が不審者扱いしたお爺さんのことだろう。私を見るなり機嫌悪そうだったし、本当なのかしら。
「わぁ、凄いじゃない! 良かったわね、玲鈴! 聖人先生のご指導を受けられるのはほんの一握りの才女だけよ。ましてや草色の側女の身分で教わるなんて聞いたことがないわ」
「はぁ」
「あら、気が進まなかったかしら?」
「ちょっと、玲鈴、賢妃様にお礼を言いなさいよ」
「ああ、ありがとうございます。いえ、私の身分では恐れ多いことですし、また嫉妬で嫌がらせされても面倒かなと……」
元はと言えば芙蓉が私に嫌がらせしてきたのは、賢妃様の似顔絵の件が彼女の耳に入ったからだという。
「あー……」
「大丈夫、それも考えてのことよ、玲鈴。彼女もあなたの実力を目の当たりにすれば、きっと納得することでしょう。それに、同じ師に付いて机を並べて学べば、仲良くなれるかもしれないわ」
「えぇ? 無理無理、絶対無理! 賢妃様、あの芙蓉はそんなタマじゃないですから」
春菊が手を素早く振って否定するが。
「そう言わずに、試してごらんなさい。それでダメなら無理にとは言わないわ。ただ、玲鈴の絵の才能をこのまま埋もれさせておくにはもったいないじゃない」
「そうですね。掃除だけやらせる側女より、この子には絵を描かせておいたほうがいいかも」
ふむ……おお! 聖人先生の授業を受ければ、私は掃除しなくていいのか!
「オホン、気が変わりました。そのお話、謹んでお受けします!」
「ふふ、やる気になってくれたようで嬉しいわ。では、さっそく明日からあなたは絵画教室に参加してね。春菊、あなたが色々と面倒を見てあげなさい」
「はい、賢妃様、お任せ下さい」
◇
「へぇ、聖人先生の絵画教室かぁ。凄いね、玲鈴ちゃん」
宿舎でその話をすると、パンダ頭のリリちゃんが目をキラキラさせて自分のことのように喜んでくれた。
「羨ましいわ。でも、玲鈴、あなた、いったいどこで絵を習ったの?」
相部屋の子が聞いてくる。
「んー、まぁ、ほとんど独学、かな?」
学校で美術の授業は受けたけれど、あまりマンガの役に立った覚えは無い。
マンガ絵はマンガこそが教科書である。
この子達にも、尊い百合漫画を布教してあげたいなぁ。
「ふん、いい気になってるのも今のうちだけよ。学もない農村の出の子が、才女様に交じってやれるわけないわ」
もう一人の子は何が気に入らないのか、そんなことを言う。
「でも、玲鈴ちゃんは才女様のお茶会に呼ばれたり、賢妃様にもお会いして、褒美をもらうほど褒められてるんだよ? できると思うけどなぁ」
「無理よ。無理」
「できるもん!」
言い争いが勃発してしまったので、苦笑してなだめる。
「まぁまぁ、二人とも、それはやってみれば分かるから」
とにかく私としては掃除したくないだけ。働きたくないでござるよ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる