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■第三章 山水は流れず
第二話 思わぬ強敵
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絵画教室は正門に近い西の菫青宮で行われるということで、私はあまり近づきたくないのだが、春菊に付き添われて青の柱の建物に向かった。
菫青宮と北の黄晶宮を結ぶ連絡通路があり、才女以上の女官は庭を歩かずその廊下を使う。
側女も用事があれば使って良いということだが、下女はダメだそうだ。身分制って面倒臭い。
「あら、ごきげんよう、春菊。ひょっとしてその子が?」
「ええ、この子が玲鈴よ。賢妃様が絵の実力をお認めになって、聖人先生にご推薦されたんだから」
「へえ。まだ子供なのに凄いわね」
「フフン、でしょう?」
そこで春菊が自慢げにするのは何か違うと思うのだが、同じ黄晶《きしょう》宮の所属ということで、仲間意識が働くのだろう。……となると、この離宮には東西南北に四つの宮殿があるわけで、四派閥ができていそう。……面倒そうだなぁ。
「春菊様、今の人は、どこ宮ですか?」
小声で聞いておく。彼女はこちらを睨んでこなかったので、危険度Dと言ったところか。
「んん? ああ、宮は髪飾りや服の刺繍を見ればすぐ分かるわよ。ほら、私達は黄色の金鳳花、あの子は牡丹で赤だから紅柱宮よ」
「なるほど」
分かりやすい。
私はあんまり花は詳しくないので、春菊を頼らせてもらうとするか。
「だから、あなたが警戒しないといけないのはスミレの花、菫青宮よ。ま、分かってるでしょうけど」
「うん」
賢妃様には仲良くしなさいと言われたが、とにかく彼らには近づくまい。
「ごきげんよう」「ごきげんよう」
桜色の衣を纏った女官達が笑顔で優雅な挨拶を交わし、表向きは仲良く華やかに教室に集まってきた。
教室はかなり広く、立派な長机と椅子が規則正しく並べて置かれている。
「じゃ、春菊達は一番後ろのあそこよ」
「それは、何か序列が?」
「ええ? 別にそんなの無いわよ。後ろのほうが、先生の目が届かなくて自由にやれるじゃない。フフッ」
軽く笑ってウインクした春菊はあまり授業を真面目に受ける子ではなさそうだ。
まあいいけど。
「あ、そうそう、玲鈴、あなたは才女じゃないんだから、挨拶されたら一礼か、おはようございますだからね」
「なるほど」
「それと敬語。まあ春菊にはそんなに気を遣わなくてもいいわ。可愛い妹分だし」
どちらかというと私のほうが精神的にお姉さんだと思うが、それは黙っておく。
周囲を見回すと、この場で唯一の草色の女官服はやはり目立つようで、あちこちの才女から好奇の目が向けられていた。彼女達と目が合う度に、軽く一礼しておく。
だが……おかしい。
「あのぅ、春菊様、菫青宮の才女が見当たらないようですが」
十人ほど席に着いているが、スミレ色の刺繍を付けた女官はその中にはいなかった。
芙蓉もいない。
「ああ、芙蓉が仮病で寝込んでて、このところ、彼女の取り巻き達も顔を見せてないのよ。サボりよサボり」
なんだ、来てないのか。それなら安心だ――
私がそうほっと一息ついたとき、教室の中がざわめいた。
入口から三人の才女が顔を見せ、真ん中が芙蓉だ。
「ああら、ごきげんよう、芙蓉。あなた、もう病はいいのかしら? やつれたかと思ったら随分と顔色も良さそうね」
そう言っていきなり牽制したのは春菊だ。……芙蓉が私を嫌ってたのって、コイツのせいじゃなかろうか。
「……くっ、ご心配には及ばないわ。それより、どうしてそこに側女がいるの?」
細い眉をひそめた芙蓉は嫌みというより、不思議そうな顔なので、推薦の話は聞いていないのだろう。
「あら、フフ、何も聞かされてないみたいね? 芙蓉ともあろう御方が。玲鈴は賢妃様がその絵の才能を特別にお認めになって、聖人先生にご推薦されたから、ここにいるのよ」
「そんな……でも、ここは才女を集める教室で……」
「聞こえなかったの、お馬鹿さん。特別に賢妃様がお認めになったって言ったでしょ」
「ふん、聞こえてるわ。伝統をないがしろにするなんて、西方らしい野蛮なやり方ですこと」
「何ですって!」
「もう、二人とも、いきなり喧嘩しないで下さいな。もうじき先生がおいでになる時間よ」
紅柱宮の才女が間に入ってなだめてくれた。それで二人とも不満そうにそっぽを向くと、芙蓉は一番前の席に取り巻きと一緒に座った。ふぅ、やれやれ。
「まーた喧嘩しとるのか、お前達は」
言い争いが外まで聞こえていたようで、レジェンドが入ってくるなりそう言った。
いやー、でも、その辺のおじいちゃんにしか見えない。昔は将軍職だったそうだけれど、小柄だし、服も地味でそれっぽく無いし。
「申し訳ございません、老師。起立!」
芙蓉が謝るなり、よく通る声で号令をかけた。才女が全員立ち上がったので私も慌てて立ち上がる。
「礼! よろしくお願いします」「「「よろしくお願いします」」」
「うむ、結構。んん? そこの側女は……なんと、お前が賢妃の推す新人だったか」
驚いた顔をしたレジェンドだが、どうも知らずに了承していたようだ。
とにかく、ここで追い返されては鬼テツコにいびられるだけなので、私はしおらしく立ち上がり、この世界の礼儀、両腕を顔の前に持ってきての拱手で謝っておく。
「老師、その節は大変ご無礼をいたしました」
「まったくじゃ。このワシを不審者扱いしおってからに。まあ、ワシの顔を知らぬのも下級女官であったなら仕方ないか。それなりに礼儀もわきまえている様子、他ならぬ賢妃の頼みじゃからな。今回は大目に見てやろう」
「ありがとうございます」
「じゃが、才能がなくてはワシが指導するまでもない。まずは試験といこうではないか」
おおう、入試をやらされるのか……。
嬉しそうに笑みを浮かべた芙蓉がこちらを見たが、さてさて、純粋な絵の試験ならいけると思うのだが、どうだろうねえ?
菫青宮と北の黄晶宮を結ぶ連絡通路があり、才女以上の女官は庭を歩かずその廊下を使う。
側女も用事があれば使って良いということだが、下女はダメだそうだ。身分制って面倒臭い。
「あら、ごきげんよう、春菊。ひょっとしてその子が?」
「ええ、この子が玲鈴よ。賢妃様が絵の実力をお認めになって、聖人先生にご推薦されたんだから」
「へえ。まだ子供なのに凄いわね」
「フフン、でしょう?」
そこで春菊が自慢げにするのは何か違うと思うのだが、同じ黄晶《きしょう》宮の所属ということで、仲間意識が働くのだろう。……となると、この離宮には東西南北に四つの宮殿があるわけで、四派閥ができていそう。……面倒そうだなぁ。
「春菊様、今の人は、どこ宮ですか?」
小声で聞いておく。彼女はこちらを睨んでこなかったので、危険度Dと言ったところか。
「んん? ああ、宮は髪飾りや服の刺繍を見ればすぐ分かるわよ。ほら、私達は黄色の金鳳花、あの子は牡丹で赤だから紅柱宮よ」
「なるほど」
分かりやすい。
私はあんまり花は詳しくないので、春菊を頼らせてもらうとするか。
「だから、あなたが警戒しないといけないのはスミレの花、菫青宮よ。ま、分かってるでしょうけど」
「うん」
賢妃様には仲良くしなさいと言われたが、とにかく彼らには近づくまい。
「ごきげんよう」「ごきげんよう」
桜色の衣を纏った女官達が笑顔で優雅な挨拶を交わし、表向きは仲良く華やかに教室に集まってきた。
教室はかなり広く、立派な長机と椅子が規則正しく並べて置かれている。
「じゃ、春菊達は一番後ろのあそこよ」
「それは、何か序列が?」
「ええ? 別にそんなの無いわよ。後ろのほうが、先生の目が届かなくて自由にやれるじゃない。フフッ」
軽く笑ってウインクした春菊はあまり授業を真面目に受ける子ではなさそうだ。
まあいいけど。
「あ、そうそう、玲鈴、あなたは才女じゃないんだから、挨拶されたら一礼か、おはようございますだからね」
「なるほど」
「それと敬語。まあ春菊にはそんなに気を遣わなくてもいいわ。可愛い妹分だし」
どちらかというと私のほうが精神的にお姉さんだと思うが、それは黙っておく。
周囲を見回すと、この場で唯一の草色の女官服はやはり目立つようで、あちこちの才女から好奇の目が向けられていた。彼女達と目が合う度に、軽く一礼しておく。
だが……おかしい。
「あのぅ、春菊様、菫青宮の才女が見当たらないようですが」
十人ほど席に着いているが、スミレ色の刺繍を付けた女官はその中にはいなかった。
芙蓉もいない。
「ああ、芙蓉が仮病で寝込んでて、このところ、彼女の取り巻き達も顔を見せてないのよ。サボりよサボり」
なんだ、来てないのか。それなら安心だ――
私がそうほっと一息ついたとき、教室の中がざわめいた。
入口から三人の才女が顔を見せ、真ん中が芙蓉だ。
「ああら、ごきげんよう、芙蓉。あなた、もう病はいいのかしら? やつれたかと思ったら随分と顔色も良さそうね」
そう言っていきなり牽制したのは春菊だ。……芙蓉が私を嫌ってたのって、コイツのせいじゃなかろうか。
「……くっ、ご心配には及ばないわ。それより、どうしてそこに側女がいるの?」
細い眉をひそめた芙蓉は嫌みというより、不思議そうな顔なので、推薦の話は聞いていないのだろう。
「あら、フフ、何も聞かされてないみたいね? 芙蓉ともあろう御方が。玲鈴は賢妃様がその絵の才能を特別にお認めになって、聖人先生にご推薦されたから、ここにいるのよ」
「そんな……でも、ここは才女を集める教室で……」
「聞こえなかったの、お馬鹿さん。特別に賢妃様がお認めになったって言ったでしょ」
「ふん、聞こえてるわ。伝統をないがしろにするなんて、西方らしい野蛮なやり方ですこと」
「何ですって!」
「もう、二人とも、いきなり喧嘩しないで下さいな。もうじき先生がおいでになる時間よ」
紅柱宮の才女が間に入ってなだめてくれた。それで二人とも不満そうにそっぽを向くと、芙蓉は一番前の席に取り巻きと一緒に座った。ふぅ、やれやれ。
「まーた喧嘩しとるのか、お前達は」
言い争いが外まで聞こえていたようで、レジェンドが入ってくるなりそう言った。
いやー、でも、その辺のおじいちゃんにしか見えない。昔は将軍職だったそうだけれど、小柄だし、服も地味でそれっぽく無いし。
「申し訳ございません、老師。起立!」
芙蓉が謝るなり、よく通る声で号令をかけた。才女が全員立ち上がったので私も慌てて立ち上がる。
「礼! よろしくお願いします」「「「よろしくお願いします」」」
「うむ、結構。んん? そこの側女は……なんと、お前が賢妃の推す新人だったか」
驚いた顔をしたレジェンドだが、どうも知らずに了承していたようだ。
とにかく、ここで追い返されては鬼テツコにいびられるだけなので、私はしおらしく立ち上がり、この世界の礼儀、両腕を顔の前に持ってきての拱手で謝っておく。
「老師、その節は大変ご無礼をいたしました」
「まったくじゃ。このワシを不審者扱いしおってからに。まあ、ワシの顔を知らぬのも下級女官であったなら仕方ないか。それなりに礼儀もわきまえている様子、他ならぬ賢妃の頼みじゃからな。今回は大目に見てやろう」
「ありがとうございます」
「じゃが、才能がなくてはワシが指導するまでもない。まずは試験といこうではないか」
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