後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな

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■第三章 山水は流れず

第三話 視察

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「――で、どうして陽翔様がここに?」

 私は特別席として用意された椅子に腰掛ける流麗な貴人に問う。
 
「聖人先生がお前の試験を行われると聞いたのでな。応援だ」

 嘘つけ。絶対違う。興味本位だろう。
 
「陽翔様は玲鈴が上手くやるかご心配で、見にいらしたのですよ」

 蒯正かいせいさんが言うが、私がやらかさないか、見にきたってところか。
 こういうの、授業参観でもないのに出しゃばってきた父親みたいで、ちょっと恥ずかしいなぁ。
 
「きゃー、侍御史ぎょじしが私達の勉強ぶりに関心を持たれるなんて」「私、陽翔様がいらっしゃると知っていたら、もっとお化粧してきたのに」

 さきほどから騒がしい才女達は陽翔の本性を知らないからか、浮かれたように色めき立っている。
 ま、中性的なすらりとした長身に輝く銀髪とくれば、見てくれはいいからね。見た目だけは。
   
侍御史ぎょじしが見学したいというのなら、勝手にすればいいが、試験の合否に手心は加えんぞ」

「ええ、もちろんです、聖人先生」

「よし、では試験は三つ行う。第一の試験は何でも良い、絵が得意というのならば、好きな物をこの紙に描いてみろ」

 自由課題か。良かったぁ。これなら私の得意な百合漫画で攻められるッ!
 
「あ、和紙ではなく、羊皮紙で、それとこのペンを使ってもいいですか?」

「ま、よかろう」

 よしっ!
 
「あれが西方の絵画ですの?」「あのペンとインクも賢妃様からたまわったのよ」

 才女達も気になるようでヒソヒソと噂している。
 別に漫画のほうはここの西方ってわけでもないんだけど、まあそれはどうでもいいか。集中、集中っと。
 
 私は羊皮紙に二人の女官が向き合うシーンを精魂込めて描いた。

「まあ、なんて美しいのかしら」「でも、人物をあんな風に描くなんておかしいわ」「変わった絵柄ねぇ」「目が大きすぎ」

 反応はさまざまだったが、とにかく描ききった。
 
「完成しました」

「うむ。ふーむ……」

 レジェンドがアゴに手を当てて考え込む。というか、この人、武人だったんじゃないの? 絵の先生をやっているということは、絵も描けるんだろうけど……。
 
「ま、下手くそだが、絵心はそれなりにあるようじゃな」

 くっ、下手って。じゃあ、先生がお手本を描いてみてくださいよ!
 
「第二の試験は山水を描いてもらうぞ」

「サンスイ?」

「まったく、山水も知らぬのか。こういう絵のことじゃ」

 そう言ってレジェンドが壁に掛けられた絵を指さす。あー、掛け軸でよく見るような山の絵か。
 山水画と呼ぶらしい。
 んー、まあ細かくて技術は要りそうだけど、背景だけってクッソつまんないのよね……しかも色の無いモノクロって。

「玲鈴、それは筆と墨で描け。そのありがたい聖人先生のお手本を真似て忠実にな」

 陽翔がそんなアドバイスをしてくるが。
 
「えっ、これ、老師がお描きになったのですか?」

 私はちょっと驚く。

「何のためにワシがここの教師役を務めていると思っておるのじゃ」

 まあそうだよね。

「失礼だぞ、玲鈴。謝っておけ」

「お見それいたしました。申し訳ございません」

「まあ良い。それより、ささっと頼むぞ。ワシも退屈じゃからな。この砂時計が落ちるまでに完成させるのじゃ」

「ええ? そんな」

「案ずるな、玲鈴。その砂時計はちょうど一刻。山水画なら輪郭以外をぼかせば充分な時間があるぞ」

 陽翔は山水画を描いたことがあるようで自信を持って言う。だけど、私は初挑戦なんだよね……。
 一刻とは二時間だっけ? それとも一時間?
 ま、途中で砂時計を見れば予想はつくだろう。
 
「ふふ、西方かぶれの人間には少し難しいかしらね。玲鈴はここじゃなくて西方で描いていればいいのでは?」

「フフ、そうですわ」「我が国の伝統を理解できるか怪しいですし」

 芙蓉一派が私を教室から追い出したいのか、そんな嫌みを言う。
 舐めてもらっては困る。
 私の絵に対する愛情、そして働きたくないという一心は並じゃないってところ、見せてやろうじゃない!
 
「玲鈴、春菊の墨汁を使って良いわ。時間を少しでも稼いで、絵に集中しないと」

 春菊が自分のすずりを渡してくれた。そういえば、習い事の習字でやったことがあるけど、昔の墨って、固形になっている墨を擦って水で溶かして使うのよね。面倒だ。
 
 筆は前に陽翔からもらった物を使い、まずは和紙の端っこからチャレンジだ。

「ううん、にじみやすい……」

 予想はしていたが、墨と太い筆では色が滲む。
 
「玲鈴、墨をつけすぎよ。紙がふやふやになってしまうから、そこは後回しにして別なところからやって」

「うん」

「オホン、あまり横から口を出しても試験にならんぞい。今から助言は一切禁じる。破れば玲鈴は不合格じゃ」

「ええっ、そんな!」
「聖人先生、まともに絵を教わったことの無い素人に、それは少々手厳しいのでは?」

 春菊と陽翔が撤回を求めるが、レジェンドはそれを無視して椅子に腰掛け、爪の手入れを始めてしまった。
 
 ま、それなら後は自分で頑張るしかないね。
 
 私は聖人先生のお手本をまずはよく観察した。
 絵という物は手で描くものではない。

 心で描くものだ。

 春菊と陽翔が「何してる、早く描け!」と無言で忙しいパントマイムをしてくるが、絵の特徴を理解しないと真似はできないし、これは必要な時間なのだ。
 
「よし、分かった。細かく、繊細に、濃淡をつけてと……」

 筆の毛先に吸い込ませる墨汁の量も上手く調整し、滲ませないよう、素早く描いていく。
 
「あっ、上手いわ」「へえ、やるじゃない、あの子」

 周囲の才女が感心したが、この反応だとこれで良さそうだ。
 
「オホン、聖人先生、そろそろ試験も終わりますぞ」

 陽翔がそう声をかけて、私は我に返った。
 
「うえっ!」

 もう砂時計が空っぽになろうとしてる!
 なんてことだ。まだ未完成なのに!
 私としたことが、時間を見るの忘れてたぁ!
 
 と、とにかく、なんとかそれっぽい形にしないと。
 慌てて空白部分に適当に筆を走らせる。雑になってしまうのはこの際、仕方がない。
 間に合うか?
 砂時計の上部分はもう残りわずかだ。
 精神を集中して急ぐ。筆を走らせる! 走れ、筆!
 
「それまでよ! 筆を置きなさい、玲鈴」

 芙蓉一派の子が鋭い声で言う。
 私はため息をついて、筆を置いた。
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