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■第三章 山水は流れず

第四話 詩書画三絶

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 第二の試験は、私の苦手な背景だった。
 馴れない毛筆で頑張ったが……。
 
「ふむ」

 レジェンド聖人先生ができあがった山水画をしげしげと観察する。

「雑ですわ」「いえ、なかなかでは?」

 周りの才女達の意見は、好意的なものもあれば、否定的なものもあり、拮抗している印象だ。
 果たして――

「ま、それなりには描けておるのう」

 やった!
 お手本の特徴を忠実に描いた甲斐があった。
 
「では、三つ目の試験と行こう。これで決定じゃ。玲鈴、ここで不合格になればワシではなく、まずは春菊に教わると良いじゃろう」

 まだこのクラスには早いという判断か。でも、ここまで来たなら全力出すしかないでしょう。
 三つ目の試験まで合否が持ち越されたということは、二つ目までは惜しい線を行っているということだろうし。
 
「では、三つ目の試験は詩を歌ってもらうとしよう」

「はい? 歌う?」

「詩編じゃよ、詩編。もちろん、自分で即興のものを作ってもらうぞ」

 詩や歌って、絵と全然関係ないんですけど。
 私が周りを見たが、才女達は驚いたり不思議に思ったりはしないようで、ウンウンとうなずいている。
 
「玲鈴、詩書画三絶よ、忘れたの?」

 春菊が言うが、シショガサンゼツ、そういえば前にもそんなことを言ってたな。
 優れた文人は絵や音楽や詩や書道など、どれもすべてできて当たり前みたいな。
 
 ええ? 私、音痴なんですけど。しかも即興の詩で歌えって、無理無理。
 
「玲鈴、あまり時間をかけるな。以前から練っていたものをここで出せば良い。お前の詩編など未発表も同然だからな」

 陽翔が私を手助けするつもりで言ったのだろうけど、そこは時間を稼いで欲しかった。
 だいたい、ポエマーじゃないんだから、詩なんて作ったことないよ!
 
「フフ、しょせんは下女上がり、詩の勉強も歌もできないのよ」「クスクス」

 芙蓉の取り巻き達が笑うが、よーし、そこまで小馬鹿にするなら、チートを使ってやろうじゃい。
 異世界転生女を舐めないでよ?
 
「オホン、それでは披露させていただきます。古池や~、蛙飛び込む、水の音」
 
 松尾芭蕉ならば、この世界の人々が知るはずもないだろう。
 
「むむっ」「ええ?」「おい……」

 あれ? 反応がかんばしくない。陽翔とお付きの蒯正かいせいさんが頭を抱えてしまった。
 やらかしちゃったかな……でも他に手は無かったし?
 
「フフッ、なあに、アレが詩ですって?」「韻も踏めていないし、季語も無いじゃない」

「いや待て、かなり崩れた詩ではあるが、蛙は梅雨の季節に鳴くもの、初夏の季語として成り立つ!」

 聖人先生がカッと目を見開いてヒザを打った。

「なるほど。梅雨になると確かに蛙が出てきますな」「蛙って秋になると死んじゃうのかしら?」「違うわ。冬眠するのよ」

「むう、ここまで短い詩で、情景がありありと目に浮かぶとは……じゃが、歌も韻もまだまだじゃ。玲鈴よ、お前は不合格とする。ワシに学びたいなら、もう少し、精進するのじゃな」

「……はい」

 落ちた……。まあ、そんなものよね。
 
「はー……」

 抜け殻となった私はそのまま陽翔に連れられ、黄晶きしょう宮に戻った。
 
「あら、どうしたの、玲鈴」

「それが、賢妃様、聖人先生が試験を課され、玲鈴も惜しいところまでいったのですが……」

 陽翔も珍しく私を擁護するような言い方だ。

「そう。それは残念だったわね。でも、玲鈴、あなたの絵はとても素晴らしいから、そう落ち込まなくて良いわよ」

「はい……」

「しかし、考えてみれば、ついこの間まで下女で、習い事をしていない玲鈴が詩編を歌えるはずもないではないか。いささか聖人先生もお人が悪い」

「うーん、でも、聖人先生の手ほどきを受けられるのはほんの一握りの生徒だけですからね。私の推薦が少し早すぎたのかも。ごめんなさいね、玲鈴、あなたに残念な思いをさせてしまって」

「ああ、いえ、そんな」

「賢妃様、その点を申し上げて、聖人先生に再考を求めては?」

「理由が弱いわよ、陽翔。もっと別の……ああ、そうそう、玲鈴、あなた西方の絵画って描けるかしら?」

「西方の? ですか。見てみないとなんとも……」

「じゃあ、見せてあげるわ。持ってきてちょうだい」

 才女が持ってきた絵画は、西洋の肖像画だった。

「どう? 描けそう?」

「これほど上手くは描けませんけど、まあ、絵の具さえあれば」

「ふふ、じゃあ、描いてご覧なさい。きっと聖人先生の合格がもらえるわ」

 やけに自信たっぷりに言う賢妃だが……どうだろうか。こちらの世界では伝統を重んじるようだし。
 
「聖人先生は、西方の裸婦画を集めているという噂があるわ」

「ほほう」

 私の目がキラリと光る。

「なっ、なんと……」「いやはや……裸ですか」

 絵の具を使わせてもらい、私は三日三晩、一心不乱に描いた。
 若い少女のボインでグラマーな裸を。 
 スケベジジイが鼻の下を伸ばしまくるピチピチの絵を。

「できました!」

「あら、やっぱり綺麗に描けたわね」

「いやいやいや、玲鈴、やり過ぎだ。これを聖人先生に見せるつもりだと?」

「どれどれ、春菊にも見せてよ。えっ! きゃあっ! し、信じらんない。なんて破廉恥な」

 陽翔が頬をヒクつかせ、春菊が顔を真っ赤にするほどの出来栄えだ。
 
「もちろんです。駄目元なんだから、攻めていかないと」

「そうね、攻めていかないと。ふふっ」



 聖人先生の宿舎は離宮の外にあった。
 警備兵が詰める一角である。
 本来、後宮勤めの女官が外に出ることは無いらしいのだが、特別に賢妃様の許可をもらい、陽翔に付き添われて私は聖人先生の部屋を訪ねた。
 
「老師、いらっしゃいますか」

「うん? 陽翔か。それに玲鈴、どうしてここへ」

「老師に絵を見ていただこうかと思いまして」

「絵じゃと? ワシは素人絵なんぞに興味はないぞい」

「あら、西方の肌色率が高い絵にはご興味がありましたよね」

 私はさらりと言う。

「むっ、もしや……見せてみろ」

「これを」

「ほう! ほうほうほうほう! この卑猥なポーズに、大胆な角度、頬を朱に染めた色使い、絡み合う女二人の構図とは……見事! よかろう。玲鈴、お前はワシの教室で学ぶが良いぞ」

「ははーっ、ありがとうございます!」

 裸絵の勝利!
 百合は勝つ!
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