僕が踏みだす

黒羽 百色

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ひらめき

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授業中、先生方には申し訳ないのだが、気持ちは授業の方には一切向いていない時間がほとんどであった。刻々と迫る新メニュー提案の締め切りに焦りが生じて、アイデアが逆に浮かびづらくなってきていた。トマトを使ったチキンステーキ、バジルソースのハンバーグなどいくつか案を出してみて、自宅で試しに作ってみたのは良いのだが、試食した家族の何も表情に表れない真顔を見てしまってからは、再び振り出しに戻りと試行錯誤がひたすらに続いた。

「駄目だあ‥」と声が漏れ、机に突っ伏した。
「何だ理解できないか?」
社会科担当である担任の大杉先生が黒板を指差しながら言う。

「あいや!何で‥なんですかねえ‥」とあたふたしながら言い訳を探す。
「そうだな。何でこの時代にこんな出来事が起きたのか、掘り下げてみるか」と再びチョークを走らせた。その後、外国での戦前の事件についての詳しい解説がチャイムが鳴るまで続けられた。
休み時間も色々と考えてはみたものの、特にこれといった案がまとまらず、いっそ水嶋さん、宮間さん、高木さんあたりに知恵を借りようかとも思っていたが、自力で成し遂げてみたいという自分らしからぬ意地がそれを阻止していた。

「また考えこんでる」と母が夕飯の支度をしながら自分の顔を覗き込む。キッチンの方を見ると、どうやらビーフシチューが今日の献立のようだ。鍋から湯気が出ており、それに合わせてお腹が鳴る。先に出されたサラダにかけるドレッシングが数種類、テーブルに並べられていて取り皿に分けたサラダに自分の好きなドレッシングをかけるのが我が家のシステムだ。

「はい置くよー」とスープ皿に入ったビーフシチューが目の前に置かれた。ごろっとした牛肉が食べ応えのありそうな形をしている。出張でいない父を除いて三人分の夕飯が用意された。

高校一年生の妹である美月《みつき》はスマートフォンをいじりながらドレッシングを選んでいた。年頃なのか、あまり自分とは会話をしたがらない。常にスマートフォンをいじっていて、今時の子といえば今時の子、といったところだ。ちなみに太一が妹を「可愛い」と評価していた。昔は「こー!」と兄である自分の名前を呼び後ろをよく付いてきていたが、今ではたまたま廊下等で妹の後ろにいれば「ストーカーかよ」と言われ、たまたま前にいれば「邪魔なんだけど」と言われる始末だ。

「あんたこのシチューを使ったメニュー考えれば?」とふいに母が助言してくれたが、それは既に冬のメニューに前から入っているため、却下となる。とりあえず腹ごしらえから、とサラダにかけるドレッシングに手を伸ばした。自分はいつもごまドレッシングと決まっている。オイル系のも嫌いではないが、やはりクリーミーで甘味のあるごまドレッシングには敵わない。ちなみにラーメンだって坦々麺が大好きだ。たっぷりとサラダにかけ、少し混ぜる。口にそれらを運ぶと口いっぱいにごまドレッシングの優しい甘みが広がった。それと同時に自分の中で雷が落ちたような衝撃が走った。そしてテーブルを叩きそのまま立ち上がった。

「これだ!」
母と妹は驚き、目を大きく開いていた。
「怖いんだけどこのおっさん」
妹の心無い一言は無視して急いでビーフシチューを口にかき入れて、そのまま外出の準備をした。
「あんたどこ行くの?」
「業務用スーパー!まだやってるでしょ?」
近所に夜十時までやっている業務用スーパーがある。そこで大きめのボトルに入ったごまドレッシングを買うつもりだった。思い立った今だからこそ、このままの勢いですぐに行きたかった。

「まじ気持ち悪いんだけど」
玄関で慌てて靴を履いている時に聞こえた妹の悪口に少し傷付きながらも、自転車を立ち漕ぎで走らせた。頭の中はごまドレッシングで満たされていて赤信号で足止めされると、珍しく早く変われと急かす気持ちが生じた。

「いらっしゃいませー」
慣れないスーパーで声をかけてきた店員に何故か一礼をしてしまったが、気持ちを切り替えて業務用のドレッシング売り場に向かった。様々な種類があったが、お目当てはすぐに見つかった。ごまドレッシング好きの自分にはご褒美な大きさだった。すぐにレジに行こうとしたが、足が止まる。ただこれだけを使うのか?と頭が冷静さを取り戻した。

そのまま体を反転させて調味料の売り場へ向かい、その場で二十分ほど悩みに悩んだ。そしていくつかを手に取りレジへ向かった。この時にはもうレシピが頭の中で完成していた。とは言え既存のごまドレッシングを使う訳なので、凝りに凝ったものではないが、自分があったら良いなと思うもの、に関してはまさにこれと言いたいアイデアだった。

スーパーから外に出る時、自動ドアのガラスに映った自分の顔は、間違いなく職人の顔であったと心の中でドキュメント番組のようなナレーションを流しておいた。明後日のバイトが待ち遠しくて仕方がなかった。あれだけ難題だと悩んでいたのが嘘のように今では楽しみに変わっていた。
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