神なき島の物語

銭屋龍一

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4 王たるタワの判断はなに

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 ナウがタワに、わたしの作戦を伝えてくれている。
 ナウの言葉に、タワの表情は、険しくなったり、怒ったり、ほころんだり、また怒ったり、と、めまぐるしく変わっている。
 それはそうだろう。
 わたしの作戦のようなことが、ここで行なわれたことは無いであろう。ならば、その話しを簡単には信じられないのは当然だ。しかも、その話しは、ここの王であるタワの一存で決まるものでもない。
 わたしの作戦とはこうだ。
 わたしが、イズモがオカの作物を奪いに来ることを止めさせる。その代り、イズモが獲った魚や貝と、オカで獲れた作物とを、わたしが決める比率によって、交換させて欲しい。そのやりとりに応じた税を、わたしが、タワに納める。わたしがその仕事をうまく行なっている間は、わたしがオカで暮らすことを許可し、家も用意して欲しい。合わせて、タワに十分な税収がある間は、わたしの食べる食料を、給与としてわたしに渡して欲しい。
 要するに、貿易によって、お互いが戦うことを止めさせる、という提案である。そして、その、わたしの仕事に対価を支払って欲しいというお願いだ。
 大筋を認めてもらっても、わたしが、貿易において、交換する比率を決めるというところで、許可が下りないかもしれない。だが、この部分を任せてもらえないと、継続的にこの仕組みを維持することはできない。
 タワに、新たな税が入るということで、なんとか許可をもらいたいところだ。
 それは、このオカで暮らす人々に、今以上の税負担はなくなる、ということで、このオカの人々にも納得してもらわなければならない。ただ納めるだけであった追加の税を、オカの人々は、イズモが獲る、魚や貝に、変えることができるという点が、利点として受け入れてもらえるか、という部分は重要だ。だが、人々にも利はあると、わたしは踏んでいる。
 そのオカの人々との交渉は、タワの役目とする、という点も入れている。
 なかなか厳しい申し入れだが、果たしてタワは納得してくれるだろうか。だが、タワが、オカの人々との交渉を担うということは、それはそのまま、このオカでの、タワの権力を強くすることになる、と、わたしは主張している。
 わたしが知る価値観と、この世界での価値観は、違っているだろう。だが価値観が違っても、そこに重なる部分があり、それによって利がある、と判断されれば、わたしの作戦は許可されると思っている。
 わたしのこの理屈を、うまくナウが、タワに伝えてくれることを祈る。

 ナウとタワの話し合いが終わった。 
 ナウがわたしに視線を向け、うなずいた。
 おおよその合意は取り付けたということだろうと思った。
 わたしは、タワに視線向け、その目をみつめた。
「おまえ、タキ」とタワは言った。
「タキ」と声にして、わたしの顔を指さしてから、少し頭を下げた。
「タキ、イズモ、オカ、くる、ない」
「そうだ。わたしが、イズモがここを襲うことを止めさせる」「イズモ、ない」
「イズモ、さかな、かい、オカ、くる。オカ、イズモ、いも、まめ、こるし、する。ソキ、する」
「そうだ。わたしが、イズモとオカとの貿易を行なう。わたしが決めた比率によって」「ソキ、する」
「ソキ、する、よい。ソキ、する、ぜい、ある、よい。さかな、かい、よい」
 おおおう。ちょっと感動した。わたしの作戦が全面的に認められるのは難しいのではないか、とも思っていた。
 どうやら、ナウは、なかなかの交渉人のようだ。才能がある。そして、それができるということは、そもそものナウが、タワに認められているからだろう。
「ソキ、イズモ、はいる。オカ、さかな、かい、くる。ソキ、ある。ソキ、ナウ、つく。ソキ、さかな、かい、だめ。ナウ、ソキ、ころす。イズモ、ソキ、にく、くう」
 イズモとの、話しが成立した証拠として、魚と貝を持ってこいということだろう。その交渉には、ナウが同席すると。交渉が決裂すれば、ナウがわたしを殺し、その骸をイズモに渡し、その肉を喰らわせることで、この話しはなかったことにすると。このようなことではないか、と思った。
 わたしはナウに確認するため話しかけた。
 ナウとは、意思疎通が少しできるようにはなっているが、すべてが通じているわけではない。
 それでもナウと、いくつかのことを話した。
 ナウは、わたしのとらえ方で、おおよそ間違っていないと告げてきた。イズモの地を訪れるのは、危険がある。いきなり殺されるかもしれない。わたしでは言葉が通じない。タワもわたしが他の約束をしてしまわないかと心配している。だからナウが同行することで、納得させた。
 それではナウが損ではないかと訊くと。
 ナウは、わたしの話しに魅力を感じている、だから自分が同行することで、タワに、この仕事にはナウが必要だと理解させたい。実際にうまくいけば、ナウの税が、今後、継続的に、軽減される約束も取り付けている。だから損ではない。身の危険があるのは、承知だが、もともと戦士でもあったので、その程度のことで恐れはしないし、実際、そのような事態になっても、自分だけが逃げることはできる。
 ナウは、話しを終えて、うなずいた。
 わたしはすべてを受け入れることにした。
 互いの理解に、多少の齟齬があったとしても、夕暮れまでに、タワに、わたしの価値を認めさせなければ、どうせ殺されるのだ。そのわたしの運命を、ナウにゆだねるのは、今のわたしとしては、一番良い賭けだ。
 タワに許された、わたしとナウは、イズモに向けて歩き始めた。
    
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