竜の巣に落ちました

小蔦あおい

文字の大きさ
5 / 64

5話

しおりを挟む


 持ってきていた羊の干し肉と白くて柔らかい小麦のパンをシンティオに取られたので私は薄く切ったチーズを乗せた黒くて硬いライ麦パンを両手に持ってもさもさと食べ始めた。ええ、勿論シンティオを背にして。

「其方、そんなに我と一緒に食べるのが嫌なのか!?」
 後ろからショックを受けた寂しい声が聞こえてきても、私は頑なに竜を背にして落ちた穴の先を無心で眺めていた。
 貴重な食料を無駄にせず、身体に十分な栄養を補給するためにはこの方法を取るしかない。いくら犬みたいで可愛いとちょっと思ったところで所詮奴は毛のないツルツルだ。日中でも薄暗い洞窟の中だというのに射し込む僅かな光を吸収して、その鱗がひとつひとつ主張して輝いている。

 普通の人が竜を見れば神々しく美しいと感涙にむせぶところだけれど、私があれを目にしたら落涙して嘔吐えずくに違いない。

 後ろからしくしくとわざとらしい鳴き声が聞こえてくるのを無視し続けていたけれど、徐々に激しくなってきたので私はため息を吐いてそのままの状態で口を開いた。
「シンティオと食べるのは嫌じゃない。ビジュアルが問題なのよ、ビジュアルが」
「だから、我は爬虫類ではないと言っておろう。ちょっと見た目がそれっぽいだけで本来ならば…………。とにかく、回れ右をして一緒に食べてくれても罰は当たらぬ。それに我の傷が治るまでこのままという訳にもいくまい」

 うう、今まで逸らしていた事実に向き合わせるなんて……悪魔め。

 シンティオの言うことは最もで、怪我の完治は早くても十日掛かる。それまで手厚く介抱しなければ私はここから出られない。
 つまり、少なく見積もっても二四〇時間をこの竜と共に生活し、怪我の様子を診るために身体に触れなければならないのであった。これは介抱するというより寧ろ爬虫類嫌いを克服する修行に近かった。

 黄金のリンゴを採るのにここまで苦行を強いられるなんて。全てが片付いたら絶対犬でも飼って癒されよう。もう毛玉まみれになる勢いのモフモフしたやつを飼ってやる!!

 そんな固い決意を胸に秘めて私は最後の一切れを口に詰め込んでいると、不意にある疑問が湧いてくる。
「そういえば、シンティオはなんでここにいるの?」

 竜族はもともと人間が絶対に踏み入れない場所に国を築いているとされている。その場所が空なのか、地中なのかそれすらも人間には分からない。彼らは人間よりも遥かに長寿であり、強靭的な力を持っている。そのため、玉座にふんぞり返る国の王様ですら彼らを前にすればたちまちひれ伏すのだ。
 王様がどんなに会いたいと切望しても竜族から会談の話が来なければそれは叶わない。要は人間側からすれば雲を掴むほどに難しいこと。従ってこんな一般人の私が会える存在ではないのだ。私にとっては有難迷惑でしかないけれど。

「我はもともと竜の国から黄金のリンゴの実を採りに来た。世界に黄金のリンゴの木は五本しかないゆえ。木は交代で百年に一度、実をつける。一度といっても一年ではなく、大体十年から十五年くらいは実をつけるのだ。だが、竜の国を出発する際に色々と小競り合いがあってな。その結果、怪我を負いこんなザマというわけだ。そのせいで暫くは国に帰ることもできそうにない」
 姿を見えていなくてもその声色から怒りと悲しみを綯い交ぜにした苦しみが伝わって来る。
 その感情が元恋人に振られた時の私と似ているような気がして胸の奥がズキズキと痛んだ。

 きっとシンティオにも何か辛いできごとがあったんだ。この竜は頼れる者もなく、一人でここまでやって来たのだろうか。私が運悪く穴に落ちなければ、きっと今頃――

 その先を想像して、腹の底が凍えるほどに恐怖を感じた。孤独は闇よりも恐ろしいと母を亡くした時に身をもって知っている。あの時は友人たちや近所の人に支えられて立ち直ることができた。もし独りぼっちなら私は生きる気力を失くし、死神に命を捧げていたと思う。

 私は自分の身体を抱き締めると、ゆっくりと振り返った。何か励ましの言葉を言いたかったはずなのに結局何も浮かばなかった。

「ル、ルナ何故そんな顔をする? こっちを向いて食べよというのは単なる我の我が儘だ。我が怖いなら無理はしなくて良いのだぞ」

 今にも泣きだしそうな私の顔を見てシンティオはギョッとして慌てふためいた。しまいには両手で頭を覆い、身を縮め始める始末。
 そんなことをしてもその巨体では身体が丸見えだ。しかし、身を捩りながら一生懸命小さくなろうとするシンティオの姿が面白くて思わず私は笑ってしまった。すると、笑い声に反応して尻尾が左右に揺れている。

 せめてこの優しい竜だけでも克服したい――

 私は目を閉じると心の中で独りごちたのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

処理中です...