9 / 64
9話
しおりを挟む*****
翌朝、私は居間で自分よりも横幅の広い大きなリュックを背負っていた。事情を知ったサンおばさんは私が寝ている間に必要なものを準備してくれていたのだ。その中には羊の干し肉も白くて柔らかい小麦のパンも入っていた。
これは昨晩の食事代を合わせても渡した銀貨一枚では足りる金額じゃない。いやはやどうして私の周りはこういったツンデレが多いのか。不意打ちの温かさは目頭が熱くなる。
うう、最近涙腺弱いんだからやめて欲しい。
「金のリンゴだか銀のナシだか知らないけどね、とっとと賭けに勝ってきな! 負けたら承知しないからね」
サンおばさんは黄金のリンゴの存在について一切何も言わなかった。きっと私に策があると信じてくれている。というよりも、もともと無類の賭博好きなので何でもいいから勝てということに違いない。
それからサンおばさんは何かを思い出したかのように掌にぽんと拳を乗せると懐から布でくるんだ何かをリュックの右側面のポケットに入れてきた。私が怪訝な顔をするといつもの不気味な声で笑う。
「ちょっとした保険だよ。もしもの時はこれを使いな。きっとルナを助けてくれる。ほら後はアタシに任せて気をつけて行ってきな」
ぽんぽんと優しく背中のリュックを叩くと、玄関まで見送ってくれる。
私は感謝の気持ちを伝えると再び白霧山に向かった。
――それから数時間後。
私は黙々と山を登るも、リュックが重たすぎるせいでうまく山道を進めないでいた。シンティオがいるところまで、あと三分の一ほど距離がある。こんなにゆっくりしていたら日が暮れて夜になってしまう。
用意してくれたサンおばさんの前でリュックの中を物色することは失礼だと考え、食料以外は何も確認しなかった。いっぱい詰めてくれたのは嬉しいけれど、一体何を私に持たせてくれたのか。肩で息をする私は大きく一息吐くと、額に浮かんだ汗を服の袖で拭った。
一度、休憩した方が良い。そろそろ体力も限界。
私は心の中で呟くと座れそうな大きな岩を見つけ、リュックを地面に置いて腰を下ろした。
サンおばさんのことだから、水の入った水筒も持たせてくれているはず。それにしても本当にこのリュックの中は何が入っているんだ。休憩ついでに確認しようと私はリュックの口を開けた。すると、突然視界が白み始める。
私はハッとして顔を上げた。この状況は……頗るまずい。何がまずいのかというと白霧山の特徴は一瞬にして現れた濃霧で山全体が覆われてしまうことだ。一寸先は闇、ではなく一寸先は霧と言いたくなるような濃い霧は見通しが悪く、自分の足元すら霞んで見える。
白霧山という名前の由縁は中腹より上はいつも雪や厚い雲で覆われ、さらに下の部分も霧に包まれれば完全に山がなくなって見えるところからくる。
この時期は滅多に霧が発生しないから大丈夫だと思っていたのに。迂闊だった。
こうなってしまえばシンティオのところへ行けないし、町にも戻れない。中途半端な場所にいるから、霧が晴れたとしても本日は野宿がほぼ確実。
はあ、こんな石ころが多くて水もない場所で過ごさなきゃいけないなんて。不運一つ。
途方に暮れていると、前方に何か青白く輝くものが目に入った。不思議な光に導かれて、リュックを背負い直した私が近づいてみると、草むらの中にそれはあった。
楕円に加工された透明度の高い綺麗な白い石の指輪。革紐が通っていて首に下げられるようになっている。輝きからして相当価値の高いものだと窺える。こんな高価なものは平民の私含め、町の住人は手にすることはできないし、見ることも一生のうちに数回あるかないかだ。
だったら、なんでこんなものがその辺の石ころの如く落ちているのか。美しく輝く白い石を拾い上げて、私は顎に手をあてて思案する。
ここで頭に浮かぶキーワードは二つ。平民が手に入れることが叶わない高価な石。頻繁に白い霧に覆われる白霧山。
……もしかして、貴族様のお屋敷で財宝を盗んだ強盗が白霧山に逃げ込んでうっかりこれを落としたとか? そうじゃないと辻褄が合わないし、普通こういう代物は屋敷の宝物庫で厳重に保管されているものだから。
どうやら私はとんでもないものを拾ってしまったらしい。取り敢えずこれはポケットに入れてあとで自警団の人に届けよう。
すると急に木々の奥から葉の擦れる音が耳に入った。視界が悪いため、姿は全く見えないけれど音はしっかりとこちらに近づいてきている。
まさか、強盗がこの石を探しにやって来た? どうしよう、護身用の短剣を持っとかなきゃ。って、うわあああ! サンおばさんに準備してもらったからどこに何があるか全っ然把握してないんだった。不運二つ。
いやいや。ここで慌てたり、心を取り乱したりはしない。だってサンおばさんは出発の前にあるものをリュックの右ポケットに入れてくれたじゃない。
流石は放浪薬師のサンおばさんだ。亀の甲より年の劫、身が危ぶまれる状況を鑑みて悪者を撃退する何かを入れてくれたに違いない。『もしもの時はこれを使いな』というそのもしもは今だ!
私は右ポケットに手を突っ込むと重要な品を取り出した。次に布取り払えば現れた品に目が点になった。
……はあ!?
それは『楽しい応用薬学 ― 多分ポケット版 ―』と書かれた片手に収まるけれど聖書並みに分厚い本。
なにこれ。しかも本のタイトルの上に線引っ張って上書きしてるよね? 『多分ポケット版』て何!?
もしもの時の部類が違うからあああ!! いや、確かに応用薬学は大変重要なものでして、急病の時には重宝されるけれども。
あんな言い方されたら護身用の何かだと思うじゃないですか。期待しちゃうじゃないですか。
分厚い本の角って、投げつけられて当たると結構痛いからこれはこれで武器になり得る。
え、私に物理攻撃しろと!? 飛び道具も扱ったことない素人の私に? 向こうは警備万全な屋敷から財宝を盗んだ凄腕の強盗ですよね?
……無理無理無理。絶対に命中しないから。よって、外す方に銀貨三枚賭けてもいい。
音はいつの間にかすぐそばまで来ていた。ええい、女は度胸。イチかバチかやってみるしかない。私は応用薬学の本を片手に持つと、息を殺してタイミングを計る。
しかし、ぼんやりと相手のシルエットが浮かび上がると、見覚えが大いにある私は声を上げた。現れたのは私の良く知る白い竜。霧の中とは言え相変わらず全身の鱗は主張し、神々しいオーラを放っている。
シンティオは私を凝視して、ずっとその場に固まったままだった。
「どうしたのシンティオ?」
私が声を掛けると、石化の魔法が解けたかのようにシンティオの瞳孔が縦長に細くなっていく。そして、開口一番に一喝された。
「ルナの戯け者! 一日経っても帰って来ぬから我は、我は……もの凄く心配したのだぞ!」
今にも零れ落ちそうな涙を目に溜めてシンティオは勢いよく私に抱きついた。体格差によって私の顔は丁度シンティオのお腹の辺りにくる。
幾何学的な鱗の模様がドアップで視界に入る私の気持ちがお分かりいただけるだろうか。あろうことかシンティオはさらにきつく抱き締めてくるので私の前身はピッタリとシンティオの身体にくっつく状態になってしまった。
「やっ……いや。シン、ティオ」
ぞわぞわと鳥肌が立つのを感じる私は震える声で訴えるしかない。
「なっ! 我の何が嫌なのだ!?」
「いや、そうじゃなくてだから」
「だから我の何が嫌なのだ!? 我はルナがいなくてとても寂しかったのだぞ。もう離れたくないし絶対に離さぬううう!!」
「ぎゃあああああああいやああああああああ! 放してええええ!!」
至近距離で鱗を見た私は絶叫し、この後シンティオの腕の中でめちゃくちゃ嘔吐く羽目になった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる