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13話
しおりを挟む初めて見る洞窟の住居に足を踏み入れた私は興味津々で辺りを眺めていた。
壁面に天井、床のすべてが岩肌で覆われている。今まで寝ていた洞窟と違ってごつごつした感じはなく、どこを見ても絹のように滑らかに加工されて整備が行き届いている。
シンティオは真っ直ぐ部屋の真ん中のテーブルへ進むと、その上にリュックを置いた。
やっと重い荷物から解放されたと言わんばかりに大きく伸びをして首を子気味よく鳴らしている。やがて、肩をぽんぽんと拳で叩きながらこちらに向き直った。
「我はあの衝立の向こうで着替えを済ませて来る。それまで、適当にくつろいでいてくれ」
シンティオの指さす先へ視線を向けると、部屋の右奥の一角には衝立に囲まれた着替えのスペースがあった。私は返事と共に頷くとテーブル脇の長椅子に腰を下ろした。
室内はシンプルなものばかりで、チーク材で統一された本棚やテーブル、ベッドなど寝室らしいものが置かれている。家具を眺め終えて何気なく壁を見ると、意外なものがあることに驚いた。洞窟の中であるのに、ちゃんと外の景色が眺められるよう一方向に鎧戸付きの窓が二つ備え付けられていた。
方角からして、野原がある方向であることは間違いない。それにしても、窓があるのなら外から見れば普通はそれに気づくはずだと私は不思議に思った。
毎日野原に出て作業をしていたのだから、発見してもおかしくはないはずなのに。どうして?
自ずと窓に足を運ぶと両開きのガラス戸を引いた。次に鎧戸を押せば、重たい感触が伝わる。握る手に力を込めると漸く少しだけ開けた。
その隙間から幾重にも重なった蔦が垣間見える。絡まりあっているせいでそれ以上開くことはできなかった。
要は蔦に覆われていたせいで外からは窓の存在が遮られていたらしい。
「暫くここには来ていなかったから、蔦に厚く覆われてしまったのだな。明日陽の光が入るように取り除こう」
後ろを振り返れば、着替えを済ませたシンティオがブラウスの袖のボタンを留めながらこちらにやってきた。
服は型の古いものだったけれど、すらりとした体形に加えて彼の美貌を以ってすればどんな服も流行遅れではなくなるようだ。
それどころか一度服を纏ってしまえば、さっきまでの宗教画の神々しい聖人ではなく、今度は何処かの国の王子だと言ってもまかり通るような煌びやかな雰囲気を纏っていた。
改めて明るい場所でシンティオをまじまじと見て、私は感心する。
「シンティオとっても綺麗な顔してる」
思ったことをそのまま口にすれば、シンティオは戸惑いながらもこそばゆい表情を浮かべた。
「わっ……我が? それを言うならルナの方が遥かに美しい」
「えっと……もしかしなくても目、腐ってる?」
これだけ整った美しい顔にも関わらず、悲しいことにシンティオの目は節穴らしい。神は二物を与えないとはこういうことなのか。
一度医師に眼を診てもらうことをお勧めする。
少しむっとした表情を浮かべるも、努めて冷静な声で問いを投げかけた。
「何をどう見てそう思うの? 私の見た目……綺麗じゃないよ」
私はそれ以上何も言わずに口を噤むと、目を閉じて俯いた。
小さい頃は古い血痕のような錆色の髪に濁った沼色の瞳のせいで、男の子たちに死骸を意味する『コープス』というあだ名で揶揄われた。
年頃になって母の病気で色恋沙汰がなかったにせよ、私に言い寄った男なんていなかった。
そんな中、唯一声を掛けてくれたのがあの元恋人だ。町でも色男として有名な彼に認められたとあって、私はとても嬉しかったし自分に自信が持てた。……まあ、彼が私の容姿を褒めたことなんて思い返せば一度もないのだけれど。
表情に暗い影を落とした私は肩にかかる髪を一束掬い上げて指に絡めた。それを弄びながら一瞥するといつもと同じ残念な錆色に苦笑する。
すると不意に弄んでいた手がシンティオの伸びてきた手によって掴まれた。顔を上げると同時に引き寄せられ、強い光を宿した瞳とぶつかった。
「何故そのような問いをするのだ? ルナの朝焼けの光を纏った美しい茶色の髪も、孔雀石のような緑青色の瞳も、こんなに眩しく輝いているのに」
揶揄うでもなく、真摯な言葉を並べるシンティオは私に優しく微笑んだ。
今まで男性に美々しい表現で自分の髪も瞳も褒められたことがなかった私にとって、不意打ち過ぎる称賛に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまう。
私が生粋の乙女だったならば、歓喜の表情を浮かべて、はにかみながら『ありがとう』と言ったことだろう。残念ながら、そんな余裕は私にはなかった。
何故なら、嬉しいという感情が前面に出るよりも前に、シンティオの端正な顔が近すぎるせいで私の心臓が大きく脈打っているからだ。顔は火照り、軽くパニックに陥った私は何とかシンティオから離れると、顔を背けて紅潮した両頬を手で覆った。
嗚呼、もう調子が狂う。なんでこんなにドキドキするんだ。どうした私、シンティオは人間の姿をとっているだけの竜なんだよ!
私が爬虫類を好きになるなんて、あり得ないわ……。
「そう、奴は爬虫類……奴は爬虫類……奴は爬虫類」
呪文のようにブツブツと唱えていると、バサリと布を広げる音が耳に入る。
見ると、シンティオはせっせとベッドを整えくれていた。
「今日からルナの好きなふかふかのベッドで寝ると良い。明日からは本格的に黄金のリンゴに必要な材料集めを始めねばならぬ……──今のうちに精力をつけておかねば」
ふかふかのベッドで寝られることで頭がいっぱいな私は、ぽそりと呟かれたシンティオの意味深な言葉を露ほども聞いていなかった。
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