竜の巣に落ちました

小蔦あおい

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14話

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 早朝、シンティオが窓を覆う蔦を除去してくれたおかげで、部屋全体に光が行き届いた。周りのものも良く見え、開け放っている窓から清々しい風と共に野原の花々の香りも微かに流れ込んで来る。
 見晴らしも良いシンティオの住処は洞窟の中だというのにそれを忘れてしまうほど住み心地が良かった。

「黄金のリンゴに必要な材料は五つ。三日月鳥みかづきどりの卵、干しイラクサ、煎じたヨモギ、カノコソウの蕾、それと竜の血だ」
 『楽しい応用薬学 ― 多分ポケット版 ―』もとい初代竜王の本を横ですらすらと読むシンティオの言葉を聞きながら、私はソファの上で三角に足を折り、淹れたてのハーブティーを飲んでいた。
 いつもなら冷えた身体を温めるために寝床から震えながら這い出して淹れていたハーブティーも今日は眠気覚ましに飲んでいる。

 同じ洞窟の中で眠るだけなのに、ふかふかのベッドがあるだけでここまで違うなんて。
 ふかふかのベッド万歳! あったかい布団万歳!
 心の中で拍手喝采したところで、私は気を取り直して口を開いた。
「干しイラクサと煎じたヨモギなら、サンおばさんが持たせてくれた薬箱の中に入ってた。後は三日月鳥の卵とカノコソウの蕾……全部白霧山で採れる代物ね」
 しかも運の良いことに今は三日月鳥の産卵期かつカノコソウの生える季節。もう全てが丸くおさまる日も近いと私は確信した。
 シンティオには一度故意に血を流してもらわなければいけないので胸が痛むけれど、それは白くて柔らかい小麦のパンで償おうと思っている。

「材料の分量は人間の使う文字でここに書き出すから、確認してくれ」
 いつの間にかちゃっかり用意した羊皮紙にシンティオが流れるように文字を書く。私は空になったカップを置いて食い入り気味に観察し、舌を巻いた。
 自分の種族の文字のみならず人間の文字まで嗜んでいるなんて。もしかしてこの竜は結構な博識なんじゃないか。
「人間の文字も黄金のリンゴに必要な材料も知ってるし、シンティオって凄い竜だったりする?」
 竜の国では上流階級だったりして! なんて茶化し半分で言うと一瞬、慌てたように少し上擦った声で答えてくれた。
「なっ……このくらい竜であれば普通だ。どの竜も他の生き物より長く生きられるから、それ相応の知識と経験は蓄積されていくのだ」
 何故一瞬慌てたのか疑念がよぎったけれど、竜が他の種よりも長生きであることは耳にしたことがあるのでそこで合点がいく。確か竜の寿命は千年くらいだった気がする。
 しかし、私とそれほど変わらない容姿のシンティオがそう長く生きているようには到底思えなかった。

 まじまじと見つめていると、目のやり場に困ったらしいシンティオは顔を背けて咳払いをする。
「……言っておくが、我は三百年近く生きておるからな」
「何それ、頗る童顔じゃないの。羨ましい!」
 その年なら仙人の如く白くて長い髭を蓄えていそうなものを。反則すぎる容姿はある意味特殊詐欺だ。

 書き終えた羊皮紙を受け取ると、私は内容を一度頭に叩き込んでからポケットにしまった。
「では早速、三日月鳥の卵とカノコソウの蕾を採りに参ろうではないか! と、その前に」
 シンティオはソファから離れると向かい合うように私の前に立った。何がしたいのか分からずきょとんとした顔で見上げていると、両手で頬を覆われる。
「えっと、どうかし……ひぎゃああああああっ!?」
 目の前が寸の間、暗くなるとシンティオに覆いかぶさるように抱き締められた。それから待っていたのは執拗なまでの頬擦り。頭を動かしたくてもがっちりと側頭部を固定されてしまっては逃げ場がない。

 もうこの竜の挙動に振り回されるのはご免こうむりたい。私の心臓がいくつあっても足りない。
 やっとの思いで頬擦りから解放されると、顔に熱が集中したままの私は思い出したように声を荒げた。
「ちょっと、何するの!」
「ん? 何って外に出るのであればマーキングをしないといけないのだ。ルナは我に舐められるのも竜の姿で身体を擦られるのも嫌であろう?」
「…………うん。そう、だね」
 至極当然という物言いに呆気にとられた私はそれ以上言い返す言葉が浮かばなかった。

 確かに、私はそれら二つが嫌だと以前口にした。
 しかし、だからといって人の姿で頬擦りされて良いとは一言も口にしていない!
 翻弄されっぱなしの私はため息を吐く。熱い頬を手の甲で冷やしながら、黙々とリュックとは別に持ってきていた横掛け鞄に必要なものを詰め始めた。



 洞窟から野原へ出れば、温かい日差しを肌に感じて天を仰ぐ。崖の上の木々がさらさらと音を立てているが、強風というわけでもない。これなら安全に上まで飛べそうだ。
 すると、脇に立つシンティオがもぞもぞとし始めた。不思議に思って顔を向けると、私は絶句した。なんとシンティオがシャツを脱ぎ捨て、上半身裸でズボンに手をかけているではないか。

 ――ダメだ。私のキャパシティはさっきのマーキングで一杯一杯なんだ。今度は一体何をしようとしているの、ねえ!!

 そろそろ『キング・オブ・ザ・ド変態』の称号を与えてもいいんじゃないかと辛辣なことを考えていると、シンティオは首の後ろに手をあてて少し困った表情で口を開く。
「その、服を脱いでおかぬと身体が竜に戻る際に破れてしまう。これは我の大事な最後の一張羅なのだ」
「あ……そういうことね! それならそうと早く言ってよ!」
 危うく心の中で今度から白い変態ってあだ名で呼ぶところだったじゃないか。
 勘違いをしてどうもすみませんでした!!

 私は背を向けて後ろで支度をしているシンティオに謝罪した。
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