14 / 64
14話
しおりを挟む早朝、シンティオが窓を覆う蔦を除去してくれたおかげで、部屋全体に光が行き届いた。周りのものも良く見え、開け放っている窓から清々しい風と共に野原の花々の香りも微かに流れ込んで来る。
見晴らしも良いシンティオの住処は洞窟の中だというのにそれを忘れてしまうほど住み心地が良かった。
「黄金のリンゴに必要な材料は五つ。三日月鳥の卵、干しイラクサ、煎じたヨモギ、カノコソウの蕾、それと竜の血だ」
『楽しい応用薬学 ― 多分ポケット版 ―』もとい初代竜王の本を横ですらすらと読むシンティオの言葉を聞きながら、私はソファの上で三角に足を折り、淹れたてのハーブティーを飲んでいた。
いつもなら冷えた身体を温めるために寝床から震えながら這い出して淹れていたハーブティーも今日は眠気覚ましに飲んでいる。
同じ洞窟の中で眠るだけなのに、ふかふかのベッドがあるだけでここまで違うなんて。
ふかふかのベッド万歳! あったかい布団万歳!
心の中で拍手喝采したところで、私は気を取り直して口を開いた。
「干しイラクサと煎じたヨモギなら、サンおばさんが持たせてくれた薬箱の中に入ってた。後は三日月鳥の卵とカノコソウの蕾……全部白霧山で採れる代物ね」
しかも運の良いことに今は三日月鳥の産卵期かつカノコソウの生える季節。もう全てが丸くおさまる日も近いと私は確信した。
シンティオには一度故意に血を流してもらわなければいけないので胸が痛むけれど、それは白くて柔らかい小麦のパンで償おうと思っている。
「材料の分量は人間の使う文字でここに書き出すから、確認してくれ」
いつの間にかちゃっかり用意した羊皮紙にシンティオが流れるように文字を書く。私は空になったカップを置いて食い入り気味に観察し、舌を巻いた。
自分の種族の文字のみならず人間の文字まで嗜んでいるなんて。もしかしてこの竜は結構な博識なんじゃないか。
「人間の文字も黄金のリンゴに必要な材料も知ってるし、シンティオって凄い竜だったりする?」
竜の国では上流階級だったりして! なんて茶化し半分で言うと一瞬、慌てたように少し上擦った声で答えてくれた。
「なっ……このくらい竜であれば普通だ。どの竜も他の生き物より長く生きられるから、それ相応の知識と経験は蓄積されていくのだ」
何故一瞬慌てたのか疑念がよぎったけれど、竜が他の種よりも長生きであることは耳にしたことがあるのでそこで合点がいく。確か竜の寿命は千年くらいだった気がする。
しかし、私とそれほど変わらない容姿のシンティオがそう長く生きているようには到底思えなかった。
まじまじと見つめていると、目のやり場に困ったらしいシンティオは顔を背けて咳払いをする。
「……言っておくが、我は三百年近く生きておるからな」
「何それ、頗る童顔じゃないの。羨ましい!」
その年なら仙人の如く白くて長い髭を蓄えていそうなものを。反則すぎる容姿はある意味特殊詐欺だ。
書き終えた羊皮紙を受け取ると、私は内容を一度頭に叩き込んでからポケットにしまった。
「では早速、三日月鳥の卵とカノコソウの蕾を採りに参ろうではないか! と、その前に」
シンティオはソファから離れると向かい合うように私の前に立った。何がしたいのか分からずきょとんとした顔で見上げていると、両手で頬を覆われる。
「えっと、どうかし……ひぎゃああああああっ!?」
目の前が寸の間、暗くなるとシンティオに覆いかぶさるように抱き締められた。それから待っていたのは執拗なまでの頬擦り。頭を動かしたくてもがっちりと側頭部を固定されてしまっては逃げ場がない。
もうこの竜の挙動に振り回されるのはご免蒙りたい。私の心臓がいくつあっても足りない。
やっとの思いで頬擦りから解放されると、顔に熱が集中したままの私は思い出したように声を荒げた。
「ちょっと、何するの!」
「ん? 何って外に出るのであればマーキングをしないといけないのだ。ルナは我に舐められるのも竜の姿で身体を擦られるのも嫌であろう?」
「…………うん。そう、だね」
至極当然という物言いに呆気にとられた私はそれ以上言い返す言葉が浮かばなかった。
確かに、私はそれら二つが嫌だと以前口にした。
しかし、だからといって人の姿で頬擦りされて良いとは一言も口にしていない!
翻弄されっぱなしの私はため息を吐く。熱い頬を手の甲で冷やしながら、黙々とリュックとは別に持ってきていた横掛け鞄に必要なものを詰め始めた。
洞窟から野原へ出れば、温かい日差しを肌に感じて天を仰ぐ。崖の上の木々がさらさらと音を立てているが、強風というわけでもない。これなら安全に上まで飛べそうだ。
すると、脇に立つシンティオがもぞもぞとし始めた。不思議に思って顔を向けると、私は絶句した。なんとシンティオがシャツを脱ぎ捨て、上半身裸でズボンに手をかけているではないか。
――ダメだ。私のキャパシティはさっきのマーキングで一杯一杯なんだ。今度は一体何をしようとしているの、ねえ!!
そろそろ『キング・オブ・ザ・ド変態』の称号を与えてもいいんじゃないかと辛辣なことを考えていると、シンティオは首の後ろに手をあてて少し困った表情で口を開く。
「その、服を脱いでおかぬと身体が竜に戻る際に破れてしまう。これは我の大事な最後の一張羅なのだ」
「あ……そういうことね! それならそうと早く言ってよ!」
危うく心の中で今度から白い変態ってあだ名で呼ぶところだったじゃないか。
勘違いをしてどうもすみませんでした!!
私は背を向けて後ろで支度をしているシンティオに謝罪した。
1
あなたにおすすめの小説
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの
ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる