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44話
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皆と夕食を済ませた私は、商品の在庫を確認し、台所で一人追加の薬を作っていた。
今は竈の前に立ち、とろ火で大鍋の中身をひたすらかき混ぜて煮詰めている。
夕食の後、アンスさんとニコラは同じ部屋へ行って休んでいる。お屋敷勤めの二人に一部屋しか用意できなくて、申し訳ない気分になった。
もともと来客用の部屋が二つしかなく、もう一室は既にサンおばさんが使っているためだ。
ニコラは「アンス様のお世話もあるので丁度いいです。逃げないように監視もできますし!」といやに嬉しそうだった。
捻挫しているからもうどこかへ失踪することはないにせよ、これ以上何かあると不安なのかもしれない。因みにシンティオは居間のソファで休んでもらっている。
「ルナの部屋で休みたい!」とか言い出すんじゃないかと内心ひやひやしていたけれど、彼は心得顔でこっくりと頷いてくれた。
「……それにしても、あのニコラがブルネット女の義弟だったなんて」
実のところブルネット女とは顔を合わせる程度で口をきいたことはなかった。今まで彼女の人柄を知らなかったけれど、ニコラから話を聞いてある程度分かった。
ブルネット女は幼い頃より養父母や義兄たちから溺愛された結果、我が儘好き放題かつ夢見がちで欲しいものは必ず手に入れる執着心の強い娘に育ったみたいだ。
シンティオからも醜い欲まみれの人間と言われていたし、今後とも直接は関わりたくない。
そもそも夢見がちで執着心強い性格なんて同性からは敬遠されるタイプだと思う。
「でもあれだけ顔が良いと許されるタイプではあるわよね。はあ、美人て得だわ」
ぼそぼそと呟きながら、横にある棚から追加の薬草を鍋に入れる。
「それにあんなにスタイル抜群なら、周りの男たちがもてはやすのも無理ないわね。まあ、義弟として生まれたニコラは迷惑この上なかったみたいだけど」
続いて粉末状にした花の根を追加する。ある程度混ぜ、とろみが出たか確認する。
うん、上出来だ。
「……ナ! ……ルナ!!」
「ん?」
誰かに呼ばれて振り返ると、至近距離にはシンティオが立っている。ばちりと目が合った途端、驚いてよろめいた私は竈の中へと倒れそうになった。
「危ない!」
すかさずシンティオが腕を伸ばして私を抱き留めると、何故かそのまま引き寄せられる。私は彼の腕の中に身を預ける形となった。
「ふう。危うくルナが丸焼けになるところだった」
顔を上げれば安堵するシンティオの顔がさっきよりもずっと近くにある。彼の息が顔にかかった途端、一気に私の顔は茹で上がってしまった。身を捩ってシンティオから逃げるように離れる。
「か、かか、火力は弱いから大火傷負うくらいで丸焼けにならないから! というか、びっくりしたじゃないの。距離が近すぎる!!」
おいおい、どうしたシンティオ! 今日はやたら抱き締めるわ、パーソナルスペースに入って来るわ、一体何がしたいんだ。もしかして、昨日のニルヌの花の効果がまだ切れていないのか。
だとすれば……そこにあるフライパンで一発殴れば正気に戻るのだろうか。ダメなら引き出しの肉叩きで……いや、あれはやめよう。下手したら死んでしまう。
うっかり殺人計画を脳内で考えてしまい、私は慌てて思考を霧散させた。
「何度呼んでも我に反応しないのが悪いのだ」
シンティオはムッとした表情になると、腕を組んでそっぽを向いてしまった。分かりやすい拗ね方だ。
私は鍋掴みを使って竈から火にかけっぱなしの大鍋をテーブルの上に移す。するとその横には、さっきまでなかった白パンが一つ、皿の上に乗っている。
ハッとなった私は顔を上げてシンティオを見た。彼はちらりと横目でこちらを見ると、すぐに視線を元に戻す。
「まさか忘れてなかったの……」
「ルナは我に約束してくれたのだ。我にも食べさせてくれると!」
どうやら昼間ニコラへしたようにこのパンを食べさせなければ、機嫌は直さないようだ。
いや、そもそもあれは口封じであってですね。改めて食べさせるというのは、かなり難易度が高い。
けれど、意固地になっているシンティオをこのまま放置するのも良くない。ここは私が大人になって折れるほかない。私の方が歳、かなり下のはずだけど。
「そこに座って」
私は椅子を引いて腰かけると、隣に来るように促した。
大人しく指示に従うシンティオは真顔でじっとこちらを見つめてくる。
私は息を吐くと、皿の白パンを手に取った。
表面に白い粉がまぶされた、柔らかな白パンを食べやすいサイズに千切る。
「口を開けて?」
緊張して僅かに震える手を口元へ持っていくと、シンティオが私の手首を優しく掴んだ。
彼はやがてゆっくりと口を開き、白パンを口に含んだ。すると直ぐに私の手首を離して次をくれと催促してくる。
暫く私がパンを千切って、シンティオがそれを食べるという行為が続いた。
最後の一切れになってそれをシンティオが食べると、今まで真顔だった表情がぱっと至福のものに変わった。蕩けるような笑みを浮かべてふうっと溜息を吐く。
「我は今とても幸せだ。ふふ、ルナは素直でないからな。我が拗ねでもせんとここまではやってはくれまい?」
「え?」
シンティオは私の手首を掴むと、白パンの粉がついた指先をぺろりと舐めた。
「美味しい」
「はっ?! 今、な、なめっ!?」
反射的に手は引っ込めたものの、完全にパニックを起こした。
「ついでにマーキングしただけだ。別にやましいことはしておらぬが」
何か問題でもあるのか? というようにわざとらしく首を傾げる。
これは確信犯だ。そして私を揶揄って楽しんでいる!!
前言撤回しよう。シンティオの方が歳上の分、一枚上手だったようだ。
だけどなんだろうこの敗北感は。くそう、滅茶苦茶悔しい。変態シンティオのくせに!!
私は言葉にならない声を上げ、舐められた指をもう片方の手で隠すように覆う。
そして、顔の熱を感じながら台所から逃げ出した。
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